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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十一章 求心

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1192.誘き寄せる罠

 肩を揺すられ、少年兵モーフは目を開けた。【灯】のぼんやりした光の下で、メドヴェージが唇に人差し指を当てる。

 モーフは小さく顎を引いて長椅子から身を起こした。


 他のみんなはまだ夢の中だ。


 足音を忍ばせ、モーフ、メドヴェージ、アビエースの三人は、移動放送局プラエテルミッサのトラックの荷台を降りた。

 校庭の土に降り立つ足音が夜明けの空気を震わせ、ひやりとして振り向く。

 荷台で寝息を立てるみんなは動かない。

 三人は慎重に足音を殺して村長宅へ向かった。



 村長の妻は諦め顔で軽い朝食を用意してくれた。

 昨日の作戦会議では、四眼狼(しがんろう)は十頭以上の群だと聞いた。

 一頭でも厄介な相手だ。

 誰もが口数少なく、何を食べたか味がわからない腹拵(はらごしら)えを終えた。


 メドヴェージが村長に預けた魔法の剣を受け取る。

 (つか)に埋め込まれた【魔力の水晶】が淡く輝いた。

 少年兵モーフも、村長の息子から、昨日整備したばかりのライフルを受け取る。弾のケースを通したベルトを村長の妻が巻いてくれた。


 空はすっかり明るくなり、雀の群が賑やかに鳴き交わす。

 村の門には、既に農具を手にした男たちが集まっていた。

 「自警団のみなさん、よろしくお願いします。くれぐれも無理はなさいませんよう。危なくなったら【跳躍】して下さい」

 「生きていれば、次の機会がありますからね」

 「ご武運を」

 村長夫妻の短い激励を受け、森に隣接する休耕地に【跳躍】した。



 既に東隣の村の自警団が居て、狩人の指示で準備の最中だ。

 もうひとつ東隣の村の自警団は、まだ姿が見えなかった。


 荷車と藁で作った隠れ場所が、少年兵モーフに用意された狙撃地点だ。


 自警団は、生い茂った夏草を大型の鎌で刈り、牧草用の大きなフォークで集めて山にする。鎌とフォークは、朝の光とは別の光に淡く輝く。

 漁師の爺さんアビエースが、【魔除け】の術だと教えてくれた。

 残りの半数が草刈り跡を【魔除け】を掛けた(くわ)で耕し、思い思いに武装した自警団は、三人一組でゆっくりと休耕地を進む。


 狩人が、草を積み上げた山の中に赤く染まったボロ布を仕込む。今朝絞めた鶏の血を染み込ませたものだ。


 これまでは、本当の農作業中に襲われる度に場当たり処理で出動したが、今回は違う。

 魔獣の群を(おび)き寄せ、こちらから叩く。


 モーフが配置に着くと、漁師の爺さんアビエースは、ポケットから呪符を取り出し、メモを見ながら呪文を唱えた。

 少年兵の眼には何も見えないが、術者には魔力の流れで【真水(さみず)の壁】が建った範囲がわかるのだと言う。

 爺さんは棒きれで地面に線を引き、次の呪符を取り出した。


 藁を積んだ荷車を三角に囲んで、モーフの正面にだけ、少し隙間を残すと教えられた。説明通り、老漁師アビエースが引いてくれた目安の線は、モーフの前で大人の肩幅の半分くらい開口する。


 漁師の爺さんが身体を横にして、見えない壁の中に入った。

 「何かが当たると青くなる。衝撃を吸収しきれなくなったら壊れるから、色が濃くなったら、逃げる用意をするんだよ」

 「おう!」

 爺さんが【無尽の瓶】を握り、荷車の陰にしゃがむ。



 昨日、薬師(くすし)のねーちゃんは、市民病院で見たと言う戦い方を兄貴である老漁師に教えた。

 「内乱中にしょっちゅう見たアレだな」

 話を聞いて呟いた漁師の爺さんは、寂しそうだった。



 ふたつ東隣の村の自警団も到着した。

 八割くらいが、漁師の爺さんと同じ物を手に休耕地前の国道に並び、残りは休耕地に点々と散る茂みの陰に身を潜める。

 弓と銀の矢を持つ狩人も、重ねた藁束の後ろに回り、メドヴェージは見えない壁の外、森に近い所に立った。


 力なき民の二人は【耐暑】のリボンと【魔力の水晶】を渡され、今は涼しい。遠目には、お揃いの赤い鉢巻きを締めたように見えるだろう。

 魔法の道具を使いたくないなどと、寝言を言える状況ではなかった。



 耕す者と草を刈る者、集める者が、三十分ずつで作業を交代する。

 刈られた草の根が掘り起こされ、青臭さと土の匂いが風に乗って届く。

 鼻のいい四眼狼(しがんろう)には、鶏の血と大勢の人間の匂いも届いただろう。


 暑さではない汗が(てのひら)を湿らせ、モーフはズボンで手を拭いながら待った。

 影が短くなり、耕し終えた黒土が広がる。


 ……待ち構えてる時に限って来ねぇなんてコトねぇよな?



 昼少し前、蝉の声に(かす)かな鈴の音が混じった。

 モーフが国道を見ると、ふたつ東隣の村の自警団は大量の水を車道に這わせ、全員があらぬ方を見る。


 ……来た!


 休耕地の自警団に緊張が走り、顔が一斉に森を向く。

 狩人が張った【警報】の術だ。

 四眼狼(しがんろう)に逃げられないよう、引っ掛かる場所は森の端、警報音が鳴るのは国道に分けて術を掛けたと言う。


 木下闇から黄金色に輝く四つの目が現れ、落ち枝を踏み折る音が風に乗る。

 少年兵モーフは、ライフルの安全装置を外した。

 木々の間に四つずつ黄金色の光が見え隠れする。

 魔獣にも、いつもと様子が違うのを怪しむ知恵があるのか、なかなか森から出てこようとしない。


 狩人が藁束の陰で弓を引き絞った。

☆昨日の作戦会議……「1191.一人前の戦士」参照

☆何かが当たると壁が青くなる。衝撃を吸収しきれなくなったら壊れる……「0932.魔獣駆除作戦」~「0934.突破された壁」参照

☆市民病院で見たと言う戦い方……「0012.真名での遺言」「0015.形勢逆転の時」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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