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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六章 印歴二一九一年二月六日

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0126.動く無明の闇◇

 二番目はレノとソルニャーク隊長が立ち、何事もなく、三番目の少年兵モーフと薬師(くすし)アウェッラーナに見張りを引き継いだ。

 眠い目をこすり、レノと場所を代わる。

 パン屋の青年はカウンターで少しパン生地を捏ねたが、すぐに作業を終え、妹が眠る椅子のベッドに潜りこんだ。



 玄関の扉は壊れ、開け放しだ。三番手の二人は戸口に立ち、そっと外を(うかが)う。

 車道の中央分離帯の植込みで、焼け焦げた街路樹が影絵のように黒々と見えた。

 吐息が星明かりを受け、淡く輪郭を浮かび上がらせる。

 街路樹の向こうで、廃墟が月と星に照らされ、闇の中で幻のように横たわった。


 その光景の中で種々雑多なモノが動き回る。

 空襲で亡くなった人々の無念の思いを(むさぼ)るのか、雑妖は何かを見つけると、その場所に(たか)り、折り重なり、争うように(うごめ)いた。



 暗がりでも、雑妖の姿ははっきり視える。

 雑妖はこの世のモノではない。

 肉眼ではなく、霊視力で知覚する為、闇の中でも鮮明に視認できるのだ。



 アウェッラーナは、近くの雑妖から目を()らし、視線を南に向けた。

 クブルム山脈が夜空の下に見え、山並にかかる雲が月光で白く縁取られる。

 そんな遠くまで見えることが悲しい。この三十年、街のみんなが頑張って築き上げてきた全てが、一瞬で失われてしまった。


 「明日は、雨みたいね」

 「何でそんなコトわかるんだ? それも魔法なのか?」

 返事は期待しなかったが、少年兵はすぐ質問で応えた。好奇心旺盛なのか、知識に飢えているのか。


 アウェッラーナは、瓦礫の彼方に(そび)える山々に注目したまま答えた。

 「空を読んだだけよ」

 「空を読む?」

 「私の父と兄、他の親戚もみんな漁師だから、経験則(けいけんそく)で天候の変化を読めるの。魔法じゃなくて、知識と経験の積み重ねで予測するの。科学文明国の天気予報のやり方に似てるわね」

 「……天気予報」

 「まぁ、そう言う魔法……【飛翔する(ツバメ)】学派の魔法使いが術を使えば、確実にわかるけどね」


 少年兵モーフは、湖の民の答えを吟味するのか、山へ静かに視線を注ぐ。

 アウェッラーナは何も言わず、南の山脈にかかる雲の動きを読む。


 ……明日のお昼か、夕方くらいから降るみたいね。


 この辺りの上空は、まだ星々が明るく瞬く。

 ここなら雨が降っても心配ない。

 しばらく晴天続きで、空気がすっかり乾燥してしまった。少しは降ってくれた方が有難い。


 「空を読むってどうやってんだ? 魔法じゃねぇんなら、俺にもできンのか?」

 少年兵が、湖の民の薬師(くすし)に聞いた。哀願するような声だ。


 ……ちゃんと学校に行けなかった子なのかな?


 「魔法じゃないから、ちゃんと(おぼ)えれば、誰でもできる(はず)よ」

 「ふーん……」

 少年兵はそれきり黙った。流石(さすが)に、テロの被害者……いや、緑髪の魔法使いに教えを乞うのは抵抗があるのだろう。


 仮に教えを乞われても、アウェッラーナには、父の仇の一味に何のわだかまりも持たず、時間を掛けてゆっくり教えられる自信はなかった。


 アウェッラーナは地上に目を戻した。

 相変わらず雑妖が、廃墟や瓦礫の隙間などから()()なく(にじ)み出る。


 その群が、大通りを河のように流れて行く。生じたばかりの雑妖は形が定まらない。他の個体と混じり合いながら、西から東へ這う。


 ……あっちに、何かあるの?


 アウェッラーナは東に目を()らした。

 数棟の廃墟と、完全に崩壊した瓦礫の山があるだけだ。


 「来た……」

 モーフのかすれた声で振り向く。少年兵は西に顔を向けて動かない。


 アウェラーナも西に続く道の先を見た。

 何も居ない。

 誰も居ない。

 闇に目を凝らすが、何もみえない。


 天を仰ぐ。

 星々は変わらず瞬き、月も(かげ)ってはいなかった。


 もう一度、西に視線を戻す。

 黒インクで塗り潰したような闇が広がるだけだ。


 星影、月光に照らされた道や瓦礫が見えない。

 さっきまであんなに活き活きと視えた雑妖が一匹も見当たらない。


 東を見た。

 先程と同じ光景が広がる。

 車道の真ん中で何かを(むさぼ)る雑妖たちが、ざわざわと波打って西から東へ流れる。


 気が付くと、目の前が闇に覆われていた。

 目を開けているのか、閉じているのかわからない。


 アウェッラーナは、右手を顔の高さに上げた。(かろ)うじて形が分かる。

 机の下から漏れる【灯】を受け、足下も(わず)かに明るかった。

 目の前に、闇の塊が居る。


 ……これが……?


 ようやく気付き、動悸が激しくなる。

 アウェッラーナは目を閉じ、細くゆっくり息を吐き出した。数秒、息を止め、ゆっくり吸いながら目を開く。


 確かに(まぶた)を上げた(はず)だが、真っ暗だ。

 手を伸ばせば掴めそうな程、濃密な闇がそこにあった。


 ……闇の塊……?


 確かに、()る。

 じっと見詰めるが、形はわからない。のっぺりとした闇だ。


 あまりのことに感覚が麻痺してしまったのか、邪悪な印象は受けなかった。さりとて、これが神聖なモノに見える訳でもない。


 正邪とは無縁な所に、ただ、存在する。

 アウェッラーナにはそんな風に思えた。


 どのくらいそうして見たのか、気が付くと、闇の塊はなく、月光が白々(しらじら)と廃墟の街を照らした。

 雑妖も居ない。


 耳が痛くなりそうな静寂の中、湖の民アウェッラーナと少年兵モーフだけが(たたず)んでいた。

☆クブルム山脈……「0033.術による癒し」参照

☆【飛翔する(ツバメ)】学派の魔法使い……「野茨の環シリーズ 設定資料」の「用語解説07.学派」、「飛翔する燕(N7641CZ)」の「05.霊性の翼団」、【空読み】の呪文は「飛翔する燕(N7641CZ)」の「07.監視と追跡」参照


 挿絵(By みてみん)


★第六章 あらすじ

 アウェッラーナたち寄せ集めの十人は、情報と物資を求めて、ゼルノー市の中心街へ行く。

 当面の拠点として、放棄された国営ラジオの地方支局に腰を落ち着ける。そこで得た物は……


 ※ 登場人物紹介の一行目は呼称。

 用語と地名は「野茨の環シリーズ 設定資料」でご確認ください。

 【思考する梟】などの術の系統の説明は、「野茨の環シリーズ 設定資料」の「用語解説07.学派」にあります。



★登場人物紹介


 ◆湖の民の薬師(くすし) アウェッラーナ 呼称は「(ハシバミ)」の意。

 湖の民。フラクシヌス教徒。髪と瞳は緑色。ネモラリス人。

 隔世遺伝で一族では唯一の長命人種。外見は十五~十六歳の少女(半世紀の内乱中に生まれ、実年齢は五十八歳)

 ゼルノー市ミエーチ区のアガート病院に勤務する薬師(くすし)

 使える術の系統は【思考する(フクロウ)】【青き片翼(かたよく)】【(すなど)伽藍鳥(ペリカン)】【霊性の(ハト)】学派。

 実家はネーニア島中部の国境付近の街ゼルノー市ジェリェーゾ区で漁業を営み、内乱を生き残った身内と支え合って暮らす。

 真名(まな)は「ビィエーラヤ・オレーホヴカ・リスノーイ・アレーフ」


 ◆パン屋のレノ 呼称は「馴鹿(トナカイ)」の意。髪の色と足が速いことから。

 力なき陸の民。フラクシヌス教徒。十九歳。濃い茶色の髪。ネモラリス人。

 ネーニア島のゼルノー市スカラー区にあるパン屋「椿屋」の長男。

 両親と妹二人の五人家族。パン屋の修行中。仕事柄、料理が得意。スポーツは得意だが、勉強は得意ではない。

 幼馴染クルィーロのオルラーン家とは家族ぐるみの付き合いがある。


 ◆ピナティフィダ(愛称 ピナ) 呼称は生まれた季節に咲く花の名。

 力なき陸の民。フラクシヌス教徒。中学生。二年三組。濃い茶色の髪。ネモラリス人。レノの妹、エランティスの姉。しっかりしたお姉さん。


 ◆エランティス(愛称 ティス) 呼称は生まれた季節に咲く花の名。

 力なき陸の民。フラクシヌス教徒。小学生。五年二組。濃い茶色の髪。ネモラリス人。レノとピナティフィダの妹。アマナの同級生。大人しい性格。

 母やピナティフィダに教わって家事や店を手伝い、パンやクッキーを作れる。


 ◆工員クルィーロ・オルラーン 呼称は「翼」の意。

 力ある陸の民。フラクシヌス教徒。工場勤務の青年。二十歳。金髪。ネモラリス人。ゼルノー市スカラー区在住。両親と妹との四人家族。レノの幼馴染で親友。

 隔世遺伝で、家族の中で一人だけ魔力がある。魔法使いだが、修行はサボっていた。使える術の系統は、【霊性の(ハト)】が少しだけ。

 機械に興味があるので、ゼルノー市グリャージ区のジョールトイ機械工業の音響機器工場に就職。


 ◆アマナ・オルラーン 呼称は生まれた季節に咲く花の名。

 力なき陸の民。フラクシヌス教徒。小学生。五年二組。クルィーロの妹。金髪。ネモラリス人。エランティスの同級生。ゼルノー市スカラー区在住。

 家のお手伝いを積極的にするいい子。頭がよく、お勉強が得意。


 ◆少年 ローク・ディアファネス 呼称は「(つの)」の意。

 力なき陸の民。商業高校の男子生徒。十七歳。ネモラリス人。ゼルノー市セリェブロー区在住。ディアファネス家の一人息子。家族と相容れなくなって家出。

 祖父たち自治区外の隠れ教徒と自治区の過激派が結託して、テロを計画したと知りながら漫然と放置してしまった。保身に走り、後悔しがち。


 ◆針子のアミエーラ 呼称は「宿り木(ヤドリギ)」の意。

 陸の民。キルクルス教徒。十九歳の女性。金髪。青い瞳。仕立屋のお針子。

 工員の父親と二人暮らし。泥棒が同情するレベルの赤貧。祖父母と母と弟妹は病死。弟妹はいずれも幼い頃に亡くなり、人数も憶えていない。

 母方の祖母が力ある民。隔世遺伝で魔力を持つが、魔法を教わっておらず何もできない。


 ◆仕立屋の店長 クフシーンカ 呼称は「睡蓮スイレン」の意。

 力なき陸の民。キルクルス教徒。ネモラリス人。一人暮らしの老婆。九十歳を越えても達者。アミエーラの祖母の親友。ずっとお互いに助け合ってきた。

 リストヴァー自治区の団地地区で仕立屋を経営するお金持ち。気前がいい。


 ◆フリザンテーマ 呼称は「菊」の意。

 力ある陸の民。アミエーラの祖母。クフシーンカの幼馴染で親友。孫のアミエーラが幼い頃に病死。ネモラリス島出身。【歌う鷦鷯(ミソサザイ)】学派の魔女。ネモラリス人。

 夫は力なき陸の民のキルクルス教徒で、内戦終了後、一家はリストヴァー自治区に移住。魔女であるのを隠す為、知り合いのいないバラック地帯で生活した。


 ◆カリンドゥラ 呼称は「金盞花(キンセンカ)」の意。

 力ある陸の民。アミエーラの大伯母(祖母の姉)。長命人種。クフシーンカの幼馴染。ネモラリス島出身。アミエーラと同じ金髪。ネモラリス人。

 妹のフリザンテーマと親友のクフシーンカがネーニア島に移住した後も、ネモラリス島に残った。無事なら現在も、ネモラリス島に住んでいる筈。


 ◆少年兵モーフ 呼称は「(コケ)」の意。

 力なき陸の民。キルクルス教徒。星の道義勇軍の少年兵。ネモラリス人。

 自分の年齢さえはっきりしない。多分、十五~十六歳。小柄で年齢より幼く見える。リストヴァー自治区のバラック地帯出身。貧しさ故に最終学歴は小学校中退。

 以前は工場などの下働きで生活費を稼いだが、生活に嫌気が差し、家出してキルクルス教徒の団体「星の道義勇軍」に入った。

 アミエーラの近所のおばさんの息子。祖母と母、足が不自由な姉とモーフの四人家族。父は、かなり前に工場の事故で亡くなった。


 ◆ソルニャーク隊長 呼称は「雑草」の意。

 力なき陸の民。キルクルス教徒。四十代半ばのおっさん。ネモラリス人。リストヴァー自治区のバラック地帯在住。

 星の道義勇軍の一部隊の隊長。モーフたちの上官。知識人。冷静な判断力を持つ。キルクルス教徒だが、狂信はしていない。自爆攻撃には否定的。

 陸の民らしい大地と同じ色の髪に、彫の深い精悍な顔立ち。空を映す湖のような瞳は、強い意志と知性の光を宿す。

 実家は農家。子供時代は自治区外や自治区の農村地区に住み、裕福だった。


 ◆元トラック運転手 メドヴェージ 呼称は「熊」の意。

 力なき陸の民。キルクルス教徒。星の道義勇軍の一兵士。三十代半ば頃のおっさん。リストヴァー自治区のバラック地帯出身。ネモラリス人。

 以前はトラック運転手として、自治区と隣接するゼルノー市グリャージ区の工場を往復した。

 労災事故で重傷を負い、ゼルノー市ジェリェーゾ区の中央市民病院に入院したことがある。入院中に妻子を喪い、星の道義勇軍に加わった。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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