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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六章 印歴二一九一年二月六日

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0125.パンを仕込む

 久し振りに(くつろ)げた。


 ……あんな顔で笑うのね。かわいい。


 薬師(くすし)アウェッラーナは、エランティスとアマナの笑顔に気付き、少し安心した。二人が表情を失い、恐怖と緊張で顔を強張らせる姿しか知らなかった。


 二人とも、まだ十歳くらいなのに何もかもを失った。

 兄姉(きょうだい)やよく知る人が一緒とは言え、心に大きな傷を負った筈だ。


 星の道義勇軍の三人も、屈託のない笑顔でゆったり(くつろ)ぐ。

 この姿は、街を焼き、大勢の人を殺めたテロリストには見えない。


 アウェッラーナ自身、目の前で父を殺された。直接手を下したテロリストは、病室に居合わせた避難民の反撃で死亡した。


 この三人は、あの男たちの同類だ。

 憎い(はず)なのに、何故か一緒にいることに嫌悪感が湧かない。同じ食卓を囲み、(くつろ)いでさえいる。

 彼ら自身は、この状態をどう思うのか。


 ……そんなコト聞いたって仕方ないし。


 余計なことを言って、この平和なひとときを壊したくなかった。



 受付カウンターでは、パン屋の青年レノが、ビニール袋に小麦粉、塩、水、スティックシュガー、ドライイーストを入れて()ねている。

 星の道義勇軍の少年兵モーフは、その様子を興味津々で眺めた。


 「何してんだ?」

 「今の内に仕込んどけば、明日の朝、パンが食べられるんだ」

 「パン……堅パンか?」

 「いや、やわらかいパンだよ。今の時期は三、四日は日持ちするな」

 「パンがやわらかいのか?」

 「そうだよ。普段食べるのはこっちで、俺はパンを作る仕事をしてたんだ」

 「……ふーん」

 モーフはそれ以上言わず、パン屋のレノが生地を捏ねる手元を見詰めた。


 日が傾き、瓦礫の隙間や車の残骸から雑妖が(にじ)み出して来る。

 影伝いにそろりそろりと這い、通りにじわじわ広がって行く。通りの影に沿って這い、別の建物や車に入る。


 放送局の玄関は、扉が外れて開け放しだ。

 雑妖はここにも来た。泥のように形を成さないモノたちが敷居に達する。見えない壁に当たり、弾かれた。ざわざわと波立ち、離れて行く。


 ここは建物に掛けられた【巣懸(すか)ける懸巣(カケス)】学派の【結界】に守られる。

 アウェッラーナたちは、雑妖の動きを無言で見守り、遠ざかるまで見届けた。



 日が沈み、辺りがすっかり暗くなる。

 雑妖が、我が物顔で活き活きと(うごめ)き始めた。

 アウェッラーナとクルィーロが(とも)した【(あかり)】で、ここだけが明るい。


 窓が無事な部屋と階段室前の戸も閉め、術で【鍵】を掛けた。こうしておけば、見張る場所は正面口だけで済む。

 トイレの窓には鉄格子が(はま)る。これを突破できる人間に侵入されたら、相当な覚悟が必要になるだろう。


 【灯】はボールペン三本に掛け、事務机の下に置いた。

 夜間に出歩くのは雑妖と魔物、それらをものともしない人間だ。


 「この状況で、照明に惹かれて来るのはロクな物ではない。【灯】はなるべく外から見えないように使うんだ」

 寝る前に、ソルニャーク隊長が注意を与える。


 トイレ用に男女一本ずつと、玄関ホール用の予備で合計三本だ。

 下水も使えないだろう。

 トイレでは使用済みの紙を流さず、個室内に置いたゴミ袋に捨てる。小はそのまま、大のみ、水洗タンクに水を足して流すことになった。


 「あ、あの……今夜の見張り、私にもさせて下さい」

 薬師(くすし)アウェッラーナが言うと、メドヴェージが驚いた顔で気遣(きづか)う。

 「魔法使いの姐ちゃん、寝てなくて大丈夫なのか?」

 「大丈夫です。さっき休ませていただきましたから。それに……」

 「それに?」

 「レノさんたちが見た黒いのが何なのか、確めたくて」

 思い切って言うと、場が静まり返った。


 やや間があって、ソルニャーク隊長が口を開いた。

 「あれが運河を渡った、と?」

 「いえっ、そう言う訳じゃないんですけど、もし、また……同じ種類の魔物が出たら、正体を確めておきたいと思っただけです」

 「同種の魔物……何か、心当たりが?」

 「いえ、特に詳しい訳じゃないんですけど、直接見れば、何かわかるかも……と思って……」


 ただの好奇心ではなかった。

 どう言う性質のモノかわかれば、対応の仕方が分かるかもしれない。


 魔物には、「(とび)(しま)」のように草食で、人間や動物は襲わないモノも存在する。【飛翔する蜂角鷹(ハチクマ)】学派には、魔物の性質や能力を調べられる術があると聞いたことはあるが、アウェッラーナは、その学派の呪文を知らなかった。


 ……図書館……【耐火】で残ってないかな?


 「いいんじゃありませんか? 本人が大丈夫だって言ってるんだし」

 クルィーロの一言で、薬師(くすし)アウェッラーナは中学生のピナティフィダに代わって見張りに立つことになった。


 クルィーロとアマナ、レノとエランティス、ピナティフィダとアウェッラーナが長椅子で眠り、ソルニャーク隊長と少年兵モーフは、床に敷いた布団で休む。

 最初の見張りには、メドヴェージとロークが立った。

☆目の前で父を殺された……「0011.街の被害状況」参照

☆直接手を下したテロリストは、病室に居合わせた避難民の反撃で死亡……「0012.真名での遺言」参照

☆憎い(はず)なのに、何故か一緒にいることに嫌悪感が湧かない……「0079.仲間たり得る」「0086.名前も知らぬ」参照

☆俺はパンを作る仕事……「0021.パン屋の息子」参照

(とび)(しま)……「野茨の環シリーズ 設定資料」の「用語解説02.魔物」、「飛翔する燕(N7641CZ)」の「01.カボチャ畑」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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