1191.一人前の戦士
湖の民のアビエースが用件を告げると、村長宅の扉はすぐに開いた。
漁師の爺さんと同じ緑髪の青年が、モーフに視線を止めて緑色の目を丸くする。メドヴェージが視線を辿って説明した。
「あぁ、こいつぁ自警団の一員として戦ったコトあるんだ」
「えっ? あの……いえ、しかし……」
村長の息子は、少年兵モーフに不安に満ちた眼差しを注ぐ。
「銃の扱いなら心得てる。もしアレだったら、猟銃の手入れだけでもさせてやってくんねぇか」
モーフは胸を張った。
「心配すんな。乱戦になる前だったら、幾らぶっぱなしても味方にゃ当たンねぇよ」
「誤射ではなく、君を心配してるんだよ。力なき民の中学生だよね?」
……また子供扱いかよ。
遙か上にある緑の目を睨んでやったが、村長の息子は一向に堪えた様子がない。それどころか、メドヴェージと漁師の爺さんに批難がましい顔を向けた。
「うん、まぁ、さっきも言ったが、銃の手入れなら任せて安心だ。もう長ぇこと使ってねぇんだろ?」
「それは……そうですが」
村長の息子は尚も渋る。
老いた母親も顔を出し、助太刀を申し出た他所者を息子の肩越しに見詰める。漁師の爺さんが奥に目をやり、不安げな村長婦人に聞く。
「村長さんはご在宅ですか?」
「いえ、明日の件で隣村です」
「じゃあ、鉄砲持ってって狩人さんと村長さんに聞いてみりゃいい。二人にダメだっつわれたら、諦めるよ」
少年兵モーフが殊更に明るい声で言うと、村長の家族は難しい顔で考え込んだ。
しばらく石のように黙ったが、同時に溜め息を吐くと、諦めた声で【跳躍】を唱え、三人を連れて行った。
夏の日は長い。
お茶の時間になっても、隣村はまだまだ暑かった。
学校の体育館に集まった人々が、床で輪になって相談する。
「村長さん、遅くなってすまねぇ。ウチからは三人出せる」
「それから、武器も調達しました」
漁師の爺さんが、前から持っていたとは言わずに魔法の矢の束を見せると、三箇村から集められた自警団員がざわめいた。半分くらいは、メドヴェージが持つ旧王国時代の剣に注目する。
少年兵モーフは、村長の息子が持つ細長い木箱を指差した。
「俺、銃の扱い方知ってるし、実戦で化け物やっつけたコトもあるんだ」
自警団のざわめきの種類が変わり、大きくなる。
村長の妻がみんなを見回して言った。
「私は、小さい子が戦うなんて反対です。大人が何とかしなくちゃ」
「でも、この村にゃ銃を扱える奴が居ねぇんだろ?」
モーフが苛立って言うと、村長は困った顔で頷いて、東隣の村の狩人を見た。
「俺はずっと弓使いだからな」
「ホントにこんな小さい子が?」
「ゼルノー市は一体どうなってるんだ?」
「こいつは、早くに父ちゃん亡くして、母ちゃんと足が不自由な姉ちゃんを守ろうと、自警団で腕磨いたんだ。嘘だと思うんなら、銃の手入れでもさせてみりゃいい。いっちょ前の仕事すっからよ」
メドヴェージが説明にほんのり嘘を混ぜると、緑髪の村人たちは黙って顔を見合わせた。
「機械油とボロ布がありゃすぐだ」
モーフが言うと、一人が立ち上がった。
「整備だけでもしてもらえれば、俺たちでも威嚇射撃くらいはできると思うんですが、どうでしょう?」
「まぁなぁ」
「取って来る」
別の者が体育館を飛び出し、村長の妻が泣きそうな目で見送る。
息子は把手付きの細長い木箱を輪の中心に置き、村長の隣に腰を下ろした。
留め具に錆が浮き、少年兵モーフは一瞬、不安になったが、手応えは固いもののどうにか開けられた。蓋の裏には、手入れ用の工具と朽ちかけたボロ布、弾丸ケースがピッタリ収まる。
……知ってる奴だ。
本体は、半世紀の内乱時代に大量生産されたライフルだ。ありふれた型で、星の道義勇軍の訓練で扱ったことがある。
モーフはホッとして弾数を確認した。普通の弾丸が二十一発。銀の弾や力ある言葉が刻まれたものは一発もない。
ライフル本体は、長い間触れなかったにしては、錆ひとつなくキレイだ。
「これは【錆止め】の術か」
横から覗いた漁師の爺さんが、銃身に刻まれた文字を指でなぞって、複雑な顔をする。
「昔は、命中精度を上げる術を掛けたのも出回ってたんだがな」
「そんなの、俺が当てりゃいいんだ」
訓練では、空き缶が横から高く投げられた。モーフは高所で動く標的でも、何回かに一回は当てられた。地面に居る魔獣なら、もう少し当てやすいだろう。
分解してみたが、手入れの必要がないキレイさを確認したようなものだ。一応、村人から布と油を受取り、一通り拭いて点検して組み立て直す。
モーフが弾を装填すると、慣れた手つきに自警団から驚きの声が上がった。
「調達できたのは、【祓魔の矢】十三本と【真水の壁】の呪符が三枚、他にも少し。【壁】で守れば何とかなりそうですが」
漁師の爺さんが、近隣の村々から集まった自警団を見回す。
「いざとなったら【跳躍】で逃がしてあげればいいですよね」
「そうだな」
「でも、こんな小さい子が……」
「いや、この子はもう一端の戦士だ」
反対したのは村長の妻一人で、あっさりモーフの参加が決まった。




