1213.確認に費やす
ファーキルは、星光新聞アーテル版のサイトで、レフレクシオ司祭の退院を知った。
ルフス光跡教会を双頭狼が襲った混乱の最中、何故か神学生に刺されたのだ。
記事によると、退院後も当面は礼拝には出られないらしい。双頭狼はその場で駆除され、司祭を刺した神学生も逮捕された。
警察の実況見分が終わった翌日には、犠牲者を追悼する礼拝がしめやかに執り行われた。
その様子はインターネットで生中継され、今もユアキャストのキルクルス教団ルフス支部公式チャンネルで視聴できる。ファーキルに追悼礼拝の動画が公開されたと教えてくれたのは、クラウストラだ。
〈大司教って真っ先に逃げたクセに。とんだ茶番よね〉
現場に居合わせた彼女は事件直後、礼拝堂の混乱を収めた動画のデータをラゾールニク経由で送ってきた。
動画は聖歌隊の一人が双頭狼の牙に掛けられたところから始まり、レフレクシオ司祭が刺された場面で終わる。
ラゾールニクに止められてネット未公開だが、言われるまでもなく、公開の時期が難しい動画だ。
レフレクシオ司祭を含む数人の聖職者は、銀の燭台や【退魔の鐘】を手に取り、魔獣から信徒を守ろうと力を尽くしたが、立派な衣を纏った大司教は、我先に逃げた。
「私たちの心はいつも、同じ聖なる星の道を歩む皆様と共に在ります。悲しみに寄り添いましょう。苦しみを分かち合えば、悲嘆の重荷は半分になります」
大司教が追悼礼拝で遺族や負傷者に向け、祭壇から呼び掛けた言葉は、あの動画を先に見たファーキルの眼には滑稽に映った。
居合わせた信徒が逃げながら撮った動画には、全体の状況を捉えた映像はない。ニュースで繰り返し流れ、SNSで共有が進むのは、逃げる人々の背中と悲鳴、肩越しに映る不鮮明な双頭狼の姿だ。
大司教ら聖職者の動きや、魔獣が次々に聖職者と信徒を襲う様子、レフレクシオ司祭が刺された状況まで冷静に収めたものはひとつもない。
アーテルのキルクルス教徒が撮ったのは、どれも、断片化された恐怖だけだ。
……クラウストラさんって何者なんだろう?
ロークの報告によると、双頭狼にトドメを刺したのは彼女だ。
術は多分【光の槍】だと思う、と力なき民の彼は自信なさそうだが、レフレクシオ司祭が刺された以降の動画はなく、確認しようがない。
それより気になるのは、彼女より先に魔法で魔獣に攻撃した二人の男性だ。
アーテル軍の発表通りに「非番の特殊部隊の隊員」の可能性も捨てきれないが、何となく引っ掛かる。
……考えてわかるワケないし、今はこっちだな。
選挙結果の分析に当たって、「冒険者カクタケア」の外伝を外せないとわかり、ダウンロードして休日を一日費やして読み終えた。
平易な文章で読みやすく、内容も難しくないので、中学生のファーキルでも楽に読める。
だが、その解釈については、考えさせられる部分が多々ある。少し読み進めては中断して考えに耽り……を繰り返した結果、丸一日掛かってしまった。
その後、改めてファンフォーラムの書き込みを読み返すと、やっと彼らの真意がわかった。
あの書き込みは、カクタケアのファンが、現政権に対して表明した精一杯の抵抗だったのだ。
……でも、安らぎの光党やヒュムヌス候補じゃ、今すぐアーテルの社会をどうこうって無理だよなぁ。
故意か偶然か不明だが、作中でも平和を訴える候補者が当選した。
作中の大統領候補は、現実と違って画家だ。
演説の代わりにライブペインティングを行う。描くのは毎回、一面の花畑だ。この地に平和の花を咲かせ、未来の子供たちにその花束を贈りたいと訴えた。
他には一切の主張がない。
社会福祉も景気対策も教育改革も何もかも、「全ては、平和の礎がなければ、実現できない」と言うのが、画家の主張だった。
主人公のカクタケアは、魔獣に襲われて一命を取り留めた候補者から、魔獣退治の依頼を受ける。
戦争の継続と打倒ネモラリスを掲げる他の候補者たちは、次々と魔獣に襲われ、或いは魔法使いのテロリストや、魔獣に罪を被せようと対立候補が放った暗殺者に消される。
イロモノ扱いの泡沫候補は歯牙にもかけられず、生き残って大統領予備選を通過する。
魔獣の正体は、平凡な農家の一家だ。
半世紀の内乱の和平で引き裂かれた。
和平成立後、同じ家族でも力ある民はネーニア島に移住させられたが、力なき民は職業柄、土地を離れられず、キルクルス教に改宗して現在のアーテル領に住み続けることになった。
南北のヴィエートフィ大橋が再建され、再会できるのではないかと淡い期待を寄せたが、アーテルが断交したせいで叶わぬ夢に終わった。
力ある民が思い切って【跳躍】で密入国したところ、アーテルに残った家族共々魔獣に食い殺された。
一家の怨念が魔獣を取り込み、こんな国にした政治家やキルクルス教の聖職者に復讐して回ると言うのが大筋で、何とも後味の悪い展開が続く。
今回はいつにも増して現実のアーテル社会への皮肉がキツく、確かに商業出版は難しそうな内容だ。
ファンの間でも、評判が分かれた。
☆ルフス光跡教会を双頭狼が襲った……「1072.中途半端な事」~「1077.涸れ果てた涙」参照
☆神学生に刺された……「1075.犠牲者と戦う」「1076.復讐の果てに」参照
☆「冒険者カクタケア」の外伝……「1134.ファンの会合」参照
☆ファンフォーラムの書き込み……「1198.拡散効果検証」参照
☆安らぎの光党やヒュムヌス候補……「868.廃屋で留守番」「1139.安らぎの光党」「1157.国会に届く歌」参照
☆南北のヴィエートフィ大橋が再建……「299.道を塞ぐ魔獣」「352.王国領の被害」参照
☆アーテルが断交……「0103.連合軍の侵略」「161.議員と外交官」「395.魔獣側の事情」「495.ただ守りたい」参照




