表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十三章 途絶

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1265/3508

1232.白い闇の中で

 珍しく、呪符屋のテーブル席が埋まった。


 「これ三枚でそれ一枚くんねぇか?」

 「五枚ですね」

 「そこを何とか四枚で」

 「五枚ですね」


 男性六人が額を寄せ合い、卓上に手持ちの呪符を広げて交換会をする。


 「だから、作業員守ンのに【真水(さみず)の壁】とか【壁】系の奴、絶対要るって」

 「そんなコト言っても、あいつら、呪符代は経費に入れねぇんだぞ?」

 「そこまでしてやる義理あるか?」


 スキーヌムが出したお茶を無造作に啜るが、誰からも苦情が出ない。今日は普通に淹れられたようだ。

 ロークは、カウンターの後ろに並ぶ棚の小抽斗(こひきだし)に呪符を補充しながら、背後の会話に耳を傾ける。


 「でもよ、守りながら戦うんじゃ、俺らがヤベぇぞ?」

 「そこが腕の見せどころでは?」

 「まぁなぁ。お前が受けたの、どうよ?」

 「駆除じゃねぇ。修理が済むまで作業員を守る、だ。お前ンとこは?」

 「ウチも似たようなモンだ」


 魔法の【鎧】を易々と着こなす彼らは、魔獣駆除業者だ。


 「私の所は街区からの排除です。【道守り】を掛けて中をキレイにするだけですが、(うた)い手が来てくれなくて困ってるんですよ」

 「どいつもこいつも、臆病風に吹かれやがって」

 「まず、謳い手を守ってやんなきゃなんねぇのか」


 魔獣駆除業者たちは面倒臭そうに話すが、ロークが補充を終えて振り向くと、顔はやけに活き活きとして、手許の呪符は互いの過不足を調整するべく、卓上で活発に行き交う。


 「本土の方じゃ、今週ずっと霧が続いてるらしいな」

 「あぁ、朝と夕方な」

 「誰か【飛翔する燕】学派に知り合い居ねぇか?」

 「どうするんです?」

 「風で飛ばしてもらえんかと思ってな」

 「できンのか?」

 「聞いてみにゃわからん」


 そんなことを言いながらも、手許の注文用紙を埋める手は止まらない。


 「おい、兄ちゃん、こんだけ用意してくれや」

 「はい。有難うございます」

 ロークはカウンターを出て注文票を受け取った。六枚の半分をスキーヌムに渡し、注文者別で呪符を用意する。

 スキーヌムは以前よりずっと手際が良かった。今回は、在庫がある商品ばかりだからかもしれない。

 揃った分から客を呼び、会計をする。

 支払われた【魔力の水晶】や宝石、魔獣由来の素材などを種類毎に上皿天秤に乗せ、間違いなくお釣りを渡す。

 値切りも苦情もなく、客たちは慌ただしく店を出た。



 入れ違いに来たのは黒髪の少女だ。

 ふたつに分けて(くく)った髪の結び目で、青い薔薇の髪飾りが可愛らしく揺れる。あどけなさの残る顔立ちは中学生くらいだろうか。

 袋を抱えたスキーヌムが、場違いな少女に何とも言えない目を向けた。


 「ロークさん、こんにちは~。フィアールカさんはまだ?」

 「クラウストラさんでしたか……そろそろだと思うんですけど」

 「そう。じゃ、代わりに聞いて、報告書渡してくれます?」

 「勿論(もちろん)です」

 ロークは遣り取りしながら、茶器を片付けて卓上を拭く。


 スキーヌムは先客の交換品を奥へ運んだ。

 「お、こんなに売れたのか。じゃ、ロークに店番任せて仕入れに行ってくれ」

 ゲンティウス店長が二言三言付け足して、スキーヌムは大きな袋とメモを手に足早に店を出た。



 元神学生が充分離れるのを待って、クラウストラがカウンター席に座る。ファスナー付きのトートバッグから、分厚い大判封筒を出してロークに手渡した。

 「湖底ケーブルは、何者かが意図的に切断した。破断箇所の地図も入手した」

 クラウストラは奥に聞こえないようにか、低い声で報告を始めた。


 湖底ケーブルの切断は五地点。

 首都ルフス沖、イグニカーンス沖、南北ヴィエートフィ大橋付近、そしてラニスタ共和国領のアーテルとの国境付近だ。いずれもアーテル共和国と保守会社以外には、あまり迷惑が掛からない。


 絶妙な場所だ。


 「攻撃は今朝十時二十分時点でも継続中。爆弾の使用を確認した」

 「えっ? そんな危ない場所に?」

 お茶を用意する手が止まった。

 クラウストラが(かす)かな笑みを唇に乗せて言う。

 「心配してくれるのか?」

 ロークは、ルフス光跡教会でのことを思い出し、赤くなって(うつむ)いた。力ある民で、戦いの心得もある彼女は、力なき民のロークなど足下にも及ばない程、強い。


 ……弱い癖に強い人を心配するなんて烏滸(おこ)がましいじゃないか。


 「安全な場所から【索敵】で見たから問題ない」

 失礼なことをしてしまったと恥じ入るが、彼女の声に怒気はない。

 顔を上げると、クラウストラは淡々と続けた。


 「霧が深く、目標物にぴったり視線を寄せねばならんのが面倒だったがな」

 「霧? アーテル本土ってそんなに多いんですか?」


 三日前、爆発初日もそうだった。


 「確かに今の時期は朝夕、湖岸を中心に発生しやすいが、伸ばした手の先も見えない程、濃い日は滅多にない」

 「これも誰かが魔法で?」

 「可能性はあるが、確認不能だ」


 濃霧が作る白い闇の中で、ビルの屋上に姿を現した作業員風の男が、基地局の根元に手榴弾を置く。ピンを抜いた直後に男の姿が消え、数秒後に起きた爆発でアンテナが破壊された。


 「それって【跳躍】ですよね?」

 「視界が利く時間帯に基地局の位置を確認し、朝夕の霧に乗じて破壊工作を行う作戦だろう」

 「毎日ですか?」

 「そうだ。日を追う毎に被害が拡大し、死者数も雪だるま式。初日の爆発で瓦礫の下敷きになった者の救助もまだだ」


 今頃は、魔獣の腹に収まって「要救助者」は一人も居ないだろう。


 「魔獣の種類は様々だな。種類は一覧を入れてある」

 クラウストラは分厚い封筒を指で小突いてお茶を啜った。


 「魔法使いが本気を出せばこの通りだ。都市を爆撃で一方的に焼き払った程度では勝てぬことなど、半世紀の内乱で学習したと思ったが」


 馬鹿な連中だと薄い嘲笑を置いて、黒髪の魔女は呪符屋を去った。

☆湖底ケーブルの切断は五地点……「1216.ケーブル地図」~「1222.水底を流れる」参照

☆ルフス光跡教会でのこと……「1072.中途半端な事」~「1077.涸れ果てた涙」参照

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ