1210.村での生放送
久し振りの公開生放送は、好天に恵まれた。
村唯一の学校に集まった聴衆は、緑の瞳を輝かせて開始を待つ。
この村だけでなく、魔獣退治で協力した東隣のふたつの村からも集まり、ちょっとしたお祭り騒ぎだ。
校庭にシートを敷き、持ち寄った軽食や菓子などを交換する者、今年の作柄について熱く語り情報交換する者、魔獣退治の武勇伝で盛り上がる一角、アミトスチグマ王国やランテルナ島の様子を面白おかしく語る者……農作業を休んで駆けつけた人々の顔は明るい。
日曜だが、学校の先生たちも、カーメンシク市などからわざわざ出てきて聴衆に加わった。休日に会うラフな恰好の先生が珍しいのか、子供たちがはしゃぐ。
村人は、FMラジオの公開生放送と言う地方の住民にとって一生に一度あるかないかの珍事を思い思いに楽しむ。
レノは、これから伝える厳しいニュースに胸が痛んだが、もう隠すワケには行かない。複雑な胸中を笑顔で隠して、アミトスチグマで印刷してもらった楽譜の束を配った。
いつもより早起きして、荷台の荷物を片側に積み上げ、入りきらなかった分は、FMクレーヴェルのワゴン車に積み替えてどうにか場所を空けた。荷台の側壁を片方上げ、照明用の金具にシーツを取りつけて目隠しを兼ねた幕にする。
楽譜を配り終えたみんなが、イベントトラックの簡易ステージに整列すると、客席のざわめきが引いた。呪医一人がみんなから離れて運転席側に移動する。
国営放送アナウンサーのジョールチが、背広をきちんと着てマイク片手にステージ前に立った。
「皆様、こんにちは。国営放送アナウンサーのジョールチです」
「こんにちはー!」
応える聴衆はみんな、子供のように瞳を輝かせる。
「本日はお忙しい中、移動放送局プラエテルミッサの公開生放送に起こし下さいまして、誠に有難うございます。おうちでラジオをお聞きの皆様も、有難うございます」
コルチャークたち重傷者は、傷はキレイに治してもらえたが、まだ体力が回復せず、家で伏せる。客席には村の中学生たちの姿も見え、今日はメーラも兄の看病を休んで出て来た。
聴衆はざっと五百人余り。緑髪がすっかり秋めいた穏やかな日射しを受け、草原のようにそよぐ。
「本日は、歌と独自取材のニュース、その後、ラクリマリス王国の特別番組を再放送します」
放送予定は番宣ポスターに書いたので、この村の者や、呪医の治療を受けに来た者たちの反応は薄い。
初めて知った者が、囁き交わしてジョールチに訝しげな目を向ける。
「それでは、お待たせしました。移動放送局プラエテルミッサ公開生放送、二時間ごゆっくりお楽しみ下さい」
ジョールチは疑問に答えず、荷台奥の係員室に引っ込んだ。
「穏やかな湖の風
一条の光 闇を拓き 島は新しい夜明けを迎える……」
打合せ通り、一呼吸置いて歌い始める。
久し振りにしては、レコードの開始にピッタリ合わせられ、レノはホッとした。
「涙の湖に浮かぶ小さな島 花が朝日に揺れる……」
少し遅れて聴衆からも歌声が上がる。
先にこの村の学校で楽譜を配った。ピナたちの話では、夏休み前の音楽の時間に何回かみんなで歌ったらしい。子供たちの周囲に座った大人たちも一緒に歌う。
初めて聞く者たちが、楽譜とレノたちを交互に見て口を開きかけたが、もどかしそうに唇を閉じた。
歌い終えた瞬間、盛大な拍手が起きる。
久々でも、ちゃんと歌えたことにステージの空気が緩む。
拍手が止むのを待って、ジョールチが説明する。
「ただ今お聞きいただいたのは、『すべて ひとしい ひとつの花』です。お気付きの方もいらっしゃるかと思いますが、歌詞の一部が欠けた未完の曲です」
客席にざわめきが広がったが、係員室のジョールチは構わず続ける。
「ラキュス・ラクリマリス王国の共和制移行百周年を記念する歌でしたが、半世紀の内乱によって制作が中断しました」
人々の顔がうっすら曇る。
「この度の魔哮砲戦争に際して、ネモラリス建設業協会が中心となって歌詞の募集を行い、国内だけでなく、様々な国からも、平和を望む人々の思いが寄せられました」
客席が静かになり、一斉に俯いた頭が一面の草原に見えた。
ジョールチが楽譜を読む人々に呼掛ける。
「歌詞は三行しかありませんでしたが、多くの人々の手で完成に近付きました。しかし、まだ欠けがあります。皆様も共に考えて下さいましたら幸いです」
一拍置いて口調を改め、アミトスチグマ王国の難民キャンプの様子を伝え、支援を申し出た同国の失業率と就職事情、物価と言った経済関連の情報を読み上げた。
クーデター前は毎日ラジオから流れた声が、いつもの調子で当たり障りのない国際ニュースと経済ニュースを伝える。
買出しに行く者たちが熱心にメモを取る。
客席に安堵が満ちるのが肌で感じられた。
国民健康体操の曲で「みんなで歌おう」を歌うと、中年以上の者たちが懐かしげに頬を緩めた。
曲名を告げたジョールチが、口調をニュースに切替える。
「続きまして、臨時政府のあるレーチカ市の情報です」
客席に緊張が漲る。
いつもの声が、レーチカ市内の各省庁や市役所、町内会や商店街などの掲示板から拾った情報を読み上げると、聴衆の顔から険が取れた。
客席から、出稼ぎを云々する声が途切れ途切れに届く。
……いよいよか。
レノは、次とその次に読まれるニュースの反応を思い、知らず知らず肩に力が入った。
☆魔獣退治の武勇伝……「1189.動きだす状況」~「1194.祓魔の矢の力」参照
☆学校の先生たちも、カーメンシク市などからわざわざ出てきて……「1053.この村の世間」参照
☆コルチャークたち重傷者……「1205.医療者の不在」「1206.東からの訪問」参照
☆ネモラリス建設業協会が(中略)人々の思いが寄せられました……「305.慈善の演奏会」「348.詩の募集開始」「349.呪歌癒しの風」「378.この歌を作る」「510.小学生の質問」「511.歌詞の続きを」「515.アイドルたち」「516.呼掛けの収録」「647.初めての本屋」「659.広場での昼食」「774.詩人が加わる」「900.謳えこの歌を」参照
☆支援を申し出た同国の失業率……「1185.変わる失業率」~「1188.繰り返す悪事」参照
☆買出しに行く者たち……「1058.ワクチン不足」参照
☆国民健康体操の曲で「みんなで歌おう」……「275.みつかった歌」参照
☆レーチカ市内の各省庁や市役所、町内会や商店街などの掲示板から拾った情報……「1175.役所の掲示板」参照
▼「すべて ひとしい ひとつの花」現在の完成度。




