1217.工兵との会議
「あのー、ところで、魔哮砲って泳げますか?」
気象予報士の工兵ナヤーブリが恐る恐る聞く。
魔哮砲の操手ルベルは首を傾げた。
「えっ? さぁ? 泳がせたコトないから……」
「防空艦レッススの轟沈後、ツマーンの森に単独で居るのが発見された。泳いだのか、湖底を這って這い上がったのか不明だが、水中でもある程度は活動できるようだな」
ラズートチク少尉が説明すると、工兵四人の目が、ルベルのウェストポーチに集まった。
工兵ナヤーブリが続ける。
「水面から湖底のケーブルに向かって魔力を照射しても、直進しないのではないかと思うのですが……」
「何で?」
工兵マールトが聞くともなしに呟きを漏らす。
「少尉殿と操手殿から、魔哮砲の戦いぶりを聞いただろ」
「あぁ」
「魔哮砲が放射する魔力は、光に近い性質みたいだから」
「確かに、防空艦の記録映像は光っぽかったな」
「水面から湖底に向かっての照射では屈折が予想され、【索敵】で目標物を捕捉しながらでも、命中させるのは難しいのではないかと思われます」
工兵ナヤーブリが口調を改めて魔装兵ルベルに向き直る。
「あ、そっか」
ルベルは理科の教科書で見た写真を思い出した。
ガラスのコップに水を満たして匙を挿すと、匙が折れ曲がって見える。
工兵マールトが同僚の指摘に疑問を挟む。
「照射範囲を広げるんじゃダメなのか? 敵機の迎撃はそうしてたけど」
「散開して空中を移動する爆撃機が相手なら、そうした方がいいだろうけど、今回は湖の底でじっとしてる細いケーブルが相手だぞ? 魔力を無駄遣いしたら給餌が大変じゃないか」
「それに、湖の地形が変わるような力を加えるのは如何なものかと……」
工兵マーイは陸の民だが、湖の女神への信仰が篤いらしい。信仰だけでなく、藻場の破壊によって、漁業関係者の生活に悪影響を及ぼしかねない。
湖底の地形が変わる程のことをしては、国際的な批難を免れられないだろう。
「魔哮砲を湖底に下ろす場合、その安全確保が課題になります」
工兵班長ウートラが場を仕切り直す。
「確か、ツマーンの森で濃紺の大蛇に捕食され、魔力を奪われたのでしたね」
魔装兵ルベルは頷くしかなかった。
濃紺の大蛇は魔力だけを食べ、魔哮砲の本体は吐き捨てた。魔獣にガム扱いされたのだと気付き、ルベルの心がささくれる。
その濃紺の大蛇は見たこともないくらい巨大で、アーテル軍の手榴弾ではびくともせず、ルベルたち魔哮砲捜索隊の手に負えなかった。衛生兵セカーチの負傷でその場を離脱し、その後、あれと遭遇したラクリマリス王国軍が駆除したのだ。
「王家の使い魔と接触すれば、ラクリマリス政府に作戦が漏れる」
ラズートチク少尉が最大の脅威を語ると、廃ビルの一室の空気が凍りついた。
王家の使い魔は湖の魔物だ。
この世の肉体を持たず、湖水とほぼ一体化した存在で、肉眼では単なる水と見分けがつかない。
湖の女神パニセア・ユニ・フローラのご加護によって受肉を妨げられる為、この世の生き物を幾ら捕食しても魔獣化できず、身体が際限なく大きくなるだけだ。
複数の王族が飼い馴らし、主が亡くなれば、同等の魔力を持つ王族が継承する。
半世紀の内乱を経て、大型化が進んだとの噂を耳にしたことがある。
「これまで、通常の魔物や魔獣への対策はどうなさっていたのですか?」
「私かルベルが付き添って守った」
ラズートチク少尉の答えに工兵たちが唸る。
操手のルベルが潜水しては、「力ある言葉で発声した命令」を与えられない。
ラズートチク少尉と工兵班長ウートラが潜った場合も、呪文を唱えられない為、剣など水中でも扱える近接武器で戦うしかないが、相手が王家の使い魔だった場合、大問題になってしまう。
野良の魔物が相手でも、水中での戦闘は人間には分が悪い。
他の工兵は戦えない。
潜水具の調達も、湖上封鎖による物資不足の折、すぐには難しい気がした。
工兵マールトが小さく手を挙げて発言する。
「魔哮砲は【花の耳】を装着してるんですよね?」
「えぇ。“これを離さず持て”って命令したら、めり込んだみたいになってます」
漆黒の身にくっつく花弁型の通信機は、ポツンと点る灯のように見えた。【使い魔の契約】によって視聴覚情報を共有する今も、魔哮砲のどこが目で耳なのかわからなかった。
「では、俺が【魔除け】の護符を作りますから、魔哮砲に持たせていただけませんか」
ラズートチク少尉が、工兵マールトの【編む葦切】学派らしい提案を承認し、必要な素材を確認する。
魔力の供給源を魔哮砲自身にすれば、相当な威力になる筈だ。
……戦わなくて済むなら、それに越したコトないよな。
「では、アンテナ基地など、地上の構造物破壊は自分が担当すると言うことでよろしいのでありましょうか」
発言した工兵マーイは、土木工事の専門家である【穿つ啄木鳥】学派だ。
「使用経験は、発破による岩盤破壊だけですが、科学文明国で開発・使用される爆薬類については、日々勉学に励んでおります。僭越ながら、アーテル軍の装備から、必要な爆弾を調達する目利きも可能であります」
「承認する。その為にアル・ジャディ将軍直々に指名されたのだ。まずは、魔装兵ルベルの【索敵】と【刮目】でアーテル軍ランテルナ中部基地及び、北部基地を調査せよ」
「は!」
工兵マーイが敬礼し、他の工兵たちもそれに倣う。
「対象の決定後、私かウートラ班長と共に【跳躍】で侵入、アーテル兵を殺傷せず、現場を離脱するように」
「了解」
活躍の場を与えられ、工兵マーイは瞳を輝かせた。
☆防空艦レッススの轟沈/ツマーンの森に単独で居る……「274.失われた兵器」「279.悲しい誓いに」「284.現況確認の日」「393.新たな任務へ」「404.森を切裂く道」参照
☆敵機の迎撃/散開して空中を移動する爆撃機が相手……「0136.守備隊の兵士」「157.新兵器の外観」「274.失われた兵器」「396.橋と森の様子」参照
☆濃紺の大蛇は魔力だけを食べ、魔哮砲の本体は吐き捨てた……「439.森林に舞う闇」参照
☆アーテル軍の手榴弾ではびくともせず、ルベルたち魔哮砲捜索隊の手に負えなかった……「487.森の作戦会議」「488.敵軍との交戦」「498.災厄の種蒔き」参照
☆あれと遭遇したラクリマリス王国軍が駆除……「506.アサエート村」「509.監視兵の報告」「519.呪符屋の来客」参照
☆他の工兵は戦えない……「1197.湖底ケーブル」参照




