1216.ケーブル地図
湖東地方の岸に沿って、ラキュス湖に幾重にも線が走る。
地図の表示が四色なのは、保有企業が四社ある為だ。敷設には巨額の資金を要し、通信会社、メーカー、クラウド事業社、コンテンツプロバイダーの最大手と、その業界上位数社による共同出資によるものだと言う。
業種名を言われても、魔装兵ルベルには何の会社なのか、ピンとこなかった。
ラズートチク少尉は部下五人の反応に構わず、地図を少しずらした。
湖底ケーブルは湖南地方にも続き、特にアミトスチグマ王国とフナリス群島からネーニア島南部が手厚い。
湖南の島々はネモラリス領だけが置き去りにされ、科学文明国のアーテルとラニスタだけでなく、湖岸のマコデス共和国、ガレアンドラ王国、ステニア共和国も密に結ぶ。
湖西地方に最も近いスクートゥム王国には一本もないが、ここは完全な魔法文明国で、電気、ガス、水道も一切なかった。
「友好国に被害を与えず、アーテルのみ遮断して、保守が難しい所……か」
工兵班長ウートラの呟きで、ルベルはこれまでに得た情報を再確認した。
少尉がどこからか入手した保守業者用の地図と、廃ビルから【索敵】で見た景色を頭の中で重ねる。
湖上を行く船は僅かで、その大部分はネーニア島南部の漁村に所属する漁船。ラクリマリス王国が敷く湖上封鎖の影響だ。
「湖上封鎖の範囲内だと、保守船が航行できないんですよね?」
魔装兵ルベルが確認すると、ラズートチク少尉は肯定した上で、問題点を付け加えた。
「保守船がラクリマリス政府に申請を出せば、許可証が交付されるだろう」
「許可証……」
「呪印を刻んだ銀のメダルだ。これを積む船は、王家の使い魔の攻撃対象から外される」
王家の使い魔は、実態を持たない魔物で、ほぼ湖水と一体化した存在だ。
湖の女神パニセア・ユニ・フローラのご加護によって、この世の生き物をどれだけ捕食しても魔獣化できないが、身体は成長し続ける。
ラキュス湖には、王家が飼い馴らす巨大な魔物が何頭も潜み、フナリス群島の聖地を護る。半世紀の内乱中は、敵対勢力の船舶や航空機を多数、葬った。
「アーテルに繋がる部分だけの断線に対して、王家が許可を出すでしょうか?」
工兵マーイが地図を見詰めて首を捻った。
南ヴィエートフィ大橋の西で切れば、首都ルフスの揚陸地点以西が遮断される。
「そこだけ切っても、隣のラニスタ経由で地上のを使ったら繋がらないか?」
工兵マールトが同僚をつつくと、工兵ナヤーブリが人差し指で頬を掻いた。
「それに、人工衛星……衛星通信もあるよな」
湖底ケーブルとアンテナ基地局。
破壊対象は幾つもある。
どれから順に手をつければ、工期が長引き、遮断日数を延ばせるのか。
工兵たちが議論を始め、ルベルは専門的な内容にすぐついて行けなくなった。
ラズートチク少尉は、部下四人を黙って見守る。彼らが遠慮がちに求めれば、すぐに必要な情報を提示し、判断材料を与えた。
魔装兵ルベルは端末をつつき、先程聞いたばかりの会社名を検索した。
そのメーカーは、日之本帝国に本社を置く大企業で、ルベルも新聞で名称を見たことならある。確かパソコンなど機械類のメーカーだった筈だ。
業務範囲は意外に広く、改めて調べて初めて、海底ケーブルや湖底ケーブルを製造して世界中に敷設し、保守管理も行うのだと知った。
保守の実働は、受け持ち地区毎に設立した子会社と下請企業だ。
現地法人の代表取締役は日之本帝国人だが、幹部社員は日之本帝国人と現地採用が半分ずつ、現場の技師は大部分が現地採用で、出向者はほんの一握りだ。
求人ページを覗くと、魔道機船の船員、【操水】で船体を安定させる係、【魔除け】や【結界】を展開して作業船を守る係など、魔法使いの募集が多い。
本社の製造部門も、魔物や魔獣が多い水域の対策として、ケーブル本体に防禦の術を施す【編む葦切】学派の採用枠があった。
日之本帝国の外務省公式サイトを見る。
独自の多神教信者が多いが、キルクルス教徒も一割程度居た。
無神論者やその他の信仰を持つ者も居て「国民全体の気質として、他者の信仰に寛容」と書いてある。
国民は、ほぼ力なき陸の民で、霊視力を持つ者が産まれるのは極めて稀だ。
近年は国際結婚が増えた為、力ある民用の教育機関を新設する予定らしい。
……元々魔法使いは居なかったけど、仕事とかで付き合うのは平気なのか。
多神教の信者で他人の信仰に寛容なら、フラクシヌス教徒の多いラキュス湖周辺地域に出向しても、すんなり馴染めそうだ。
……でも、バンクシア共和国やバルバツム連邦とも付き合いがあって、キルクルス教にも抵抗ないんだよな。
さらに調べると、国民性は過剰なまでに勤勉で、文字通り死ぬまで働く/働かせる「過労死」が社会問題だとの情報が大量に出て来た。
……ウソだろ?
ルベルは俄かには信じられなかったが、作業員を死傷させず、会社への働き掛けだけで保守船の出港を思い留まらせる方法を思いつけず、そっとページを閉じた。




