1207.写真を撮ろう
薬師アウェッラーナが居れば、【見診】を使って適切な薬を出せたかもしれないが、彼女の身の安全を思うと無理に頼む訳にはゆかない。
そもそも、呪医セプテントリオーと一緒にクリュークウァ市へ行って留守だ。
彼女にとっては幸運だが、あの病人にとってはツイてなかったとしか言いようがない。
なるべくいいように考えて、気マズさを打消す。
……カーメンシクには大きい病院が何カ所もあったし、どこか診てくれるよな。
クルィーロとDJレーフが、大きな袋を両手に提げて門に姿を現す。
魔法が苦手だったクルィーロも、すっかり【跳躍】が上手くなった。
「これ、アウェッラーナさんに頼まれてた奴」
「半分持つよ」
何かの干物らしく、あまりの軽さに拍子抜けする。
「アウェッラーナさん、留守なんだ」
「えっ? 放送、明日なのに?」
「ちょっと急用ができて……アマナちゃん待ってるし、トラックに帰ろう」
レノはクルィーロに言ってレーフの質問を遮り、早足で校庭に停まる移動放送局プラエテルミッサに戻った。
「父さんとアゴーニさんは……まだか」
「うん。今日の昼過ぎに戻る予定だって言ってたし」
「そうだな」
二人はギアツィント市へ情報収集に行き、呪医と薬師はネミュス解放軍クリュークウァ支部の支部長に会いに行った。
レノが医療者二人の目的を小声で説明すると、クルィーロたちも顔を曇らせた。
「さっき、ずっと東の村から軽トラが来たんだ」
「えっ?」
「ミャータ市の方はまだ交通規制があって行けないし、癒しの術が使える神官も留守だって言ってたよ」
「その車は、どちらへ?」
ジョールチが食いつく。
「えっ、あの、呪医に病気治して欲しいって来たんですけど、留守だって言ったらカーメンシクの病院に行くって言ってましたよ」
「そう……ですか」
国営放送のアナウンサーは肩を落とし、険しい顔で黙り込んだ。
アマナが明るい声で聞く。
「お兄ちゃん、地下街どうだった?」
「頼まれ物はちゃんと買えたし、ローク君も元気だったよ。……ホラ」
クルィーロが上着のポケットからタブレット端末を取り出して妹に向けた。
手帳大の画面には嬉しそうなロークと、ぎこちない笑顔の少年が並ぶ。
「コイツ、こんな薄っぺらいのにカメラの機能までついてるって言うから、ちょっと試しに撮ってもらったんだ」
DJレーフが何故か得意げに言う。
アマナが小首を傾げて画面を覗く。
「小さいのにスゴイねー」
「ローク兄ちゃんの隣の人って誰?」
ティスが画面に触れると写真が横に動き、妹は慌てて手を引っ込めた。
「ローク君のバイト仲間。あの呪符屋さんで一緒に働いてるんだって」
「魔法使いの人?」
髪も瞳も淡い色の少年の胸元には徽章がない。
「さあ? そこまでは聞いてないけど、ローク君は呪符作り担当で、このコは接客担当だってさ」
「ふーん」
興味なさげに頷く。どうやら、単に聞いてみただけらしい。レノはクルィーロと目が合うと、思わず苦笑した。
「あのお屋敷で魔法薬作りの手伝いした経験が役に立ってるって言ってたよ」
「えっ? 何で?」
「呪符用のインク作る作業が似てるって」
「へぇー、意外なトコで役に立つんだな」
レノは、乳鉢で地虫をすり潰す感触を思い出し、自分でも顔が引き攣ったのがわかった。
「うん。本人も驚いてたよ。それで、次に行く時、みんなの元気な顔も見せてあげたいんだ」
「写真撮るの?」
「これで?」
ティスとアマナが興味津津でタブレット端末とクルィーロを見比べる。
「一度に全員は無理っぽいから……四人ずつくらいがいいかな」
「じゃ、今お留守のみんなは後で?」
ピナが聞くと、アマナはほぼ吐息で囁いた。
「お父さんとお兄ちゃん、三人で写りたい」
……家族写真……そっか。
これがあれば、今日みたいに離れ離れになっても少しは淋しさが紛れる。
「これ、こんな小さいのに何千枚も写真撮って貯められるんだって」
「スゴーい!」
ティスとアマナが同時に目を丸くする。
ピナも嬉しそうな笑顔を見せたが、すぐ真顔に戻った。
「でも、フィアールカさんたちに頼まれた写真もあるんでしょ?」
「あぁ、それはデータ渡しちゃうから、フォルダさえ分けてれば大丈夫だよ」
クルィーロは、当たり前のようにさらりと言った。
レノにはなんだかよくわからないが、大丈夫とわかってホッとする。
それはいいが、ほんの少しの間に幼馴染が遠い所に行ってしまったようで、何とも言えないもやもやしたものが胸に湧き上がった。
「写真撮っても、どうせコイツがねぇと見らンねぇんだろ?」
少年兵モーフが何故かいじけた風に言う。
みんなの目がクルィーロに集まった。
「俺もやり方わかんないんだけど、いつもファーキル君がまとめてくれる報告書には写真も載ってるし、今度、紙に印刷する方法、聞いてみるよ」
途端にモーフの顔が明るくなる。
メドヴェージの口許がニヤけたが、何も言わなかった。
「じゃ、居る人だけで先に撮って、それから昼ごはんにしよう」
「あー! お兄ちゃん、待って」
「リボン結び直すから」
女の子たちが慌てて髪を整える。
「多分ないと思うけど、万が一ってコトもあるかもしれないから、村の外でしない?」
「何の万が一ですか?」
「撮影場所が特定されないように。平和の花束のコたちの特典画像も、場所わかんないように撮ってたから」
レーフの答えにみんながハッとして動きを止めた。
言葉の意味自体はわかるが、レノにはDJが何を危惧するのか見当もつかない。
クルィーロが真剣な面持ちでタブレット端末を見る。
「写真……そっか。フツーの写真にしてもらうのにデータ渡すから、何かの拍子にどっか出ちゃうってコトもあるのか」
「じゃあ、いつも魚獲るとこに降りましょう」
老漁師アビエースの提案で、村を出てすぐ北にある崖下で撮ることになった。
☆彼女の身の安全……「1063.思考の切替え」参照
☆医療者二人の目的……「1205.医療者の不在」参照
☆そこまでは聞いてないけど……約束通り、小説家なのは言わない「1123.覆面作家の顔」「1124.変えたい社会」参照
☆あのお屋敷で魔法薬作りの手伝いした経験……「245.膨大な作業量」「250.薬を作る人々」「262.薄紅の花の下」参照
☆フィアールカさんたちに頼まれた写真……「1106.ふたつの契約」「1139.安らぎの光党」参照
☆データ渡しちゃうから、フォルダさえ分けてれば大丈夫……「1156.掴ませる情報」参照
☆平和の花束のコたちの特典画像……「1026.関心が異なる」「1088.短絡的皮算用」参照




