1197.湖底ケーブル
魔装兵ルベルは、ルフス北東部に位置する廃ビル最上階の窓から、ラキュス湖を眺めた。
赤毛の哨戒兵が【索敵】で水底を探査する傍らでは、ネモラリス水軍の工兵が背後の警戒に当たる。
二人とも、アーテル共和国ではありふれた作業服に身を包むが、これもまた、外から見えない場所に呪文や呪印を施された【鎧】だ。
ラズートチク少尉が入手した情報によると、ラキュス湖の底には通信回線のケーブルが張り巡らされ、湖南地方と湖東地方、そして世界を繋ぐのだと言う。
……一体、いつの間にこんなものまで。
北ザカート市に駐留する防空艦ノモスで行われた会議は、二日後、出席者を入替えて再び行われた。
アル・ジャディ将軍と陸軍側は変わらず、シクールス陸軍将補、ラズートチク少尉、魔装兵ルベル。水軍側は、艦長と中佐の他は、工兵班長と三人の工兵に交代した。
将軍は、防空艦ノモスの作戦司令所に呼ばれた工兵たちに問うた。
「インターネットと言うものを知っているか?」
「……いえ、寡聞にして存じません」
工兵班長が代表で答え、部下たちは緊張の面持ちで居住まいを正す。
彼らの所属は、艦載レーダーなど機械類の点検と整備を担う班のひとつだ。艦が破損した場合の応急修理なども担う。
哨戒は【飛翔する蜂角鷹】学派の【索敵】が主力で、レーダーは予備的にしか使わない。半世紀の内乱時代の物を少しずつ改修して使い続け、アーテル空軍のステルス機など全く捕捉できない代物だ。
この工兵班長は【飛翔する鷹】学派で戦闘も可能な武器職人だが、部下は【編む葦切】学派の道具類職人、【穿つ啄木鳥】学派の土木職人、【飛翔する燕】学派の気象予報士で、いずれも普通は戦わない学派だ。
勿論、兵学校で武器の訓練を受けたが、基本的に戦闘には参加できないと見た方がいい。
魔装兵ルベルは、ラズートチク少尉から与えられた自軍の情報に胃が痛んだ。
将軍に視線で促され、陸軍情報部のラズートチク少尉が、簡潔に説明する。
「科学文明国の通信技術のひとつだ。衛星や有線、無線など回線網のある場所なら、世界中どこでも瞬時に繋ぐ」
「どこでも、電話が使えるのですか?」
班長が聞くと、少尉はよくぞ質問したとばかりに答えを与える。
「電話では音声しか送受信できんが、インターネットはパーソナルコンピュータや、このようなタブレット端末、携帯用の電話機などの通信機器を使えば、音声の他、文字や写真、映像なども瞬時に遣り取り可能だ」
工兵たちは瞳を輝かせて聞き入り、少尉が端末の画面を向けると、身を乗り出して食い入るように見詰めた。
表示は、アーテルでダウンロードした詳細な地図だ。
少尉の視線を受け、魔装兵ルベルはダウンロードした動画を再生させた。
灰色の殺風景な作戦司令室に壮麗な歌声が響く。
王都ラクリマリスで開かれた慈善コンサートで、ニプトラ・ネウマエが特別編成の合唱団と共に「すべて ひとしい ひとつの花」を歌う。
曲が終わるのを待って、アル・ジャディ将軍が声を発した。
「アーテルはインターネットを通じ、映像やニュースなど多様な手段を用いて世界中の共通語圏、即ちキルクルス教圏にプロパガンダを展開し、一般人を装った工作員が口コミでデマを流して、我が国の国際的な信用を貶めておる」
「自国の人道上の罪を隠し、捏造した情報を世界中に拡散して、我が国を完全なる邪悪とする印象操作を行っておるのだ」
シクールス陸軍将補が付け加えると、久し振りに聞いたであろう軍歌以外の曲の余韻が吹き飛び、工兵たちは表情を改めた。
「北ザカート市南部でも、辛うじてラクリマリス領の電波を拾えるが、今回はどちらも、予めタブレット端末に記録したものだ。アーテル領では、どこでもこのように膨大な情報のやり取りが、子供でも簡単にできる」
ラズートチク少尉の説明に工兵たちは呆然と頷いた。
アル・ジャディ将軍が直々に命令を発する。
「ラズートチク少尉、魔哮砲操手ルベル、防空艦ノモス工兵第二班四名に命ず。アーテル領内に潜入し、同国の通信設備を破壊せよ。目的は、アーテル共和国による一方的な情報拡散の阻止、及び、バルバツム連邦など彼の国を支援する国家との連絡の遮断だ」
魔装兵ルベルたちは起立し、敬礼して拝命した。
擬装用の【鎧】と連絡に使う【花の耳】は、持参したシクールス陸軍将補が、急造の破壊工作隊一人一人に激励の言葉と共に手渡した。
あの作戦会議から数日間は、ラズートチク少尉が工兵たちにアーテル領内での注意事項や交通機関の使い方、必要な物資の現地調達の仕方など講義して過ごした。
予算と訓練期間の都合上、彼らにはタブレット端末を与えられないが、少尉とルベルが潜伏場所でニュースなどを見せ、情報共有する。
ラズートチク少尉と工兵班長が地上の基地局とアンテナの調査、魔装兵ルベルと三人の工兵は、湖底ケーブルの探査に分かれた。
ルベルたちの組はまず、少尉が拠点として選定した廃ビル内部に蔓延る魔物と雑妖を片付けた。
現在、ルベルは【索敵】で湖底を調べ、工兵の一人はルベルの周囲を警戒、後の二人は地下街チェルノクニージニクの宿で待機中だ。少尉は、彼らにルベルが買ったラジオを渡し、情報収集を命じた。
少尉と工兵班長の調査が終わり次第、破壊工作に移る。




