0124.まともなメシ
「お兄ちゃん、次、何するの?」
ティスとアマナが揃ってカウンター前……タマネギ臭の圏外ギリギリに立つ。
「えーっと、そうだな……テーブルに紙皿とフォークを並べてくれないか?」
「うん!」
仕事を与えられた二人が、嬉々として作業に取り掛かる。
ピナがパスタを袋から出し、一人前ずつに取り分けながら聞いた。
「お兄ちゃん、これ、どうやって茹でるの?」
「ん? クルィーロに余力がありそうなら、魔法でやってもらおうかなって」
「ふーん。パスタ取るのにトングか何かあった方がよさそうだけど?」
「あ、すまん、忘れてた。でも、フォーク二本使えば、イケそう……」
「俺、取って来るッ!」
少年兵モーフが返事も待たずに奥へ駆ける。
ソルニャーク隊長が買物袋を掴み、その背を追った。
「おいッ! 単独行動をするな! そもそもトングが何か知っているのか?」
「あっ……」
モーフが階段の手前で足を止める。追い付いた隊長は、溜め息混じりにトングの説明をし、二人揃って食堂へ向かった。
……悪い奴じゃなさそうなんだよな……人殺しだけど。
レノはハムを切りながら、みんなの帰りを待った。
十人が揃ったところで、薬師が目を覚ました。水塊を受け取り、鍋三杯分くらいを手元に残すと、後は即席のバケツに移す。手元の水を加温し、塩を足してパスタ十人前を一気に茹でた。
ピナとロークは、モーフが持って来たトングで、宙を漂う熱湯からパスタを抜いて紙皿に移す。
クルィーロが外の竈で炭に点火し、レノが具材を炒める。フライパンから香ばしい匂いが漂うと、みんなの腹が鳴った。
ティスとアマナは、茹で上がったパスタをレノに渡し、レノが一人前ずつ具材とパスタソースに絡めて炒める。
ソルニャーク隊長とメドヴェージが、出来あがったパスタを紙皿に取り分けて応接テーブルに運び、モーフがコップを用意した。
仕上げに、ティスとアマナがパセリを振りかける。
「できたー!」
「まともなメシ、すげー久し振りだな」
クルィーロとアマナの兄妹が明るい笑顔を向け合う。
廃墟にみんなの笑顔が弾け、ここだけ生気が満ちる。
「さぁ、冷めない内に食べよう」
レノが、余りを盛ったフライパンを応接テーブルの中央に置き、声を掛けた。
今日もやはり食前の祈りはなく、みんな一斉にパスタを口に運ぶ。
飴色に炒めたタマネギの甘み、ピリリとスパイスの効いたハム、パスタの塩気、パセリの彩り。共に食事をする者の幸せな笑顔。その全てが食欲をそそり、夢中で食べる。
あっという間に紙皿が空になり、モーフがフライパンにチラリと視線を送る。メドヴェージがその背を軽く叩いて笑った。
「それっぽっちじゃ足りんだろ。遠慮しねぇで、おかわり欲しいって言えよ」
言いながら、おっさんがモーフの紙皿にパスタを追加する。少年兵はイヤそうにしながらも、お節介なおっさんに一応、礼を言って受け取った。
「私はもうおなかいっぱいなんで、お茶、淹れますね」
湖の民の薬師がティーバッグを取り、術で湯を沸かす。宙に浮いた水塊は、すぐにポコポコ泡立って沸騰した。
アウェッラーナは熱湯をくにゃりと窪ませ、ティーバッグを乗せた。接した部分から紅い糸を垂らしたように紅茶が広がる。濡れたティーバッグが沈み、湯が一気に紅くなる。術者が糸を引くと、紅茶が踊って紅が深まった。
食べ終わった紙皿を処分し、汚れたフォークをひとまとめにして片付ける。
ピナがみんなに聞いて、希望者にスティックシュガーを配る。
アウェッラーナが力ある言葉で命じると、宙に漂う紅茶がコップに舞い降りた。夢のように不思議な動きにしばし見蕩れる。
すっきりしたテーブルで、食後のお茶を楽しんだ。
薬効のある香草茶ではないが、その優雅な香気に心が和む。
「なんか、生き返った気分だ」
クルィーロがポツリと呟く。
みんな、満ち足りた気持ちでその言葉に同意した。
☆ティーバッグ/スティックシュガー/コップ……「0113.一階の拾得物」参照
☆タマネギ臭の圏外……「123.みんなで料理」参照




