1223.繋がらない日
クルィーロは、薬師アウェッラーナと共にランテルナ島の地下街チェルノクニージニクに来た。
公開生放送で、ミャータ市近郊の麻疹情報を伝えたが、今のところ、同市より西の村人たちに大きな混乱は見られない。
流行が村に到達する前に終息すればよし。万が一届いた場合の対策と、薬の存在を知らせたことで落ち着いたのだ。
二人は、いつもの安宿で隣り合う一人部屋を取り、それぞれの作業に掛かる。
薬師アウェッラーナは麻疹の対症療法用の薬作り、クルィーロは運び屋にもらったタブレット端末でインターネットの情報収集だ。
「あれっ?」
思わず声が漏れる。
ポータルサイトを開こうとしたところ、ネモラリス島からアクセスしようとした時と同じエラーメッセージが表示された。
ブックマークした他のサイトも全て試したが、どこにも繋がらず、同じエラーを返される。
〈ファーキル君、おはよう。
今、チェルノクニージニクなんだけど、サイトがどこも表示できないんだ。
端末の故障かな?〉
エラー画面のスクリーンショットを添えてメールを送った。
いつもより「送信中」の表示が長い。だんだん不安になってきたところで、こちらも送信不能のエラーが表示された。
……どうなってるんだ?
何が何だかわからないが、クルィーロにはこれ以上できることは何もない。
タブレット端末を上着のポケットに入れ、隣室に声を掛けた。
「ちょっと郭公の巣に行ってきます」
「お気をつけて」
みんなで手伝える下拵えまでは、移動放送局プラエテルミッサのトラックで済ませて持って来た。
クルィーロには、専門性の高い【思考する梟】学派の術の精密操作は、難易度が高過ぎて手伝えない。
……魔法の勉強、もっとちゃんとやっとけばよかったな。
もう何度目になるかわからない後悔と、アウェッラーナ一人に負担を掛ける申し訳なさを抱えて安宿を出た。人通りの少ない地下街の通路をとぼとぼ歩く。
……端末で情報収集できないんじゃ、何しに来たかわかんないな。
荷物持ち以外の仕事を失い、時間が空いてしまった。
魔法の道具屋“郭公の巣”へ向かう道すがら、通路沿いの店を覗く。牛乳屋兼新聞屋の店頭は、新聞を立てて並べる金属棚が空っぽだ。
「今日、休刊日でしたっけ?」
「それなら棚に札を掛ける。売切れだよ」
店主がカウンター越しに何とも言えない顔を向ける。
「えっ? 全部ですか?」
「見ての通りだ。ラジオ聞かなかったのか?」
「え、えぇ……何があったんです?」
店長がふっつり黙る。
クルィーロは諦めて先を急いだ。
「あら、いらっしゃい。今日は一人?」
他の客と入れ違いで郭公の巣に入ると、クロエーニィエ店長が愛想のいい笑顔で迎えてくれた。
「アウェッラーナさんは宿で作業中です。お代払うんで、今日の朝刊、見せてもらえませんか」
「ん? あぁ、インターネットが繋がらない件ね?」
店長はエプロンドレスを翻して奥へ引っ込んだ。
……端末の故障じゃなかったのか。
ランテルナ島全体が繋がらないせいで、紙の新聞が売切れたのだろう。
クロエーニィエ店長の逞しい腕がカウンターに朝刊を置いた。写真はなく、文字だけがびっしり紙面を埋める。
テロか 衛星アンテナ基地で爆発
クルィーロは息を詰めて、一面のトップ記事に目を走らせる。
昨日の夕方、アーテル共和国内にある通信衛星のアンテナ基地が一箇所、中継局と交換局は合計三十八箇所、何者かに連続爆破された。
爆発後、現場とその周辺はいずれも魔獣が出現し、救助隊も復旧作業員も近付けない。爆発に巻き込まれ、或いは魔獣に襲われた死者は昨夜二十時時点で百名以上に上り、今後も増える見通しだ。
アーテル軍は、対魔獣特殊作戦群を展開し、駆除作戦を開始したとある。
記事は、インターネットと電話が繋がらない為、情報収集に手間取って新聞の発行が遅れることのお詫びと、一般市民に不要不急の外出を控えるようにとの呼掛けで締め括られた。
「あの……これ……」
「島はネットが繋がらなくなっただけで、他はいつも通りよ。本土に仕事がある人は一応、バスで出勤したし」
「ネモラリス憂撃隊のテロなんですか?」
クロエーニィエ店長は紙面に視線を落とした。
「まだ何とも言えないわね。ネモラリス軍の攻撃かもしれないし」
「あー……じゃあ、魔獣は爆発に巻き込まれた人の死体を扉にして出て来たんですか?」
「それはないわ」
「えっ?」
断言され、クルィーロは紙面から目を上げた。
「元々何かを激しく憎んだり恨んだりしてる人ならともかく、即死なら死んだ自覚がないから、こんなすぐに魔物を呼び寄せたりしないわ」
「じゃあ、死体を食べて?」
「力なき民を食べたって、すぐには受肉できないでしょ」
「あ、そっか。腐ってないから……【召喚】の術か呪符で?」
「でしょうね。誰の仕業かわかんないけど、大人数でやったのか、事前に場所を憶えて【跳躍】して少数精鋭で頑張ったか」
クルィーロは頷いてページを捲った。
中面には、爆発の場所と時間、魔獣目撃地点の印、死者数が書き込まれた地図が載る。四十箇所近い爆発は、アーテル共和国本土の各都市に散らばるが、表によると最初と最後の時間差は一時間余りしかない。
爆発の原因が、魔法か爆発物かは調査中だ。
大統領府に対策本部が設けられ、情報収集と魔獣駆除、負傷者の救護に全力を傾けるとの発表があった。
隣のページには、「湖岸沿いで数年振りに濃霧が発生」の大見出しが躍る。折悪しく、夕方の帰宅時間帯と重なった為、交通事故の多発で生じた不幸を告げる言葉が並ぶ。
満員バスが交差点でトラックに衝突されて横転。多数の死傷者が出たが、爆発と魔獣の出現、濃霧に阻まれて救助が困難を極める。他にも同様の事故が発生した可能性は高いが、電話が次々と不通になり、夜が明けて霧が晴れるまでは全容を把握できない。
警察と消防の長官が、市民に理解を求める談話が囲みで載る。
クルィーロは、インターネットに繋がらないタブレット端末をカメラ代わりに紙面を撮った。
「今ンとこ、島で爆発があったってハナシはないわ。ネットが繋がらないのと新聞が遅れただけよ」
「電話は繋がるんですか?」
「島の中だけね。回線が独立してるから」
「有難うございます。情報料、【水晶】でいいですか?」
「今回はいいわ。次に来る時、蔓草細工の籠を持って来てくれない? あれ、結構人気なのよ」
「わかりました。メドヴェージさんたちに頼みます」
クルィーロは、おつかいをタブレット端末のテキストエディタでメモして呪符屋へ急いだ。
☆公開生放送でミャータ市近郊で発生した麻疹の流行を伝えた……「1210.村での生放送」~「1212.動揺を鎮める」参照
☆専門性の高い【思考する梟】学派の術の精密操作は、難易度が高過ぎ……「337.使用者の適性」、クルィーロにはできない「0096.実家の地下室」「391.孤独な物思い」参照
☆何者かに連続爆破……「1218.通信網の破壊」参照
☆腐ってないから……「716.保存と保護は」参照
☆蔓草細工の籠……「425.政治ニュース」「443.正答なき問い」参照




