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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十二章 切断

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1215.目的の再確認

 「外国人は、大半が我が国にインターネットの設備がないことを知らん」

 「そうなんですか?」

 四人の工兵だけでなく、魔装兵ルベルも、ラズートチク少尉の説明に驚いた。

 ネモラリス陸軍情報部の少尉は、タブレット端末にアルトン・ガザ大陸の地図を表示させ、この作戦の為に編成されたインターネット回線遮断部隊に予備知識を与える。


 「科学文明圏では、両輪の国を含めて大抵の国にインターネットの回線網が敷かれ、一般国民の大多数がそれを利用できる機器を持つ。彼らにとっては、電気や水道と同じ程度に普及した物なのだ」

 「でも、大都市だけですよね?」

 気象予報士【飛翔する燕】学派の工兵ナヤーブリが恐る恐る確認する。

 ラズートチク少尉が首を横に振ると、四人の工兵は同時に息を呑んだ。


 「大都市から小さな村、離島から山奥に到るまで、領内全域に行き渡らせる国が多い」

 「どうやってですか?」

 「他所にも魔物や魔獣は居ますよね?」

 「都市部以外での普及は、電力は太陽光や風力などで自家発電、回線は衛星通信で、受信は可搬式アンテナだ。通信速度は格段に落ちるが、設置費用が安く、魔物などの妨害にも遭い(にく)い」


 ネモラリス共和国内では、魔物や魔獣の生息地が多く、電話回線の普及もままならない地域が多い。


 ……俺の地元、何もないのに。外国じゃ、こんなコトになってたのか。


 ルベルが生まれ育ったアサエート村は、ネモラリス島を南北に分断するウーガリ山脈の東端付近の山中に位置する。

 インターネットは勿論(もちろん)、電話回線はおろか、電気、ガス、水道もない。新聞配達も山奥のこの村には来なかった。

 それでも生活できるのは、村人全員が力ある民だからだ。


 「アミトスチグマの難民キャンプと同じなんですね」

 ルベルの確認に少尉が頷くと、工兵たちは複雑な表情で質問を飲み込んだ。


 「通信の大部分がインターネットで、報道機関もそれを大いに活用する。我が国が昔ながらの手法で情報を出しても、多くの国では大量に行き交う情報の波に押されて埋もれてしまう」

 「臨時政府が記者会見をしても、誰も見ない……と?」

 工兵班長ウートラが顔を顰める。

 「そうだ。世界の大衆が、アーテルの偽ニュースやプロパガンダしか目に留められず、それを真実だと思い込むのも無理はない」

 「だからって何故そんな……」

 道具製作の【編む葦切(ヨシキリ)】学派の工兵マールトが言葉を失う。


 「発信する情報の量が多ければ、それだけ人目に触れる機会が増える。それ以外に得られる情報がなければ検証しようがなく、単純に接触回数が増えるだけでも、信じる方向に傾きやすくなるのが人情と言うものだ」

 ラズートチク少尉は淡々と答える。

 魔装兵ルベルは、アル・ジャディ将軍が淋しげに語った言葉が脳裡に甦った。



 ――我が国は既に情報戦で敗北している。

 アーテルは、魔哮砲が兵器化された魔法生物だ、と世界に向けて喧伝(けんでん)した。国連の査察も、蒼い薔薇の森の職員が行った為、査察結果が間違っている、との噂を流布している。リストヴァー自治区の劣悪な状況や、原因不明の大火も、フラクシヌス教徒の焼き打ちだったとして、話が独り歩きしている。

 アルトン・ガザ大陸の大衆に向けて、一般人のフリをして共通語で情報を発信しているのだ。情報源が不確かな噂でも、人は信じたいものを信じる――



 落ち込んだ隊員を見回し、ラズートチク少尉が口調を改める。

 「我々に与えられた任務の目的は、通信設備の単純破壊ではない」

 「アーテルの情報工作を止めることですね」

 工兵班長ウートラが確認すると、工兵たちの表情が引き締まった。


 「そうだ。その為には、復旧に長い時間を要する場所を狙う必要がある」

 少尉が満足げに頷き、タブレット端末に黒っぽい物の写真を表示させた。

 下部が太く層状で、層が一段上がる毎に細くなり、上半分は白と赤銅色、最上部は髪の毛程の細さの糸状だ。

 「これが、海底や湖底に敷設されるケーブルの見本だ。わかりやすいよう被覆を剥いてある」

 「これが……」

 工兵たちが画面に額を寄せ合う。魔装兵ルベルは、ページ名を横目で見て自分の端末にも表示させ、隣の工兵にも見せた。


 「水深の浅い部分では、魚や魔獣、漁具による破損を防ぐ為、【編む葦切(ヨシキリ)】学派の術に加え、外周を鉄や銅、科学合成した防水・耐水の頑丈な繊維で多重に防護を施してある」

 黒い物が合成繊維と鉄で、赤銅色の部分は本当に銅、中心の髪の毛のような部分こそが情報を通す光ファイバーだ。


 ……こんな細い物に大量の情報が?


 先日、ルベルが【索敵】で位置を調べ、【刮目】で他の隊員にも外見は伝わったが、中身と素材がわかったことで理解が進み、取るべき行動が明確になる。


 「ケーブルは一定区間毎に中継器を設け、情報の信号を増幅して長距離を迅速に伝達する。断線箇所は、その付近の中継器の位置から特定し、保守管理専用の船を派遣する」

 「では、ケーブルの切断だけでなく、複数の中継器を破壊すれば……」

 「そうだな。交換部品の調達と作業に時間を食う」

 少尉が工兵班長ウートラの呟きを肯定すると、【飛翔する燕】学派の工兵ナヤーブリが首を傾げた。

 「しかし、アーテルは独立後、完全な科学文明国になって、魔道機船を持っていませんよね?」

 「左様。保守船は、世界展開する巨大企業……通信事業者やケーブルの製造会社などが、湖南地方の両輪の国複数に現地法人を置いて、保有しておる」


 画面が湖南地方の地図に変わり、湖底ケーブル工場と保守船のある国を示す。

 保守船が待機するのは、沿岸のアミトスチグマ王国、ガレアンドラ王国、マコデス共和国で、それぞれ所属企業と保守対象のケーブルが異なる。

 ステニア共和国と内陸のポリキクニス王国には、ケーブルの保守に必要な機器やケーブルを繋ぐ中継器の工場があった。


 「そして、これが湖底ケーブルの配置図だ」

 ラズートチク少尉が示す手帳大の画面に五人の額が集まった。

☆電話回線の普及もままならない地域……「410.ネットの普及」「883.機材の取扱い」参照

☆俺の地元、何もない……「506.アサエート村」「507.情報の過疎地」参照

☆我が国が昔ながらの手法で情報を出して……「750.魔装兵の休日」「754.情報の裏取り」参照

☆アル・ジャディ将軍が淋しげに語った言葉……「411.情報戦の敗北」参照

☆先日、ルベルが【索敵】で位置を調べた際……「1197.湖底ケーブル」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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