1190.助太刀の準備
トラックに積んだ武器は、アーテルで人気の小説「冒険者カクタケア」シリーズでは、「光ノ剣」と呼ばれ、教会で聖められた特別な剣として描かれるが、現実では旧ラキュス・ラクリマリス王国軍の制式武器で、ありふれた物だった。
現にこれをくれたクロエーニィエ店長は元騎士だ。
去年、ランテルナ島でメドヴェージとクルィーロが蛇の魔獣に襲われた時、この剣で戦ってどうにか逃げた。
「でも、それって魔力籠めないと切れ味が……」
「一太刀目は何とかなった。次も魔力足してくれりゃ何とかなる」
レノ店長が心配するが、メドヴェージは自信満々だ。
「魔獣と戦ってる最中にそんなノンキなコトするヒマあんのかよ」
「その間、坊主が掩護してくれ」
「得物もねぇのにどうすんだよ」
「村長さんちに猟銃がある」
「村のおっちゃんたち、今まで何で使わなかったんだ?」
少年兵モーフは、ちゃんとした武器があるのに畑に持って行かず、村人たちが呪医セプテントリオーの世話になってばかりなのを訝った。
「この村の狩人は流行病で亡くなって、空家に置いとくのは物騒だってんで村長さんが預かってんだとよ」
「まともに使える奴、居ねぇのかよ」
「そう言うこったろうな」
狩人が居なくなって何年経つのか知らないが、まず点検と整備をしなければ、こちらが危ない。
「じゃあ、自警団の人たちはどうやって戦ってたんです?」
「みなさん、【畑打つ雲雀】学派ですよね?」
レノ店長とピナがモーフと同じ疑問を口にした。
「草刈り鎌やら鍬やらで頑張ってるんだとよ。それも、隣村の狩人の掩護でな」
メドヴェージの答えに沈黙が降りる。
少年兵モーフは、村の大人たちから漏れ聞いた話を頭の中でまとめた。
村人たちは武器らしい武器を持たずに畑仕事へ行き、魔獣が出れば【跳躍】などで避難する。
連絡を受けた自警団が、農具を手に魔獣の群を追い払いに行くが、深追いせず、畑から追いやるだけだ。
何頭かは狩人が倒したらしく、群の数は増減して一定しない。
狩人の強さは不明だが、負傷者の多さの理由はわかった。
漁師の爺さんアビエースが、薬師のねーちゃんをつつく。
「鱗蜘蛛用に買った呪符、一枚も使わなかったよな?」
「うん。【真水の壁】と【光縄】【光の槍】なら、離れたとこで使えば大丈夫かもしれないけど」
湖の民の兄妹が、キルクルス教徒の二人をそっと窺う。
メドヴェージは苦笑した。
「呪符ってなぁ呪文唱えにゃ使えんのだろ? そいつぁ流石に無理だ」
「ですよね」
レノ店長と薬師のねーちゃんが、何故かホッとしたような顔で納得する。
漁師の爺さんアビエースが背筋を伸ばした。
「だったら呪符の掩護は俺がしよう」
「兄さん、大丈夫? 無理しないで」
「陸の上は勝手が違うが、万が一の時、この子らを連れて跳ぶ者が要るだろう」
……爺さん。
少年兵モーフは、湖の民の老漁師が、自分たちの為に命懸けでついて来ると言ってくれたことに胸がじんわり熱くなった。胸いっぱいの思いが言葉にならず、緑髪の老漁師を見詰める。
アビエースは、モーフの視線に気付かないのか、メドヴェージに確認した。
「いつ魔獣退治に行くんです?」
「急だけど、村長さんの話じゃ明日の朝イチだってよ」
モーフは驚いてメドヴェージを見た。おっさんは、モーフの目に気付いてこちらを向く。
「何だ、坊主? 何か言いてぇコトあんのか?」
「いつの間に決まったんだよ」
「おめぇが二度寝してる間だ」
モーフが頷くと、メドヴェージは大人たちに向き直った。
「得物の数と種類を確認して、ちょっとした作戦立てて、トラックから何人行くか村長さんに言って、それから自警団の連中と相談だ」
「晩メシまでに全部すんのか?」
「ちんたらしてるヒマはねぇぞ。村長さんちの猟銃はライフルだ。魔法の弾は使い切って、残ってんのはみんな鉛玉だけだ。何発あるか、後で聞くの忘れんなよ」
レノ店長が少し残念そうな顔をした。北ザカート市の拠点で少年兵モーフが扱いを教えたのは、拳銃だ。ライフルとは全く勝手が違う。
……ピナが心配すっから、店長さんは出せねぇよ。
「うん。ライフル、俺が使うんだよな?」
「そりゃそうだ。外すんじゃねぇぞ」
メドヴェージにポンと背中を叩かれる。
リストヴァー自治区に居た頃、モーフも星の道義勇軍の一員として魔獣退治に参加した。あの時の武器は全て、普通の弾を装填した銃だ。
……アクイロー基地みてぇな戦い方すんのかな?
だが、この辺の村で「戦いのプロ」と呼べるのは、隣村の狩人一人だと聞いた。
「こっちの手持ちはあの魔法の剣と?」
「えーっと……【祓魔の矢】が……術の種類は【風の矢】と【光の矢】が五本ずつと【魔滅の矢】が三本だったかな?」
レノ店長が木箱を開いてメドヴェージに答えると、薬師のねーちゃんが呪符入れの袋を覗いて言った。
「呪符は【真水の壁】と【光縄】が三枚ずつと、【光の槍】が一枚。【紫電の網】とかもありますけど、これは何か刃物を持って、かなり近付かないといけないんで、危ないですよ」
「そうだな。相手は四眼狼だ。囲まれるとよくない。なるべく離れたとこから狙うのがいいな」
「銃を撃つのも【真水の壁】を建てて隙間から銃口だけ出して」
漁師の爺さんとレノ店長が、モーフに言い聞かせるように作戦を立て始めた。
メドヴェージが指折り数えて考える。
「何とかの矢は自警団に使ってもらった方がいいな」
「そうですね。使い減りしないから、魔力籠めて【操水】か何かで飛ばして、当たったのも水で抜いて回収して、また撃って」
力なき民のレノ店長も、積極的に作戦会議に加わる。
ピナが心配そうに兄貴を見詰めた。
メドヴェージが荷台の壁から剣を取る。
「細けぇこたぁ村長さんちで話すか」
助太刀に行く三人は、魔法の剣と【祓魔の矢】、物騒な呪符の束を持ってトラックを降りた。
☆「光ノ剣」と呼ばれ、教会で聖められた特別な剣……「1137.アーテル文化」参照
☆これをくれたクロエーニィエ店長は元騎士……「443.正答なき問い」「447.元騎士の身体」「533.身を守る手段」「851.対抗する武器」参照
☆メドヴェージとクルィーロが蛇の魔獣に襲われた時……「444.森に舞う魔獣」参照
☆鱗蜘蛛用に買った呪符……「857.国を跨ぐ作戦」参照
☆こっちの手持ち/【祓魔の矢】……「533.身を守る手段」「851.対抗する武器」参照




