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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十二章 切断

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1201.喜びと心配事

 呪医は、村長の息子を連れて王都ラクリマリスに【跳躍】した。

 この若者は、ネモラリス島北東部の村から片手で数える程しか出たことがない。落ち着きなく辺りを見回し、都会の街並に緑の瞳を輝かせる。


 今日はコルチャークの退院日だ。

 呪医セプテントリオーは、久し振りに晴れやかな気持ちで、足取り軽く船着場へ向かう。

 「この船の終点が西神殿です」

 「門から施療院までの道順は憶えてます」

 「退院の手続きは受付でお尋ね下さい。リハビリをしても、体力の回復はまだでしょうから、本人が遠慮しても、荷物を持たせないようにお願いします」

 「はい。きっとメーラが張り切って全部持つって言うでしょうけどね」

 何となくわかり合った笑みを交わし、別々の渡し舟に乗り込む。



 セプテントリオーが乗るのは王都第二神殿行きだ。

 王都に網の目のように張り巡らされた水路には今日もたくさんの舟が行き交う。

 夏と秋の野菜や果物を満載した船が、甘い香りを振り撒いて渡し舟とすれ違う。

 ラクリマリスの空はすっかり秋で、澄み渡る青に羊雲が規則正しい模様を描く。

 印暦二一九二年九月。

 王都に爆撃機の影はひとつもない。


 ……何がこんなにも道を分けてしまったのだろうな。


 緑髪の呪医は、暗い淵に沈みそうな考えを振り払って陸の道に揚がった。



 王都第二神殿の書庫では時が静かに流れ、テロや戦争が遠い世界の出来事のようだ。書架を埋める古書は、セプテントリオーが初めて訪れた数百年前から変わらず在り、知識の扉を開く者を待つ。

 すれ違う聖職者たちと会釈を交わし、最奥の部屋へ向かった。


 書架の間から、目当ての三人が肩や首を回して凝りを(ほぐ)すのが見える。

 「休憩中でしたか。お疲れ様です」

 「丁度、俺たちの割り当て分、終わったとこなんです」

 ロークが疲れ切った顔に笑みを広げる。

 ソルニャーク隊長は、肩を回すのを止めて姿勢を正した。

 「彼らが、書いた端からメモを撮影して送信してくれたので、数日中にはファーキル君が報告書にまとめてくれる筈です」

 「ありがとうございます」

 「アミトスチグマの人たちにも手伝ってもらったから、すぐですよ」

 青い薔薇の髪飾りがよく似合う黒髪の少女が微笑む。


 セプテントリオーがロークに視線を移すと、聞く前に紹介してくれた。

 「クラウストラさんです。アーテル領内での活動を手伝って下さってて、カクタケアのシリーズにも詳しいんで、来てもらいました」

 「あなたがクラウストラさんですか。報告書で度々お名前を拝見しております」


 力ある陸の民で【急降下する(ワシ)】学派の【光の槍】や【飛翔する蜂角鷹(ハチクマ)】学派の【真水(さみず)の壁】など、高度な術を使いこなす。

 この手練(てだれ)の術者は、外見通りの少女ではあるまい。


 「初めまして。その徽章(きしょう)、セプテントリオー呪医(せんせい)……で合ってます?」

 「はい。初めまして」

 互いにファーキルの報告書を介して前知識があり、初対面にも関らず既知なのが何とも不思議な気分にさせられる。


 「こちらの方も、四眼狼(しがんろう)の群が片付きましたので、近々東のミャータ市方面との交通が再開するでしょう」

 「防疫用の障壁として、放置するのではなかったのですか」

 ソルニャーク隊長が露骨に顔を(しか)める。

 「それが、東の村で犠牲者が出て、何頭も大型化してしまったのですよ」

 「あまり大きいと【結界】を強行突破されちゃうかもしれませんものね」

 クラウストラが納得顔で頷く。

 ソルニャーク隊長から事情を聴いたのだろう。


 「アウェッラーナさんはそれを見越して、対症療法用のお薬の備蓄を進めていますが……」

 外科領域の【青き片翼】学派では魔法薬を使えない。思わず溜め息がこぼれた。


 アウェッラーナが【思考する(フクロウ)】学派の薬師(くすし)だと明かせば、それこそ、いつ移動できるようになるか知れたものではない。

 万が一、流行が及んだ際は、セプテントリオーが薬を選ぶフリ、アウェッラーナは助手のフリをして、呪文を唱えずとも効力がある魔法薬のみを使うと決めた。

 そんな誤魔化しが、どの程度通用するのか。

 それでも、見殺しにするワケにはゆかない。

 ネミュス解放軍が届けたなけなしのワクチンで、流行がミャータ市付近に留まるのを祈るしかなかった。


 「コルチャークさんは今日で退院で、村長の息子さんにお任せしました」

 「村の心配事は減ったが、流行が終息しないことには、動きが取れんな……」

 ソルニャーク隊長が現状を確認するように(ひと)()ちた。


 「思い切ってぶっちゃけるの、ナシですか?」

 クラウストラが、深い藍色の瞳をくるりと動かしてネモラリス人たちを見回す。

 「今は、パニックにならないように内緒なんですよね?」

 「えぇまぁ……」

 「でも、見た目にわかりやすい病気ですし、来たらすぐわかっちゃいますよね」

 「感染を防ぐ手立てがないので、せめて接触を避ける為に……しかし」

 ソルニャーク隊長が続きを飲み込む。


 クルィーロたちが、ネミュス解放軍のカピヨー支部長から得た情報では、ミャータ市付近の村で患者宅が焼討ちされたとある。

 戦乱によって医療体制が不充分な中、どうすれば、伝染病の流行地で暴徒化を抑えられるのか。

 呪医セプテントリオーには妙案が浮かばなかった。

☆目当ての三人/あなたがクラウストラさんですか(呪医とは初対面)……「1166.聖典を調べる」「1167.流れを変える」参照

☆防疫用の障壁……「1090.行くなの理由」参照

☆何頭も大型化……「1194.祓魔の矢の力」参照

☆いつ移動できるようになるか知れたものではない……「1051.買い出し部隊」「1053.この村の世間」「1059.負傷者の家へ」「1063.思考の切替え」「1089.誰が伝えるか」、政府軍や解放軍も心配「828.みんなの紹介」参照

☆ネミュス解放軍のカピヨー支部長から得た情報……「1090.行くなの理由」参照

 挿絵(By みてみん)

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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