1215.目的の再確認
「外国人は、大半が我が国にインターネットの設備がないことを知らん」
「そうなんですか?」
四人の工兵だけでなく、魔装兵ルベルも、ラズートチク少尉の説明に驚いた。
ネモラリス陸軍情報部の少尉は、タブレット端末にアルトン・ガザ大陸の地図を表示させ、この作戦の為に編成されたインターネット回線遮断部隊に予備知識を与える。
「科学文明圏では、両輪の国を含めて大抵の国にインターネットの回線網が敷かれ、一般国民の大多数がそれを利用できる機器を持つ。彼らにとっては、電気や水道と同じ程度に普及した物なのだ」
「でも、大都市だけですよね?」
気象予報士【飛翔する燕】学派の工兵ナヤーブリが恐る恐る確認する。
ラズートチク少尉が首を横に振ると、四人の工兵は同時に息を呑んだ。
「大都市から小さな村、離島から山奥に到るまで、領内全域に行き渡らせる国が多い」
「どうやってですか?」
「他所にも魔物や魔獣は居ますよね?」
「都市部以外での普及は、電力は太陽光や風力などで自家発電、回線は衛星通信で、受信は可搬式アンテナだ。通信速度は格段に落ちるが、設置費用が安く、魔物などの妨害にも遭い難い」
ネモラリス共和国内では、魔物や魔獣の生息地が多く、電話回線の普及もままならない地域が多い。
……俺の地元、何もないのに。外国じゃ、こんなコトになってたのか。
ルベルが生まれ育ったアサエート村は、ネモラリス島を南北に分断するウーガリ山脈の東端付近の山中に位置する。
インターネットは勿論、電話回線はおろか、電気、ガス、水道もない。新聞配達も山奥のこの村には来なかった。
それでも生活できるのは、村人全員が力ある民だからだ。
「アミトスチグマの難民キャンプと同じなんですね」
ルベルの確認に少尉が頷くと、工兵たちは複雑な表情で質問を飲み込んだ。
「通信の大部分がインターネットで、報道機関もそれを大いに活用する。我が国が昔ながらの手法で情報を出しても、多くの国では大量に行き交う情報の波に押されて埋もれてしまう」
「臨時政府が記者会見をしても、誰も見ない……と?」
工兵班長ウートラが顔を顰める。
「そうだ。世界の大衆が、アーテルの偽ニュースやプロパガンダしか目に留められず、それを真実だと思い込むのも無理はない」
「だからって何故そんな……」
道具製作の【編む葦切】学派の工兵マールトが言葉を失う。
「発信する情報の量が多ければ、それだけ人目に触れる機会が増える。それ以外に得られる情報がなければ検証しようがなく、単純に接触回数が増えるだけでも、信じる方向に傾きやすくなるのが人情と言うものだ」
ラズートチク少尉は淡々と答える。
魔装兵ルベルは、アル・ジャディ将軍が淋しげに語った言葉が脳裡に甦った。
――我が国は既に情報戦で敗北している。
アーテルは、魔哮砲が兵器化された魔法生物だ、と世界に向けて喧伝した。国連の査察も、蒼い薔薇の森の職員が行った為、査察結果が間違っている、との噂を流布している。リストヴァー自治区の劣悪な状況や、原因不明の大火も、フラクシヌス教徒の焼き打ちだったとして、話が独り歩きしている。
アルトン・ガザ大陸の大衆に向けて、一般人のフリをして共通語で情報を発信しているのだ。情報源が不確かな噂でも、人は信じたいものを信じる――
落ち込んだ隊員を見回し、ラズートチク少尉が口調を改める。
「我々に与えられた任務の目的は、通信設備の単純破壊ではない」
「アーテルの情報工作を止めることですね」
工兵班長ウートラが確認すると、工兵たちの表情が引き締まった。
「そうだ。その為には、復旧に長い時間を要する場所を狙う必要がある」
少尉が満足げに頷き、タブレット端末に黒っぽい物の写真を表示させた。
下部が太く層状で、層が一段上がる毎に細くなり、上半分は白と赤銅色、最上部は髪の毛程の細さの糸状だ。
「これが、海底や湖底に敷設されるケーブルの見本だ。わかりやすいよう被覆を剥いてある」
「これが……」
工兵たちが画面に額を寄せ合う。魔装兵ルベルは、ページ名を横目で見て自分の端末にも表示させ、隣の工兵にも見せた。
「水深の浅い部分では、魚や魔獣、漁具による破損を防ぐ為、【編む葦切】学派の術に加え、外周を鉄や銅、科学合成した防水・耐水の頑丈な繊維で多重に防護を施してある」
黒い物が合成繊維と鉄で、赤銅色の部分は本当に銅、中心の髪の毛のような部分こそが情報を通す光ファイバーだ。
……こんな細い物に大量の情報が?
先日、ルベルが【索敵】で位置を調べ、【刮目】で他の隊員にも外見は伝わったが、中身と素材がわかったことで理解が進み、取るべき行動が明確になる。
「ケーブルは一定区間毎に中継器を設け、情報の信号を増幅して長距離を迅速に伝達する。断線箇所は、その付近の中継器の位置から特定し、保守管理専用の船を派遣する」
「では、ケーブルの切断だけでなく、複数の中継器を破壊すれば……」
「そうだな。交換部品の調達と作業に時間を食う」
少尉が工兵班長ウートラの呟きを肯定すると、【飛翔する燕】学派の工兵ナヤーブリが首を傾げた。
「しかし、アーテルは独立後、完全な科学文明国になって、魔道機船を持っていませんよね?」
「左様。保守船は、世界展開する巨大企業……通信事業者やケーブルの製造会社などが、湖南地方の両輪の国複数に現地法人を置いて、保有しておる」
画面が湖南地方の地図に変わり、湖底ケーブル工場と保守船のある国を示す。
保守船が待機するのは、沿岸のアミトスチグマ王国、ガレアンドラ王国、マコデス共和国で、それぞれ所属企業と保守対象のケーブルが異なる。
ステニア共和国と内陸のポリキクニス王国には、ケーブルの保守に必要な機器やケーブルを繋ぐ中継器の工場があった。
「そして、これが湖底ケーブルの配置図だ」
ラズートチク少尉が示す手帳大の画面に五人の額が集まった。




