1193.積極的な攻撃
自警団の一人が刈った草の塊に躓いた。鶏の血を付けたボロ布が足に絡む。
大きく体勢を崩し、耕されたばかりの黒土に手と片膝を着く。牧草用のフォークが手を離れ、姿勢が低くなったと見るや、四眼狼が三頭、木立の間から躍り出た。
少年兵モーフがライフルの引き金を引く。同時に誰かが「立つな」と叫び、蝉の声が減った八月末の休耕地に銃声が轟いた。
弾丸は一頭の脇腹を掠め、僅かな血と灰色の毛を散らして森に吸い込まれた。
一呼吸遅れて飛来した銀の矢が、別の一頭の頬に突き立つ。四眼狼は横ざまに倒れたが、すぐに跳ね起きた。
自警団員は片膝を着いたまま大きなフォークを拾い、柄で三頭目の牙を防いだ。
鍬を持つ者たちが、雄叫びを上げて駆け寄る。
老漁師アビエースが、モーフの耳にすっかり馴染んだ呪文を唱え、【無尽の瓶】から大量の水を引き出した。水壁が、魔法の剣を抜いたメドヴェージの横に建つ。
モーフは素早く排莢し、次弾を込めた。
……一発ずつしか撃てねぇの、不便だな。
今更のように思うが、この近辺の村にはこの一丁しか銃がなく、諦めざるを得ない。
これも、魔法使いしか居ない村のよくないところだと内心、毒吐きつつ、森で動く黄金色の光に照準を合わせる。
四つの眼は落ち着きなく動き回り、群が全部で何頭か数えられない。
自警団を誤射しないよう、慎重に獲物を選ぶ。
飛び出した三頭と得物を手にした自警団が入り乱れ、狩人も森に狙いを変えた。積み上げた藁束の陰で立ち上がり、弓を引き絞って動きを止める。
牧草用の大鎌が一閃し、眼が四つある頭がひとつ転がった。
……なんだ。村の奴ら、その気になりゃ強ぇんじゃねぇか。
いつもは森を警戒しつつ、ビクビク怯えながら畑仕事をして、不意討ち同然で現れた四眼狼の群から命からがら【跳躍】で逃げる。
モーフとメドヴェージも、何度か見張りと畑仕事を手伝ったが、詠唱が間に合わなかった者が犠牲になり、この群を強くしてしまった。
毎回、逃げ果せた者が狩人と当番の自警団を呼んで、場当たり処理的に森へ追い返し、何人も負傷者を出す。
だが、今回は初めて、こちらから仕掛けた。
老漁師アビエースの発案で、鶏の生き血の臭いで誘き寄せる作戦を練った。
森から飛び出した三頭が血祭に上げられても、他の四眼狼はウロウロするだけで出て来ない。
仲間の仇を討つでもなく、見捨てて逃げるでもない。半端な態度だ。
モーフが息を呑む。何組かの眼は、大人の腰くらいの高さにあった。
木漏れ日の下で動き回る灰色の魔獣は、頭を下げ、姿勢を低くして人間たちを警戒する。
……どんだけ人食ったらこんなデカくなるんだ?
モーフは手汗をズボンで拭い、ライフルを構え直した。
何頭かが頻りに背後の木立を気にする。
不意に森の中から壁が生えた。
土や落ち葉が下草を戴いてせり上がる。森の湿った土の匂いがモーフに届いた。
壁が生き物のように波打つ。
四眼狼の群が泥流の壁に追い立てられ、夏の日射しの下に出る。
国道に布陣したもうひとつの村の自警団が、魔獣の群に気付かれないよう遠回りして、じわじわ【操水】の包囲を縮めたのだ。
壁の高さはそれ程でもない。魔獣がその気になれば軽く跳びこせそうだが、見慣れない物を目の当たりにした四眼狼は、武装した人間の方へ逃げる道を選んだ。
これまでずっと「弱い獲物」だったからだろう。
……舐めた野郎共だ。
少年兵モーフは、自警団から少し離れた位置に飛び出た一頭に狙いを定め、腹に力を入れて引き金を引いた。
今度は脇腹のど真ん中に命中し、灰色の魔獣が悲鳴を上げて倒れた。すぐに起き上り、胴にめり込んだ弾が血に塗れて排出された。低く呻って周囲を睨め回す。
「やっぱ、フツーの弾じゃムリか」
「そうでもねぇぞ」
メドヴェージが魔法の剣を手に駆け出す。
老漁師アビエースの声が、運転手を追う。
「どこへッ?」
「助太刀だ。多分、こっちにゃ来ねぇ! 坊主をよろしく!」
メドヴェージは走りながら答え、農具で戦う自警団の乱戦に加わった。
自警団は勢いを増し、モーフの予想以上に積極的に攻めた。
【魔除け】で白く輝く鎌が、一撃で四眼狼の首を刎ねる。鍬と牧草用フォークも、何の術も掛けない弾丸より深い傷を負わせられた。
狩人は弓を諦め、鉈に持ち替えて加勢する。
……化け物を寄せ付けねぇ術なのに、こんな使い方もあったなんてな。
次弾を込め、魔獣を逃がすまいと安全地帯でライフルを構えた。
森の端は泥流が塞ぎ、魔獣は休耕地へ逃げるしかない。
何人かが脛を噛み砕かれて地面に転がる。
少年兵は、囲みを抜けた魔獣の頭に命中させたが、馬と同じくらいの大物はビクともしなかった。
「やべぇ! こっち来る!」
モーフは焦りでカモフラージュの藁から身を起こした。
☆何人も負傷者を出す……「1056.連絡の可否は」「1057.体育と家庭科」「1059.負傷者の家へ」~「1062.取り返せる事」参照




