1218.通信網の破壊
インターネット上に公開されたアンテナ基地、中継局、交換局の配置図と、別の地図サイトの衛星写真で位置を調べ、魔装兵ルベルの【索敵】と【刮目】で現地の状況を遠距離から確認する。
工兵マーイと工兵班長ウートラが口述し、ルベルがタブレット端末で作成した報告書をラズートチク少尉に見せた。
メールなどを送信すると足がつく。手帳感覚で端末機を手渡した。
「では、私とマーイで現地を確認する。ウートラ班長は護符の素材調達を頼む」
ラズートチク少尉が指示を出し、マーイを伴って別の隠れ家に【跳躍】した。
工兵マールトは、三日で魔哮砲用の護符を作り上げた。
魔装兵ルベルが【従魔の檻】から解放した魔哮砲にそっと触れる。やわらかな闇はいつも通り、あたたかい。
「俺が、もういい離せと命令するまで、これを持ち続けよ」
ルベルが力ある言葉で命じ、出来上がったばかりの護符を近付けると、闇の表面二カ所が兎の前足程度に隆起して受取った。
ここだけ見れば、黒い小動物が両手で護符を抱えたようで可愛らしいが、全体を引きで見れば、大型バイク程度の黒い塊に護符がめり込んだようにしか見えない。
魔哮砲から魔力の供給を受け、護符が淡い真珠色の光を放つ。【魔除け】の光を浴びた魔哮砲の身は、それでも深い闇のままだ。
爆弾の調達は、工兵マールトが護符を作る間に済ませ、別の拠点に隠してある。
「アーテル軍の動きはどうだ?」
「インターネット上には弾薬の紛失に関する報道はありませんでした」
ラズートチク少尉は、魔装兵ルベルの報告に頷いて付け加える。
「それなりの規模の教会に警備員が配置され、警察官の巡回が増えた」
「アーテル軍は、キルクルス教団と警察にだけ知らせたのですか?」
工兵ナヤーブリが呆れる。
「前回、同様の手口で盗まれた爆弾は、首都でルフス神学校の礼拝堂爆破に使用された。犯行声明は出されなかったが、ネモラリス憂撃隊の仕業だ」
「今回も彼らの仕業だと思ったのですね」
「その方が好都合だ。警察の目を神学校同様のテロ対策に向けられる」
少尉と工兵たちの遣り取りにルベルの心が重くなる。
ゲリラの【魔道士の涙】を呑んだ双頭狼が、ルフス光跡教会で殺戮を繰り広げた後、ネモラリス憂撃隊に目立った動きはない。
本日実行する地上の爆破対象は三十八カ所の基地局と交換局だ。郊外は衛星アンテナ基地一カ所だけで、他は全て市街地にある。
神学校の礼拝堂と同規模の爆発が生じれば、付近を走行中の車や歩行者にも被害が出る。
何より、インターネットは科学文明国に於いて、電気、ガス、水道などと並ぶ重要な生命線だ。
湖底ケーブルは電話回線と共用の為、大部分の企業が業務に支障を来す。銀行や証券会社など金融機関の取引が停止すれば、アーテル経済は大混乱に陥るだろう。
通院できない在宅患者の遠隔診察もできなくなると知った。
医療に限らず、あらゆる分野の通信が途絶し、陸の孤島と化す。
湖底ケーブル切断後も、地上のアンテナ設備などの破壊を継続する。
全てのアーテル人が情報のない闇に放り出され、そこで何が起きようと、外部に助けを求める手段がなくなるのだ。
……でも、これが戦争なんだよな。
アーテル共和国の非戦闘員にどれだけ被害が発生するか、魔装兵ルベルには全く予測できなかった。
作戦当日、ルベルと工兵ナヤーブリは夜間の作戦に備え、ランテルナ島の地下街チェルノクニージニクで仮眠するよう命じられた。
日中は、ラズートチク少尉、工兵班長ウートラ、工兵マールトとマーイで通信設備の破壊工作を行う。
ルベルとナヤーブリは安宿から一歩も出ず、持ち込んだ軽食をつまんで言葉少なに過ごす。
寝たり起きたりを繰り返し、夕方になってタブレットッ端末の電源を入れた。
テロか 通信交換局の爆破
通信基地局 爆発の死傷者
衛星アンテナの基地で爆発
ポータルサイトの新着記事の見出しをつつく。
工兵ナヤーブリもベッドに並んで腰掛け、横から画面を覗いた。
速報記事は、首都ルフス郊外の衛星アンテナ基地や、大都市に配置された通信会社の通信基地局と交換局の爆発と、その付近に突然現れた魔獣の群を同時に伝え、現場に近付かないよう繰り返し呼掛ける。
次々と上がる新着記事はいずれも似たような内容で、死傷者の数が増え、一部の身元が判明したことと目撃情報が追加されるが、原因や犯人については憶測の域を出る情報がない。
「インターネットって、アンテナ壊してもフツーに使えるんですね」
「端末で直接、受信できるからね。……俺も詳しくは知らないけど、機種によって、近くのアンテナから受信するのと、人工衛星から直接送受信できるのがあるらしいよ」
「じゃあ、人工衛星を壊さない限り、使える端末が残るんですね」
工員ナヤーブリが肩を落とす。
ルベルは話題を変えてみた。
「この魔獣の群ってどうしたんだろうな? 爆破地点全部に出たみたいだけど、何か聞いてる?」
「いえ、私は何も……死体を扉にしたのでは……」
ノックの音で口を噤み、ルベルが立ち上がる。
少尉と班長が姿を見せると、工兵ナヤーブリも立った。
「現場でネモラリス憂撃隊と鉢合わせした」
「一カ所ですか?」
「全部……いや、向こうの方が多い」
少尉が手短に状況を説明する。
ネモラリス憂撃隊も、政府軍と同じことを考え、あちらは【召喚符】と術を掛けた小動物の死骸を魔物召喚の扉として使用した。
魔獣の群を何とかしない限り、プラスチック爆弾で破壊された設備の復旧に着手するどころか、負傷者の救助も不可能だ。
「好都合なので、好きにさせた。ケーブルも予定通り行う」
ラズートチク少尉が、魔装兵ルベルに小さなメダルを握らせる。ラクリマリス王家が敷いた湖上封鎖範囲内の航行許可証だ。
ひやりとした感触に思わず背筋が伸びた。




