1214.偽のニュース
首都ルフス西部に位置する廃ビルの一室に作業員風の六人が集まった。
ラズートチク少尉が、魔装兵ルベルと四人の工兵を前にアーテル共和国の通信網について説明する。
「アーテルに限らず、世界の通信網は、海底ケーブルを文字通り網の目のように張り巡らせて構築する。最も深い場所では八千メートルもの深海にまで及ぶ」
「そんな所にまで……」
工兵たちが絶句する。
「神聖なるラキュス湖の底も、例外ではなくなった。また……」
「少尉殿、質問、よろしいでしょうか」
工兵の一人【飛翔する燕】学派の気象予報士ナヤーブリが、控えめに手を挙げた。
話の腰を折られたが、ラズートチク少尉は気を悪くした風もなく応じる。
「なんだ? 私でわかることならば答えよう」
「恐れ入ります。私は、十何年か前に雑誌で、電話の衛星通信がどうとか言う記事を見た覚えがあるのですが、あれはもう使われていないのでしょうか」
「うむ。いい質問だ。それを今から説明しようとしていたところだ」
「申し訳ございません」
工兵ナヤーブリが顔を引き攣らせて青くなるが、少尉は笑って言った。
「衛星通信は、地上から数万キロ上空に打ち上げて運用するが、データに同じ距離を往復させるとなると、通信速度が格段に落ちる。そこで近年は、海底などに這わせた光ケーブルの中を通す方式が主流になった。通信衛星もまだ稼働中で、両者を併用しておる」
ルベルが初めて耳にする話ばかりだ。
工兵たちは頷きながら聞く。心なしか嬉しそうだ。
気を取り直した工兵ナヤーブリが質問を続ける。
「では、湖底ケーブルの切断だけでなく、衛星通信の受信アンテナも攻撃目標にするんですね」
「うむ。人工衛星からの電波を受信する大元の衛星用アンテナ及び、中継基地局と交換局を叩く」
ラズートチク少尉が我が意を得たりと頷く。
アル・ジャディ将軍が何故、わざわざ【編む葦切】や【飛翔する燕】学派など戦闘能力の乏しい工兵を選出したのか、ようやく理由がわかった。
将軍は、末端の工兵がどんな知識や技術を持つか把握した上で、直々に下命したのだ。魔装兵ルベルは今更ながら感心した。
「アーテル共和国は、インターネットを通じて遙か鵬大洋の彼方に位置するアルトン・ガザ大陸の国々と繋がり、戦争の遂行に必要な資金や物資、武器、情報などを得ておる」
「回線を遮断すれば、それらを一時的にでも止められるのですね」
工兵班長ウートラが確認すると、ラズートチク少尉は頷きながらタブレット端末をつついた。
「そうだ。アーテルは偽情報を混ぜたニュースを流し、我が国を全人類の敵であると喧伝して、世界中の共通語圏、即ち、キルクルス教社会からの支援を取りつけた。あまつさえ、我が国に対する無差別爆撃で非戦闘員を大量虐殺した件を正当化しておるのだ」
工兵たちに向けられたのは、星光新聞の公式サイトだった。
本社は大聖堂のあるバンクシア共和国で、主にキルクルス教徒向けの新聞だ。
勿論、聖典と同じ共通語で書いてある。
少尉は画面をつついて「世界の紛争・戦争」カテゴリを表示させた。
アーテルが突然ネモラリスに仕掛けた戦争は、「魔哮砲戦争」として特集が組まれる。大量の見出しはアーテル側の視点のみで、同国にとって都合のいい言葉ばかりが並ぶ。
工兵は四人とも共通語が堪能らしく、「そんなバカな」と呟いて少尉を見た。
クリペウス首相、ポデレス大統領との対話を拒絶
初めて目にした記事を開くと、アーテル側が中立のディケア共和国を通じて停戦に向けての話し合いを申し込んだが、ネモラリス側はこれを黙殺したとある。
「そんな話は一度も来ておらん」
「えっ……それは、どう言うことでありますか」
土木分野の【穿つ啄木鳥】学派の工兵マーイが陸軍情報部の少尉を見る。
「その前に、ディケア共和国がどんな国か知っておるか?」
「恥ずかしながら、湖東地方にあるとしか存じません。不勉強、恐れ入ります」
質問を返され、申し訳なさそうに項垂れる。
他の工兵たちも同程度の知識しかないらしく、気マズそうだ。
「フラクシヌス教徒とキルクルス教徒の間で百年近く諍いが続いたが、バルバツム連邦軍を主力とする国連軍が武力介入し、一昨年、和平が成立した」
「どちらが勝ったのですか?」
道具作りの職人である【編む葦切】学派の工兵マールトが恐る恐る聞く。
「現在は、キルクルス教国だ」
「……それで、中立なんでありますか?」
工兵マーイが首を傾げた。
「ディケアは内戦終結後、アーテルとは国交を結び、官民問わず交流が盛んだ」
ネモラリス共和国とディケア共和国の政府は、内戦終結後も正式な外交関係を結んでおらず、ネモラリス側は治安の悪化やフラクシヌス教徒への宗教弾圧を理由に渡航制限を敷く。
両国には、国家元首直通の連絡経路などない。
ネモラリス側にインターネットの設備がない為、ディケア政府が外務省の公式サイトなどにメッセージを掲載したとしても、クリペウス首相には届かないのだ。
だが、リャビーナ市に本社を置く企業が、ディケアに現地法人を設立した。
何か問題が発生してもネモラリス政府の保護を受けられないが、機を見るに敏い民間企業は独自に進出し、経済活動が先行した。




