表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十二章 切断

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1243/3508

1211.懸念を伝える

 天気予報のBGM「この大空をみつめて」を歌うと、楽譜を得た人々も、声を合わせて歌った。

 みんなが知る曲の歌詞と楽譜への反応は(すこぶ)るいい。


 「ネモラリス島北東部のニュースをお伝えします。この度、この付近の森に住み着いた四眼狼(しがんろう)の群が退治されました」

 国営放送アナウンサーのジョールチが、いつもの声で三村合同自警団の活躍を簡潔に伝えると、客席が一気に盛り上がった。

 レノは横目でチラリと窺ったが、戦いに参加した少年兵モーフ、運転手のメドヴェージ、老漁師アビエースは表情を崩すことなく、村人たちの反応を見守る。


 ……やっぱ、次のニュースが気になるんだろうな。


 「この度の戦いで負傷された方々の一日も早いご快復をお祈り申し上げます」

 本人の意向で、モーフたちが参戦したことは伝えない。

 続けて、ジョールチの声が今回の作戦を解説すると、あちこちから感嘆の声が聞こえた。隣村の狩人ら、自警団に尊敬の眼差しが向けられる。


 ……次だ。


 呪医セプテントリオーは生放送に加わらず、助手席の扉にもたれて住民の様子を見守る。


 昨日、呪医と薬師(くすし)は予定より大幅に遅れ、夕飯後に移動放送局プラエテルミッサのトラックに戻った。

 二人はクリュークウァ市の元領主カピヨーの居城で、現在はネミュス解放軍の支部長となった彼から、ネモラリス島北東部で実施した麻疹(はしか)ワクチンの接種状況と、ミャータ市近郊の状況について聞き出した。

 カピヨー支部長は、派遣した科学の医師を一人呼んで現地の様子を詳細に証言させた上、首都クレーヴェルに居るウヌク・エルハイア将軍宛の報告書の写しまでくれた。


 薬師(くすし)アウェッラーナが医師に質問して、放送原稿の草稿を作った。草稿を科学の医師とカピヨー支部長に確認させてから戻った為、帰りが遅くなったのだ。


 アウェッラーナは半世紀の内乱後、大学で公衆衛生について学んだと言う。

 予備知識のない一般大衆にもわかりやすいよう、ジョールチが専門的な草稿を簡単な言葉に書き換えた。

 呪医、薬師(くすし)、アナウンサーは、荷台奥の係員室に籠り、夜明けまで掛かって原稿を仕上げた。


 徹夜明けの三人はかなり気が張っているらしく、全く眠そうな気配がない。


 「医療ニュースをお伝えします」

 レノは(てのひら)に汗が滲み、拳を握った。


 「この度、バルバツム連邦サンデラエ市内にあるローシカ製薬のワクチン製造工場で、異物の混入事故が発生しました。同社などの発表によりますと、異物は摩耗した機械の破片で、八月末に部品の交換を終え、ワクチンの生産を再開したとのことです。同国の保健省関係筋によりますと、一時的に生産が停止した影響で、麻疹(はしか)や流行性耳下腺炎などのワクチンの供給量が減少しましたが、提携する他社の工場で増産を行った為、定期接種の必要量は確保できているとのことです」


 遠いアルトン・ガザ大陸の情報に対する村人たちの反応は薄い。


 「レーチカ臨時政府保健省の発表によりますと、トポリ空港復旧後に輸入したワクチン及びワクチン原料は、問題ないとのことです。国際便が発着するレーチカ、トポリ、ギアツィント、リャビーナでは、アルトン・ガザ大陸南部で発生した麻疹(はしか)流行を受け、感染症の流入対策として乳幼児等へのワクチン接種を強化しました」


 ここまでは完全に他人事(ひとごと)だ。

 退屈な話題に隣とお喋りを始める者が増えた。


 「麻疹(はしか)はウィルスによる感染症です。インフルエンザよりも感染力が強く、マスクなどでは完全に防げませんが、ワクチン接種が非常に有効です。半世紀の内乱後生まれの若い世代は、定期接種の対象となりましたので、特段の事情がない限り、ワクチンの接種歴があります」

 母親たちが、傍らの我が子を見て頷く。


 「また、一度感染すれば、終生免疫を獲得するので、内乱終結以前に生まれた中年以上の世代の方も、過去に(かか)った経験があれば、問題ありません」


 聴衆のお喋りの内容が変わる。

 何故、麻疹(はしか)についてこんなに詳しく伝えるのか、(いぶか)る者が出始めた。


 「麻疹(はしか)には特効薬がない為、発症すれば魔法と科学、どちらの医療でも対症療法と合併症の対策が中心になります。風邪に似た症状と高熱に加え、全身に赤い発疹が出ます」


 ざわめきが次第に大きくなる。


 「栄養状態がよく、体力があれば、重症化する可能性が下がりますので、好き嫌いせず、しっかり食事をしましょう」


 明るい声に何となく客席の空気が緩んだところへ、本題が切り込んだ。


 「ネミュス解放軍の発表によりますと、七月中旬頃、ネモラリス島北東部ミャータ市近郊で麻疹(はしか)の流行が発生しました。ミャータ市当局は流行の拡大を防ぐ為、交通規制を実施。ネミュス解放軍は首都クレーヴェルの製薬会社複数に麻疹(はしか)ワクチンの増産を指示、科学の医師団を組織して現地に派遣しました」


 客席の空気が一気に凍った。

 恐怖に見開かれた目が、呪医セプテントリオーに集まる。

 国営放送アナウンサーの声は、淡々とニュースを続けた。


 「現地に派遣された医師によりますと、現在は高リスク群への接種を終え、流行は終息に向かっているとのことです。ミャータ市当局の発表によりますと、発症者の抵抗力が落ちる為、他の感染症による合併症を防ぐ目的で、今後も十一月末までの二カ月間は、交通規制を継続するとのことです」


 「ここは……ここはッ? ウチの子は大丈夫なのッ?」

 乳呑児を抱えた若い母親が叫ぶ。


 クルィーロが係員室に合図を送り、マイクを手に荷台から飛び降りた。

 呪医セプテントリオーが、助手席の前からステージに歩み寄る。白衣姿の彼がマイクを受け取って聴衆に向き直ると、何も言わない内からざわめきが鎮まった。

☆天気予報のBGM「この大空をみつめて」……「170.天気予報の歌」参照

☆戦いに参加した少年兵モーフ、運転手のメドヴェージ、老漁師アビエース……「1189.動きだす状況」~「1194.祓魔の矢の力」参照

☆ネモラリス島北東部で実施した麻疹(はしか)ワクチンの接種……「1090.行くなの理由」参照

☆ローシカ製薬のワクチン製造工場で、異物の混入が発生……「1058.ワクチン不足」参照

☆レーチカ臨時政府保健省の発表(中略)乳幼児等へのワクチン接種を強化……「1175.役所の掲示板」「1209.二カ所の情報」参照

☆アルトン・ガザ大陸南部で発生した麻疹(はしか)流行……「1195.外交官の連携」参照

☆半世紀の内乱後生まれの若い世代は、定期接種の対象……ネモラリスの予防接種体制「1202.無防備な大人」、現在居る村の状況「1050.販売拒否の害」参照


 挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ