0122.二度目の食堂
「そんなにあんのか? 何なら取りに行くぞ」
休憩中のメドヴェージが子供のように瞳を輝かせる。
ソルニャーク隊長は荷物を下ろして言った。
「多いのは多いが、小麦粉など、そのままでは食べられない物が殆どだ。それに、運搬手段がない」
子供たちに落胆が広がった。アマナも泣き止んで兄を見上げる。
「ジュースは持って来たぞ。一人一本ずつある」
クルィーロが言うと空気が明るくなった。
下ろして来た物を応接テーブルに並べる。
「おっ。ナマモノも無事だったのか」
「これ、先に食べなきゃな」
メドヴェージがハムを手に取り、レノがタマネギの状態を確認する。
「あ、布団、ちゃんとしてくれたのか。ありがとう」
薬師の姿を捜したクルィーロが、整えられた寝床に気付いた。
アウェッラーナは奥の長椅子で眠る。茶色い毛布からはみ出した緑の髪が草のように見えた。
取敢えず、缶ジュースを一人一本ずつに分けると、一本余った。
「どうする? 起こして聞く?」
レノが小声で言い、一同を見回す。魔法使いのクルィーロは首を横に振った。
「いや、休んでてもらおう。こんな小さい缶だし、子供らで一口ずつ分けたら終わりだろ」
三百五十ミリリットル缶だ。
クルィーロは、別の応接テーブルにプラスチックのコップを並べながら言った。
「アマナとティスちゃん、ピナちゃん。ローク君、モーフ君で……ホントに一口しかないな」
「えっ? 俺も?」
ロークが驚いた顔でクルィーロを見た。
メドヴェージが笑う。
「何だ、子供扱いはヤダってか?」
「ローク君って、まだ高校生だろう?」
クルィーロが聞くと、ロークは頷いた。
「モーフ君も、ウチのピナと同じくらいみたいだし……いいよな?」
レノが少年兵に念を押す。
モーフはレコードを抱えたまま難しい顔をするだけで返事をしない。
メドヴェージがレコードに手を伸ばす。
「お? 坊主、何、大事に抱えてんだ?」
モーフの顔がパッと明るくなり、二枚を差し出した。
「天気予報と体操……か。どうしたんだ? こんな懐かしいモン」
メドヴェージは、受け取ったレコードに目を細めて聞いた。少年兵がクルィーロを指差して答える。
「あの人が、昔の音を仕舞ってある部屋でみつけたんだ」
「レコードを説明するのに棚からテキトーに抜いたら、それだったんです。停電で聴けませんけど」
クルィーロが言うと、メドヴェージの唇が淋しげな笑みに緩み、すぐ引き締められた。ティスが横から覗いて見上げる。
「おじさんの好きなお歌?」
「ん? 特に好きってワケじゃねぇが、こっちはラジオの天気予報。こっちは俺らがガキの頃、学校で毎日やってた体操のヤツだ」
「あ、天気予報知ってるよ! あれって『この大空をみつめて』って言うのー」
ジャケットの虹に書かれた曲名を読み上げ、ティスが感心する。
「知らなかったー……でも、これ、どっちもピッタリな感じ。ねぇ、アマナちゃん?」
アマナはクルィーロにしがみついたまま、幼馴染に顔だけ向けた。
もう一度同じことを聞かれ、メドヴェージの手元を見る。
「天気予報はいいけど、もう一個は……聴いてみないとわかんないよ」
若い世代は、国民健康体操を知らない。
レノが話題を変えた。
「調理器具、取りに行くよ。厨房って五階だっけ?」
「念の為に魔法使いも行った方がいいが……頼まれてくれるか?」
「いいですよ」
ソルニャーク隊長に軽く応じ、クルィーロはアマナの肩をやさしく叩いた。
「じゃあ、今度はすぐ戻るから」
アマナはこくりと頷き、クルィーロから離れた。
「荷物持ちは俺が行く。隊長は休んでてくだせぇ。坊主、これ持って待ってろ」
メドヴェージはレコードをモーフに渡し、空になった買物袋を拾い上げた。
クルィーロ、レノ、メドヴェージの三人で、五階に上がる。
若いとは言え、クルィーロは日頃の運動不足が祟ったのか、階段を一気に昇ると息が切れた。三階で少し休憩し、また昇る。
走るのが好きなレノと、メドヴェージは平気な顔だ。鍛え方が違うらしい。
……こんな息切れしてちゃ、呪文唱えるどころじゃないな。
「こいつは大したモンだ!」
メドヴェージが歓声を上げる。
レノは、食堂の入口付近に積んだ食糧をざっと見て厨房に入った。クルィーロも後を追う。
棚を探し、未開封の瓶入り油や調味料を買物袋に入れ、金属製のフォーク、ナイフ、スプーンは、ペーパーナプキンに包んで入れる。
鍋とフライパン、俎板を別の袋に入れ、ナプキンと布巾で厳重に包んだ包丁も追加した。
☆昔の音を仕舞ってある部屋でみつけた……「0114.ビルの探索へ」「0115.昔の音の部屋」参照




