1209.二カ所の情報
父とアゴーニがギアツィント市から戻ったのは、お茶の時間だった。
「今日はもう遅いから、写真は明後日にしよう」
「明日は放送で忙しいもんね」
クルィーロが言うと、アマナはすんなり頷いてくれた。
父が葬儀屋アゴーニと首を傾げ、発案者のDJレーフが崖下の撮影会を面白おかしく語る。
父が我が子に向けた微笑はどこか淋しげで、クルィーロは胸が詰まった。
「呪医とねーちゃんはまだか」
葬儀屋アゴーニがトラックの荷台を見回す。
荷台に心配が満ちるが、今は待つしかない。
「明日の放送には間に合いませんが、ギアツィントの様子を報告しますね」
「ランテルナ島の報告、忘れるとこだったよ」
父が手帳を捲ると、DJレーフがぺろりと舌を出した。
クルィーロたちの父パドールリクと葬儀屋アゴーニは、父の元勤務先を拠点に情報収集した。
小麦の大袋ふたつと新聞を手土産に渡すと、快く倉庫内に建てた仮事務所の応接スペースに泊めてくれたと言う。
父は元同僚たちから近況を聞き取り、アゴーニはギアツィント市内で新聞を買い集め、役所や病院、学校、町内会の掲示板を巡った。
「小麦も喜んでくれたけど、新聞はもっと助かると言われました」
やや古い情報でも、臨時政府があるレーチカ市とネモラリス島北部のカーメンシク市の地元紙は歓迎され、アミトスチグマ王国で発行された湖南経済新聞の本社版は殊の外、喜ばれた。
元同僚たちは、ネモラリス臨時政府の検閲を通さない国外の視点で書かれた情報を貪るように読む。
「これが本当のことだったのか」
そんな呟きを洩らして愕然とした。
……やっぱ、臨時政府のこと、信用しない人が増えてんだな。
クルィーロは、父の元同僚のたちの反応があまりにも予想通りで、うすら寒い気がした。
この分では、陸の民も相当数がネミュス解放軍に心を傾け、大なり小なり支援に動くだろう。
「そんなだから、ハナシ半分かもしんねぇけどよ」
アゴーニはそう前置きして、掲示板と新聞の情報を掻い摘んで話す。
臨時政府が実施したワクチン接種は、ギアツィント市内では大きな混乱もなく無事に終わった。
トポリ空港の復旧以来、各種ワクチンや原料を優先的に輸入し、製薬会社でトラブルが発生するまでにある程度の量を確保できたことが、安心材料として働いたようだ。
ネモラリス島北東部で発生した麻疹の流行については、アゴーニが見たどの掲示板や新聞にも情報がなく、巷の噂ひとつ拾えなかったと言う。
「ま、その件が伝わってりゃ大混乱だろうからな」
アゴーニは何とも言えない顔で報告を続ける。
接種対象は乳幼児と医療者、大型船の船員だ。
発生状況が伝わらないせいで、乳幼児の保護者には開戦後に滞った法定接種の再開、医療者には現場での感染予防、船員には他所からの持ち込み防止と捉えられ、一般の大人は完全に他人事気分だと言う。
「ミャータ市の辺りには港がなくて、人の往来が少ないから、病気も情報も他所に伝わり難いと思うよ」
DJレーフが軽い調子で言う。
臨時政府の対応は、国全体の利益で見れば、ネモラリス北東部の村人たちが言う程には酷くなさそうに思えた。
食糧価格は以前より落ち着いた。
湖上封鎖の影響で船舶の航行が減って出漁一回辺りの漁獲量が増え、陸地でも、ネモラリス島南部とネーニア島北東部で小麦が大豊作だった為だ。
依然として食糧事情は厳しいが、小麦の収穫を終え、空襲直後の混乱期よりも改善した安心感から、買い溜めに走る者が減って店頭の様子も平和な頃と同じくらい冷静さを取り戻した。
「ギアツィントの方はざっとこんなモンだ」
「マシになってよかった」
葬儀屋アゴーニが締めくくると、アマナが心底安心した顔でエランティスと微笑みを交わした。
「じゃ、次、ランテルナ島の話だ」
DJレーフが簡単に説明する。
今回、レーフとクルィーロがランテルナ島に跳んだのは、選挙後のアーテル政府と国民の変化、星の標の動き、特番「花の約束」の影響の三点を調べる為だ。
ランテルナ島内の選挙結果への反応は冷ややかだった。
島民には選挙権がなく、大統領や他の政治家が誰と代わろうと関係ない。
本土のキルクルス教徒たちの反応は様々だ。
SNSなどの書き込みと街の噂を少し拾っただけだが、ネモラリス打倒一色だった中に点々と平和を望む声が見られた。
闇夜の中、遠くで瞬く小さな星のようなもので、まだ夜道を照らす程ではない。安らぎの光党やヒュムヌス候補への期待の声はないに等しかった。
再選を目指すポデレス大統領が予備選を通過した為、ルフス工業団地計画がまた一歩前進。戦争中にも関わらず、現地の視察に訪れる外国企業の関係者が増えた。
ネモラリス憂撃隊はここのところ大人しく、星の標も公式サイトで魔獣の目撃情報を募集するだけで目立った動きはない。黒い影の情報について、専用のコーナーがあった。
今は大統領予備選の関係でアーテル党への支援が忙しいようだ。
特番の方は、放送が夏休み期間中だったこともあり、ランテルナ島を訪れる若者が増えた。CDの販売数に特典画像のダウンロード数が比例。それに伴い、アプリの拡散も進んだ。
安らぎの光党の躍進はネタ扱いで、本気にする声は少なかった。
☆父の元勤務先……「687.都の疑心暗鬼」「779.ギアツィント」「780.会社のその後」参照
☆臨時政府が実施したワクチン接種……「1090.行くなの理由」参照
☆トポリ空港の復旧……「750.魔装兵の休日」参照
☆特番「花の約束」
第一回放送……「1014.あの歌手たち」~「1018.星道記を歌う」参照
第二回放送……「1149.一時間の番組」~「1151.知るきっかけ」「1153.繋がった記憶」~「1155.半人前の扱い」参照
☆島民には選挙権がなく……「285.諜報員の負傷」「1120.武器職人の今」「1135.島民の選挙権」参照
☆ルフス工業団地計画……「0966.中心街で調査」「1027.工業団地計画」~「1029.分断の阻止へ」「1088.短絡的皮算用」参照
☆星の標も公式サイトで魔獣の目撃情報を募集……「0967.市役所の地下」「0968.黒い都市伝説」参照
☆安らぎの光党の躍進……躍進「1157.国会に届く歌」、ネタ扱い「1198.拡散効果検証」参照




