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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十一章 求心

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1193.積極的な攻撃

 自警団の一人が刈った草の塊に(つまず)いた。鶏の血を付けたボロ布が足に絡む。

 大きく体勢を崩し、耕されたばかりの黒土に手と片膝を着く。牧草用のフォークが手を離れ、姿勢が低くなったと見るや、四眼狼(しがんろう)が三頭、木立の間から躍り出た。


 少年兵モーフがライフルの引き金を引く。同時に誰かが「立つな」と叫び、蝉の声が減った八月末の休耕地に銃声が轟いた。

 弾丸は一頭の脇腹を掠め、僅かな血と灰色の毛を散らして森に吸い込まれた。


 一呼吸遅れて飛来した銀の矢が、別の一頭の頬に突き立つ。四眼狼(しがんろう)は横ざまに倒れたが、すぐに跳ね起きた。

 自警団員は片膝を着いたまま大きなフォークを拾い、柄で三頭目の牙を防いだ。

 (くわ)を持つ者たちが、雄叫びを上げて駆け寄る。

 老漁師アビエースが、モーフの耳にすっかり馴染んだ呪文を唱え、【無尽の瓶】から大量の水を引き出した。水壁が、魔法の剣を抜いたメドヴェージの横に建つ。

 モーフは素早く排莢(はいきょう)し、次弾を込めた。


 ……一発ずつしか撃てねぇの、不便だな。


 今更のように思うが、この近辺の村にはこの一丁しか銃がなく、諦めざるを得ない。

 これも、魔法使いしか居ない村のよくないところだと内心、毒吐(どくづ)きつつ、森で動く黄金色の光に照準を合わせる。

 四つの眼は落ち着きなく動き回り、群が全部で何頭か数えられない。

 自警団を誤射しないよう、慎重に獲物を選ぶ。


 飛び出した三頭と得物を手にした自警団が入り乱れ、狩人も森に狙いを変えた。積み上げた藁束の陰で立ち上がり、弓を引き絞って動きを止める。

 牧草用の大鎌が一閃し、眼が四つある頭がひとつ転がった。


 ……なんだ。村の奴ら、その気になりゃ強ぇんじゃねぇか。


 いつもは森を警戒しつつ、ビクビク怯えながら畑仕事をして、不意討ち同然で現れた四眼狼(しがんろう)の群から命からがら【跳躍】で逃げる。

 モーフとメドヴェージも、何度か見張りと畑仕事を手伝ったが、詠唱が間に合わなかった者が犠牲になり、この群を強くしてしまった。

 毎回、逃げ(おお)せた者が狩人と当番の自警団を呼んで、場当たり処理的に森へ追い返し、何人も負傷者を出す。


 だが、今回は初めて、こちらから仕掛けた。

 老漁師アビエースの発案で、鶏の生き血の臭いで(おび)き寄せる作戦を練った。


 森から飛び出した三頭が血祭に上げられても、他の四眼狼(しがんろう)はウロウロするだけで出て来ない。

 仲間の仇を討つでもなく、見捨てて逃げるでもない。半端な態度だ。

 モーフが息を呑む。何組かの眼は、大人の腰くらいの高さにあった。

 木漏れ日の下で動き回る灰色の魔獣は、頭を下げ、姿勢を低くして人間たちを警戒する。


 ……どんだけ人食ったらこんなデカくなるんだ?


 モーフは手汗をズボンで拭い、ライフルを構え直した。

 何頭かが(しき)りに背後の木立を気にする。


 不意に森の中から壁が生えた。


 土や落ち葉が下草を戴いてせり上がる。森の湿った土の匂いがモーフに届いた。

 壁が生き物のように波打つ。

 四眼狼(しがんろう)の群が泥流の壁に追い立てられ、夏の日射しの下に出る。


 国道に布陣したもうひとつの村の自警団が、魔獣の群に気付かれないよう遠回りして、じわじわ【操水】の包囲を縮めたのだ。


 壁の高さはそれ程でもない。魔獣がその気になれば軽く跳びこせそうだが、見慣れない物を()()たりにした四眼狼(しがんろう)は、武装した人間の方へ逃げる道を選んだ。

 これまでずっと「弱い獲物」だったからだろう。


 ……舐めた野郎共だ。


 少年兵モーフは、自警団から少し離れた位置に飛び出た一頭に狙いを定め、腹に力を入れて引き金を引いた。

 今度は脇腹のど真ん中に命中し、灰色の魔獣が悲鳴を上げて倒れた。すぐに起き上り、胴にめり込んだ弾が血に(まみ)れて排出された。低く呻って周囲を()め回す。


 「やっぱ、フツーの弾じゃムリか」

 「そうでもねぇぞ」

 メドヴェージが魔法の剣を手に駆け出す。

 老漁師アビエースの声が、運転手を追う。

 「どこへッ?」

 「助太刀だ。多分、こっちにゃ来ねぇ! 坊主をよろしく!」

 メドヴェージは走りながら答え、農具で戦う自警団の乱戦に加わった。


 自警団は勢いを増し、モーフの予想以上に積極的に攻めた。

 【魔除け】で白く輝く鎌が、一撃で四眼狼(しがんろう)の首を刎ねる。(くわ)と牧草用フォークも、何の術も掛けない弾丸より深い傷を負わせられた。

 狩人は弓を諦め、(なた)に持ち替えて加勢する。


 ……化け物を寄せ付けねぇ術なのに、こんな使い方もあったなんてな。


 次弾を込め、魔獣を逃がすまいと安全地帯でライフルを構えた。

 森の端は泥流が塞ぎ、魔獣は休耕地へ逃げるしかない。


 何人かが(すね)を噛み砕かれて地面に転がる。


 少年兵は、囲みを抜けた魔獣の頭に命中させたが、馬と同じくらいの大物はビクともしなかった。


 「やべぇ! こっち来る!」

 モーフは焦りでカモフラージュの藁から身を起こした。

☆何人も負傷者を出す……「1056.連絡の可否は」「1057.体育と家庭科」「1059.負傷者の家へ」~「1062.取り返せる事」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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