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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六章 印歴二一九一年二月六日

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0123.みんなで料理

 「あ、これ、パン焼き用のオーブンだ」

 奥の一角を占めるのは、天井付近まで高さのある多段式大型オーブンだった。

 レノの呟きを聞きつけ、クルィーロとメドヴェージも厨房の隅に目を向ける。

 「へぇ。食堂のパン、自家製だったんだ」

 クルィーロがカウンター越しに食堂を見る。この惨状では、何席あるのかわからない。


 「これ、そうなのか?」

 「はい。ウチの店のより大きいですよ。ロールパンなら一度に二百個くらい焼けそうです」

 「兄ちゃん、何屋だ?」

 「パン屋です」

 「へぇ。パン、作れるのか」

 メドヴェージに問われ、レノは頭を()いた。

 「んー……一応。まだ、修行中であんまり上手くないんですけど」

 「そうか」


 ……て、ことは、イーストもあるのか。


 気付いてオーブンの横の戸棚を(さぐ)る。

 開封済みの小麦粉と砂糖と塩、脱脂粉乳。ドライイーストもちゃんとあった。

 袋にまとめ、冷蔵庫も調べてみる。

 肉や野菜はもうダメになっていた。


 「こいつは……まだイケるな」

 業務用サイズの無糖ヨーグルトだ。これは調理器具の袋に入れる。


 クルィーロを見ると、新品のゴミ袋を取り出し、ホイル、使い捨てのビニール手袋やペーパーナプキンを入れていた。

 誰がどこからどう見ても、立派な火事場泥棒だ。だが、誰も何も言わない。

 レノも罪悪感を押し殺し、まだ食べられる物を袋に詰めた。


 ……放送局の人が、賞味期限切れる前に取りに来るのって無理っぽいし、ダメになる前に食べた方が勿体(もったい)なくないし……大体、みんな、食べなきゃ飢え死にするんだ。


 「じゃあ、そろそろ降りようか」

 レノが声を掛け、みんなが待つ玄関ホールへ戻った。



 二人が回収した物の他、メドヴェージが缶詰の残りも下ろした。

 「今夜はパスタにしようと思うんです。ナマモノを先に消費したいんで」

 レノの提案に反対する者はなかった。

 湖の民の薬師(くすし)はまだ目を覚まさない。

 外はもう黄昏(たそがれ)色だ。


 きちんとした台所ではなく、やり(にく)いが仕方がない。

 レノは、食中毒を出さないことを目標に準備に取り掛かった。


 開封済みのパスタ一袋、パスタソース一缶と、タマネギ、ハム、塩、コショウを受付カウンターの隅に置く。庖丁、俎板(まないた)、アルミホイル、ゴミ袋、ビニール手袋、鍋、フライパン、フォークも使いやすそうな所に用意した。


 「じゃあ、水汲んで来る」

 クルィーロが【灯】を(とも)した(ほうき)を掴んで出て行く。

 「おう! 兄ちゃん! 一人で行くんじゃねぇ!」

 「あ、じゃあ、案内します!」

 メドヴェージとロークが慌てて後を追う。

 レノは苦笑し、三人の後ろ姿を見送った。


 ……俺が全部やるより、チビたちにもさせた方がいいよな。


 「ピナ、そっちの部屋にコピー用紙の箱ってあった?」

 「段ボール? 隅っこに畳んで置いてあったけど……」

 「何個か持ってきてくれないか?」

 「いいよ」

 ピナは一人で気軽に事務室へ向かう。少年兵モーフが、レノに会釈して少女について行った。


 「ティスとアマナちゃんは、段ボールが来たら組立ててくれ」

 「お兄ちゃん、箱、どうするの?」

 「食糧をまとめる用と、バケツの代わり」

 「えぇっ? お水、こぼれちゃうよ?」

 レノに皆まで言わせず、ティスが口を挟む。


 兄は苦笑して説明を続けた。

 「うん。だから、組立てた箱の内側にゴミ袋を(かぶ)せるんだ。新品だから、掃除用のバケツよりキレイだ」

 「ふーん」

 ティスとアマナは、わかったような顔でガムテープを手に取った。


 ゴミ袋をガムテープでしっかり固定すれば、水漏れしない。

 段ボールとゴミ袋、ガムテープで作った即席のバケツでも充分、一時的な使用には耐える。

 女の子三人と少年兵モーフが、即席バケツを組立てた。


 レノはその間、口を広げたゴミ袋をカウンターに貼り付け、準備を整える。

 ビニール手袋を装着。俎板にアルミホイルを敷き、タマネギを切る。

 カウンターの周囲に、タマネギの匂いが漂った。切ったタマネギを小さなビニール袋に入れ、塩コショウを振って横に置く。


 「それ、何してんだ? 泣く程ツラいのか?」

 作業を終えた少年兵モーフが興味津々で見に来る。レノの正面に立った途端、涙が(こぼ)れた。驚いて飛び下がる。


 「うわっ! 何だこりゃッ?」

 「タマネギ。汁に涙が出る成分があるんだ。上手く切れば、泣かずに済むんだけど……ごめんな」

 レノは、自治区生まれの少年の境遇を思い、別な気持ちも込めて謝った。


 ……タマネギみたいな安い野菜も知らないって、どんだけ貧乏なんだよ。


 「お兄ちゃん、はい」

 別な意味で(こぼ)れそうになる涙を(こら)えていると、ピナがそっとポケットティッシュを差し出した。

 「お、ありがと」

 涙声を誤魔化し、短く礼を言って受け取った。


 妹が少年兵にもティッシュを渡す。モーフは手を出さなかった。鋭い目から涙を流し、少女に不審の眼差しを向ける。


 「モーフ。厚意を無下(むげ)にするものではない。受け取って涙を拭け」

 隊長が笑いながら命令する。

 少年兵モーフは何とも言えない顔で隊長を見、おずおず手を出した。無言でティッシュを受け取り、顔を(ぬぐ)う。


 「モーフ、人から親切にしてもらったら、『ありがとう』だ。……すまんな」

 隊長が申し訳なさそうに、ピナに頭を下げる。

 「あ、いえ、そんな……」

 困惑するピナにむくれるモーフ。


 ソルニャーク隊長は、仕方のない奴だな、と言いたげに苦笑したが、それ以上は言わない。レノも何も言わず、見守ることにした。

☆湖の民の薬師はまだ目を覚まさない……「0119.一階で待つ間」参照

☆パン屋です……「0021.パン屋の息子」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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