1224.分担して収集
「ラジオは聞いた?」
「はい。夜のニュースで本土が大変って……今日はその情報収集ですね?」
ロークが、呪符屋のカウンター席に座るフィアールカに聞くと、視界の端でお茶を淹れるスキーヌムが動きを止めた。
湖の民の運び屋は、片手をひらひら振って苦笑する。
「今、本土がどれだけ危ないか、ラジオで聞いたんでしょ?」
「えぇ。だから、その情報の真偽も含めて確認に行くつもりです」
スキーヌムの泣きそうな顔が、物言わぬ石になる。
運び屋の緑の目が、蒼白になった元優等生を見た。
「偵察は、自力で身を守れる人たちにしてもらうから……当分は大橋を渡らないで。もし本当だったら、生きて戻れないのよ?」
後半はロークに厳しい視線と共に寄越した。
……自力で身を守れる……クラウストラさんか。
足手纏いになると自覚したロークが渋々頷くと、隣で石像と化したスキーヌムがゆるゆる動き出した。長く置き過ぎた紅茶は血のように濃い色だ。
「新聞とラジオで情報収集してくれる? どの記事が何にどう関係するかわからないから、為替と株式の欄も含めて全部の記事に目を通して」
「わかりました。フィアールカさんはどうするんです?」
「私は周辺国を回って影響範囲とかを調べるつもり。三日に一回くらいは顔を出すから、この件に関する記事の概要を紙にまとめてちょうだい」
「了解」
運び屋フィアールカが満足げに微笑み、腰を浮かしかけたところへ、クルィーロが入って来た。
「あ、丁度いい所に。フィアールカさん、インターネットが繋がらなくて……」
「あなたも本土へ情報収集なんて行っちゃダメよ」
緑髪の運び屋が座り直すと、金髪のクルィーロは隣に腰を下ろしてタブレット端末を取り出した。
「故障かと思って、郭公の巣に行ったら、アンテナ基地や中継局が爆破されたって教えてくれて……」
画面をつついて朝刊の写真を表示させる。
昨夕の事件発生から朝刊の〆切時間ギリギリまでの情報で、どの記事にも写真はない。題字の下には、通信回線の不調で記事の配信ができず、新聞製作にも遅れが生じるとの断り書きがあった。
「報道の裏取りは今、他の人がしてるから、本土に行っちゃダメよ」
フィアールカが【跳躍】の術を使えるクルィーロに繰り返し釘を刺す。魔法使いの工員は神妙な顔で頷いた。
「あなたは引き続き、ネモラリスで情報収集してくれないかしら? 私は三日に一回くらいここに顔を出すから、情報は紙に書いてここに預けて欲しいの。手許には画像で控えを残して」
「わかりました」
クルィーロが了解すると、運び屋はバッグを掴んで慌ただしく出て行った。
ロークがタブレット端末を持つ件は、スキーヌムには内緒だ。
クルィーロは素知らぬ風で話を合わせてくれた。
「本土に行けないんじゃ、ローク君、当分ここのバイトに専念すんの?」
「新聞とラジオで情報収集するように言われたんで、あっちに行く予定の日はラジオでニュースを聞いて過ごそうと思っています」
「それはそれで大変そうだな。あ、そうだ。カセットテープで録音してもらっていいかな? 後でお代渡すから」
クルィーロは音響機器工場勤めだったからか、ロークが全く気付かなかったことをあっさり口にした。これなら、何度も聞き返せる。まとめの作成が楽になる上、正確性も上がるだろう。
「いえ、ありがとうございます。こちらこそ助かります」
「いいよいいよ、お互い様だし」
クルィーロの屈託のない笑顔で、呪符屋のカウンターがふと明るくなる。
スキーヌムが茶器を置いた。
「どうぞ」
「えっ? いいのかい? 今日は呪符買いに来たんじゃないんだけど」
「運び屋さんに淹れたんですけど、捨てるの勿体ないので、よろしければ……」
抽出時間が長過ぎて、見るからに渋そうな代物だ。手つかずとは言え、残り物を堂々と出す神経に呆れ、ロークは小言を言おうと口を開き掛けた。
クルィーロがやわらかな微笑で言う。
「カップ出してくれる? 俺一人ってのもアレだし、三人で分けっこしよう」
「は、はい!」
スキーヌムが、カウンター下の棚から茶器を二脚出して作業机に置く。クルィーロは【操水】で水瓶から少し汲み出し、濃過ぎる紅茶と合流させて温め直した。
薄まった紅茶が生き物のように宙を舞い、三脚の茶器に収まって湯気を立てる。
「……有難うございます」
ロークは小言を引っ込めて礼を言うしかない。
「俺たちも、三日後にまた来るよ。ここ来るお客さんの話、後で聞かせてくれないかな?」
「勿論です。情報交換、よろしくお願いします」
「俺たち? お一人じゃないんですか?」
スキーヌムが屈んでもう一脚出そうとする。
「アウェッラーナさんは薬作ってて忙しいから、お茶はいいよ」
スキーヌムがカップを置いて顔を上げると、クルィーロは端末の画面を二人に向けた。
「こないだ、二人の写真をみんなに見せたら、みんなも撮ろうってなってさ」
久し振りに見た仲間たちは、みんな元気そうな明るい笑顔だ。
ロークは、彼らと自分の間に横たわる二度と近付けない距離に胸が詰まったが、細く息を吐いて感慨を籠めて言った。
「みんな、元気そうでよかったです」
「伝わってるかわかんないけど、ネモラリス島の流行は解放軍が動いてくれて何とかなりそうだから、多分、大丈夫だよ。バルバツムの工場も再開したらしいし」
安心材料だけを並べられると、却って不安になったが、ロークは微笑で応えた。
☆ロークがタブレット端末を持つ件は、スキーヌムには内緒……「0965.ネットで連絡」参照
※ 因みにスキーヌムも端末を持つが、ロークには内緒……「1123.覆面作家の顔」参照
☆二人の写真をみんなに見せたら、みんなも撮ろうって……「1207.写真を撮ろう」「1208.崖下の撮影会」参照
☆ネモラリス島の流行は解放軍が動いてくれて何とかなりそう……「1090.行くなの理由」「1211.懸念を伝える」参照
☆バルバツムの工場も再開した……「1195.外交官の連携」「1211.懸念を伝える」参照




