1187.紛れ込む犯罪
マリャーナ宅に戻ると、ネモラリス建設業協会の職人たちが食堂からどこかへ行き、ファーキルはパソコンの部屋で作業中だ。
何やら忙しそうに入力する手を止め、薬師アウェッラーナとパドールリクに笑顔を向ける。
「忙しいのにごめんなさいね」
「もう知ってるかもしれないけど、王立職業紹介所で改めて、難民向けの就労支援を聞いて来たんだ。これ、チラシ。各区画一枚ずつだけど」
パドールリクは笑顔を返し、職業紹介所の職員が用意してくれた紙袋を空き机に置いた。
「ありがとうございます。アミトスチグマの役所って、思ったよりアナログ情報が多くて、ホントはちょくちょく見に行った方がいいんでしょうけど、ボランティアの人たちにも色々都合があって……」
少年の顔が曇る。
「そんな……ファーキル君のせいじゃないんだから気にしないで。凄く頑張ってくれてるし」
アウェッラーナは、まだ十代のファーキルが背負い込むのことの方が気懸りだ。
そもそもの原因は、アーテルがネモラリスに仕掛けた戦争で、大元を辿れば、ネモラリス内の一部勢力が、国民に無断で極秘裏に魔法生物の兵器利用を研究したせいだ。
外国人で、研究が始まった当時、生まれてすらいないファーキルが、責任を負うべきことではない。
「頑張ったって、それがいい方に行くとは限らないんで……」
ファーキルの声がやけに暗い。
「どうしたの? 何かあったの?」
「差し支えなければでいいから、教えてくれないかな。話すことで頭の中が整理されて、解決のヒントが見えることもあるから」
パドールリクが空いた椅子に腰を下ろし、アウェッラーナも少し離れた席から椅子を寄せて座る。
ファーキルは身体ごと二人に向き直り、ポツリポツリと話し始めた。
アミトスチグマ商工会議所や、湖南経済新聞など同国内に本社を置く大手マスコミも、ネモラリス難民に対する民間独自の支援を表明した。生活物資などの現物支給の他、就労の斡旋や就職情報の発信も行う。
ファーキルは、王立職業紹介所経由ではない民間の就職情報を収集した。
最近のものをまとめて紙に印刷し、難民キャンプ各区画の集会所やテント村の複数個所に貼り出してもらった。
「その中にあった運送の仕事が……密輸で」
「密輸……」
「それで働いた難民の人が、ジゴペタルム共和国の警察に捕まって、今、アミトスチグマ王国の弁護士会の人が、何とかならないか動いてくれてるんですけど、まだ全然……」
涙を堪えた顔が苦しげに歪む。
「それは、君のせいじゃないよ。悪事を働く人が本気で騙しに掛かったら、大人でも見抜けない。だから、新聞か何かに載ってしまうんだ」
「そうよ。ファーキル君は、私たちにできないことをいっぱいできるけど、でも、まだ子供なんだから、大人の分の責任まで背負わなくてもいいのよ」
「でも、俺はネット上じゃ“大人のフリージャーナリスト”だと思われてて、それで“真実を探す旅人”の情報を信じて、テント村の人が何人も事件に巻き込まれたんですよ」
「その運送屋さんに何人も雇われたの?」
薬師アウェッラーナが少し話を逸らすと、ファーキルは半袖シャツの肩を目許に押し当て、悔しさと共に声を吐き出した。
「他にも、給料を払わなかったり、【魔道士の涙】にされそうになって命からがら逃げてきたり、未経験なのに資格が要る危険な作業させられて、大怪我したら治療も給料もナシでテント村に送り返されたりとか……!」
大人二人は、中学生のファーキルに掛ける言葉がみつからなかった。
職業紹介所で若者に投げつけられた言葉を思い出し、アウェッラーナの胃が重くなる。
「それも、ファーキル君や元の情報を載せた所の責任じゃない。そんな手合いは、普段から、出稼ぎの人や家出少年を相手に同じことをする筈だ」
「でも、俺のせいで」
「強いて言うなら、ちゃんと取締まれなかったアミトスチグマ政府が責任を負うべきことだ。ファーキル君や騙された人たちのせいじゃない」
パドールリクは声を強め、少年の細い肩を叩いた。
薬師アウェッラーナは、膝の上で握った拳が震えた。
「私だって、たった今、憂撃隊の勧誘の他にも、難民を狙う人が居るって知ったばかりなのに」
「でも、俺のせいで……」
「まだ子供で、働いたことないファーキル君が知らなくたって仕方ないし、平和な頃からそう言うの、時々問題になってたのよ」
「運び屋さんたちが注意喚起しなかったなら、あの人たちだって知らなかったんだよ」
ファーキルが顔を上げ、手の甲で涙を拭ってパドールリクを見た。元会社員は、力強く頷いて微笑む。
……国内だって、お年寄りを焼いて【涙】に変えてるって聞いたけど、どこ行ってもそんななのね。
アウェッラーナは昨年、「ネーニア島北西部のガルデーニヤ市では、防壁を維持する魔力の供給源にする為、老人を殺害する」と言う噂をラクリマリスの神殿で耳にした。
空襲の焼跡は今、どんな状態なのか。何の情報もない。
二人は、アンケート結果の在り処を紹介所に教えた件を伝え、パソコンの部屋を出た。




