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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十二章 切断

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1252/3511

1220.ケーブル三本

 魔哮砲に命じ、ここから更に北へ移動させる。

 護符の淡い光に照らされた湖底には、思いの(ほか)たくさんこの世の生き物が居た。

 突然現れた闇の塊に驚いてあっという間に逃げ散る。魚や甲殻類は目を閉じないので、夜行性の生き物を怯えさせたのか、寝ているのを起こしてしまったのか、専門家ではないルベルにはわからなかった。



 日没後は、魔物や魔獣の対策を施した魔道機船でも湖上に出ることはない。

 何の対策もないアーテル軍の爆撃機も、常識的に考えて夜間飛行はしない。

 ラクリマリスの王族たちも、日没後は使い魔の視覚情報を遮断するだろう。束縛の緩んだ湖の魔物たちは、許可証のメダルを持たせた魔哮砲に手出しできない。


 ラクリマリス王国が異変に気付けば、ラキュス湖の上空と湖上だけでなく、湖底にも監視を広げるだろう。

 魔装兵ルベルたちは、今夜中に目標を全て破壊しなければならなかった。


 (あるじ)の焦りが伝わったのか、魔哮砲の速度が上がる。

 世界規模の大手通信企業が保有する湖底ケーブルも、先刻同様、すんなり中継器を破壊できた。


 「よし。俺の所に戻れ」


 魔哮砲は往路の倍近い速度で戻った。岸にぬるりと這い上がり、濡れて冷え切った身を(あるじ)のルベルに寄せる。



 「次はランテルナ島北部でしたね」

 「あぁ、急ごう」

 日が落ちてオフィス街に街灯が(とも)ったが、工兵ナヤーブリが【飛翔する燕】学派の術で発生させた濃霧に包まれ、通常の視界は利かない。

 工兵が魔装兵の手を取って【跳躍】した。


 足にしがみついた魔哮砲と共に移動した先は、ランテルナ島北東部、北ヴィエートフィ大橋に程近い漁港の廃墟だ。

 周囲には民家などない。北ヴィエートフィ大橋の(たもと)にアーテル軍のランテルナ北部基地があるだけだ。


 少し雲はあるが、よく晴れて、無数の星々が天を埋める。ゆっくりと流れる雲の腹が、基地を煌々と照らすLEDライトを受けて青白く輝く。

 夜間の照明は目が痛い程に強い。雑妖はともかく、魔物は明るくした程度ではどうにもできないが、力なき民ばかりのキルクルス教徒には、その程度のことしかできないのだ。


 ルベルたちの居る漁港は、半世紀の内乱中に破壊され、岸壁のコンクリートがそこかしこで割れて朽ちる。

 隙間から滲み出した雑妖が、二人と一頭の【魔除け】から逃れ、建物の残骸に飛び込んだ。亀裂から伸びる草が夜風に揺れる。

 秋の虫と岸を洗う波の他に音はない。


 「じゃあ、見張り、よろしくお願いします」

 「はい!」


 工兵ナヤーブリが【暗視】を唱える。【飛翔する燕】学派の彼に戦う力はない。

 作業服に擬装した【鎧】を纏う二人は、アーテル兵に銃で撃たれた程度では、かすり傷ひとつ負わない。

 ナヤーブリが警戒するのは、魔物と魔獣だ。何かあれば、ルベルに知らせて安全圏に【跳躍】する。


 魔装兵ルベルは工兵ナヤーブリに背を預け、足にしがみつく魔哮砲を撫でた。秋の湖水に浸かって冷え切ったが、この魔法生物が寒さを感じるか不明だ。

 ルベルとラズートチク少尉がネモラリス軍上層部から与えられた情報では、魔哮砲が魚のように水中でも呼吸できるのか、そもそも呼吸を必要としないのかさえ、わからなかった。

 情報の断片から推測できるのは「水中でも活動できるらしい」ことだけだ。


 「湖の底に降りよ」


 力ある言葉で命じると、ルベルの足をするりと離れ、壊れた岸壁を伝って湖底に這い降りた。

 爆撃機の残骸の他、錆付いた戦車なども沈み、かつての激戦を今に伝える。賑ったであろう漁師町は跡形もない。


 ルベルは、魔哮砲の視覚情報を頼りに【花の耳】経由で指示を出し、北ヴィエートフィ大橋の橋脚まで誘導した。

 この付近には、メーカー、通信大手、コンテンツプロバイダーが各々(おのおの)敷設した三本の湖底ケーブルが距離を置いて走る。


 この三本もカルサール湾で外洋の海底ケーブルと繋がり、湖南地方のポリキクニス王国、ポゴニア王国、ステニア共和国領などを経てラキュス湖に入る。アミトスチグマ王国、フナリス群島、ネーニア島南部を経て、北ヴィエートフィ大橋に沿ってランテルナ島、南ヴィエートフィ大橋伝いにアーテル本土へ到る。



 魔装兵ルベルは、大橋の基礎を傷付けない位置に魔哮砲を移動させた。

 湖底ケーブルの周辺だけ、半世紀の内乱時代の遺物が撤去され、湖底の砂地が露出する。


 「先程と同様、あの機械を撃て」


 三連続で光が走り、湖底に小さな砂煙が舞う。所属の異なる中継器が消え失せ、三本の湖底ケーブルが破断した。


 「よし……俺の所へ戻れ」


 魔哮砲が戻るのを待つ間、地上の様子を窺う。

 北ヴィエートフィ大橋のアーテル軍基地に目立った変化はない。LEDライトの光を受け、大橋の島に近い部分が白く輝く。その遙か北に小さな光の集まりが点々と見えるのは、ネーニア島ラクリマリス領の漁村だ。


 ひとつの(あかり)にひとつの家族。


 ラズートチク少尉たちは、あの中のひとつの家から、湖上封鎖範囲内での活動許可証を盗み出した。

 夜明けの出漁前に漁船に返さなければ、大変なことになる。



 魔哮砲の上陸を確認すると、工兵ナヤーブリが一足先に次の目標地点イグニカーンス市へ【跳躍】した。

☆許可証のメダル……「1216.ケーブル地図」参照

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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