1231.すれ違う文武
ラクエウス議員は、イーニー大使が落ち着くのを待って、ようやくネモラリス大使館を訪れた本題に入った。
「本日お伺いしましたのは、アーテルの通信途絶の件について、大使閣下にお尋ねしたいことがあるからなのです」
イーニー大使がタブレット端末から顔を上げ、視線で先を促す。
そうする間にも、SNSの画面では大使の投稿に肯定を示した者の数字が増え、拡散が進んだ。
「湖底ケーブルの切断と通信衛星アンテナ基地、交換局、基地局の破壊は一昨日の夕方、短時間で行われました」
「かなり組織化された動きなのですね?」
「左様。一個人でゲリラ活動を行う者には到底不可能。ネモラリス憂撃隊と名乗り、比較的まとまって行動するゲリラも、これ程の短時間でアーテル領内各地に散らばる四十箇所近くを一気に破壊できるも」
「破壊の手段は、魔法ですか? 爆弾ですか?」
大使が皆まで言わせず質問する。
アミトスチグマ王国に亡命中の国会議員は、静かに首を振った。
「まだ調査中です。爆破現場に現れた魔獣のせいで、同志も思うように動けんのですよ」
ラクエウス議員が白い眉を下げると、イーニー大使は端末をつついた。
湖南経済新聞の本社版サイトだ。
アーテルの通信途絶と、ケーブル保守会社が破断個所を特定した件が、それぞれ短文で速報コーナーに載る。
イーニー大使の表情が凍った。
どちらの記事も、配信時間はほんの五分程前だ。
まだ詳報はない。
諜報員ラゾールニクがフリージャーナリストの振りをして、湖南経済新聞本社国際部のシレンティウム記者に情報提供した。
ラゾールニクら複数の同志が、ランテルナ島を拠点に情報収集中だが、魔法使いの彼らには、アーテル領内で正式な取材活動ができない。匿名の情報提供として扱い、やや遅れて記事を公開すると双方が取決めを結んだ。
「残るはネミュス解放軍とネモラリス政府軍ですが……駐在武官の皆様は今、どちらに?」
イーニー大使は硬い表情で唇を引き結んだ。
……流石にそれを教えてもらえる程の信用はないか。
「実は、私もどこでどうしているか、教えてもらえないのですよ」
ラクエウス議員の落胆と諦めを読み取り、イーニー大使は肩を落として囁いた。その面に浮かぶ困惑が演技か本物か、付き合いの浅いラクエウス議員には読めない。
「あちこち跳び回って、独自に情報収集するようですが、私には何の報告も連絡もなく、相談されたこともありません」
「駐在先で文武の連携が取れないのは困りものですな。いつ頃からですか?」
「それはまぁ、お互い様な面もありますので……こうしてインターネット上で情報収集や拡散をする件は、駐在武官には伝えておりません」
ラクエウス議員は卓に身を乗り出して声を潜めた。
「軍を信用できない……と?」
「アル・ジャディ将軍がラキュス・ネーニア家の一員なのはご存知ですね?」
「えぇ、それはまぁ、我らキルクルス教徒とて常識として弁えておりますよ」
ラキュス・ネーニア家は、湖の女神パニセア・ユニ・フローラの血に連なる有力者の一族だ。ラキュス湖畔に住まうフラクシヌス教徒で、知らぬ者をみつける方が難しい。
旧ラキュス・ラクリマリス共和国時代に生まれた者なら、キルクルス教徒でも世間の常識として知ることだ。
……それが、アーテル本土から湖の民が排除された原因でもあるからな。
「アル・ジャディ将軍が何故、主神派のクリペウス政権の言いなりなのか、私にはわかり兼ねます」
「駐在武官たちが独自の判断で行動中なのか、アル・ジャディ将軍の意を受け、何らかの作戦行動中なのか……それも?」
駐アミトスチグマ王国大使は、苦しげに頷いた。
「それもあって、彼らに我々外交官によるネット上の活動を明かせないでいるのですよ」
「ふむ」
……一番の目的は果たせなんだが、これはこれで重要な情報だな。
「それから、同志がリストヴァー自治区へ跳んで、現在の様子を多数、写真と映像に収めてくれたのですがね」
「そのデータを使わせていただけるのですか?」
イーニー大使の顔が少し明るくなる。
ラクエウス議員は、手帳に挟んで来た紙片を卓上に置いて皺を伸ばした。
「クラウドとやらのアドレスとパスワードだそうです。用心の為、毎回別の場所を使い、パスワードもその都度変えるとのことです」
「ご配慮、恐れ入ります。同志の皆さんによろしくお伝え下さい」
イーニー大使は紙片を押し戴いて何度も礼を言った。
ネモラリス大使館を後にしたラクエウス議員は、夏の都の白い街を歩きながら思案に暮れた。
ネミュス解放軍が星の標リストヴァー支部と手を組んだ件は、今回も伝えられなかった。
……儂もまだ、大使を完全には信用できんのだな。
アーテルの通信網破壊はネミュス解放軍の仕業ではなかろう。
こんなことをしたのでは、アーテルの状況と魔哮砲の行方を探る為、星の標と結んだ協定が無駄になる。
残る勢力は唯ひとつ。
ネモラリス政府軍だ。
☆湖底ケーブルの切断と通信衛星アンテナ基地、交換局、基地局の破壊は一昨日の夕方……「1218.通信網の破壊」~「1222.水底を流れる」参照
☆湖南経済新聞本社国際部のシレンティウム記者……「692.手に渡る情報」「1043.アーテルの歪」「1044.歴史を見直す」参照
☆駐在武官……「627.大使との面談」「628.獅子身中の虫」「823.明かさない国」参照
☆あちこち跳び回って、独自に情報収集するようです……「0996.議員捕縛命令」参照
☆いつ頃からですか?……「1117.一対一の対話」参照
☆ネミュス解放軍が星の標リストヴァー支部と手を組んだ件/星の標と結んだ協定……「919.区長との対面」~「921.一致する利害」「0937.帰れない理由」~「0939.諜報員の報告」参照
☆アーテルの状況と魔哮砲の行方を探る……「0965.ネットで連絡」「0967.市役所の地下」「0968.黒い都市伝説」参照
☆手を組んだ件は、今回も伝えられなかった……以前、魔哮砲捜索の件だけ情報源を伏せて伝えた「1118.攻めの守りで」参照




