1186.難民支援窓口
アミトスチグマの職業紹介所は、ネモラリスのそれとは全く様子が違う。
ネモラリスでは、業種別で求人伝票を挟んだ台帳があり、窓口でどんな仕事がいいか伝えると、係員が相談に乗りながら調べてくれる。
一週間分の新着求人は、日別の掲示板に貼り出される。午前中は人垣が厚く、本日分の掲示板に近付くのも一苦労だ。
アミトスチグマでは、係員の人数がとても少ない。その代わりなのか、受付と相談係の席には、一人一台ずつノートパソコンがあった。
奥にずらりと並ぶ席には「検索コーナー」の札が立ち、こちらも各席にパソコンが置いてあった。求職者は自分で探す仕組みらしい。
アミトスチグマでも、掲示板やチラシ置き場はネモラリスと同じような作りだが、見る者は殆ど居なかった。
アウェッラーナとパドールリクは、新着求人の掲示板に目を通した。
入口の表示をよく見ないで入ってしまったが、どうやらここは、力なき民専用の紹介所らしい。資格不問、学派不問、魔力不要の求人ばかりだ。
学派不問、魔力不要で呪符職人の求人をみつけた。呪符を書く人物と魔力を籠める人物は、別でも構わないからだ。資料の分類作業で【可能性の卵】学派の求人もある。
改めて見回すと、来所者は様々な髪色だが、緑髪はアウェッラーナだけで、見える範囲に首から徽章を提げた者は居なかった。
パドールリクは熱心に職種や条件などを手帳に控える。
資格等を問わない単純労働が多く、大半はパートやアルバイトなどの非正規雇用だ。【魔力の水晶】を充填するアルバイトをみつけたが、特記事項に「但し、作用力のない者に限る」とある。魔力はあっても作用力がない為、自力では魔法を使えない者への救済措置的な求人らしい。
アウェッラーナは階段前の案内板を見た。
この建物に配置されたのは、「一般求人」と「初級求人」を扱う部門だ。
一般は、基本的に資格等を問わない臨時の仕事で、飲食店の給仕などが多く、力なき民向け。初級は、力ある民は学派を【霊性の鳩】に限り、力なき民には語学やパソコン操作の基礎検定合格などの資格が求められ、臨時雇用だけでなく、常勤雇用も取り扱う。
初級求人の部門は三階にあった。
二階は就職講座や説明会に使う会議室があり、今日も「面接の受け方講座」の手書き札が掛かる。
少し離れた別の建物には、中級と上級の職業紹介所が入り、手続き関連は更に別の建て物だ。
……ずっと景気いいから、こんなに紹介所が大きいのね。
中級は、特定の学派を修めた専門家と、力なき民の資格所持者向けの求人だ。
力ある民は、肉屋などの【弔う禿鷲】学派、力なき民は、運転や調理師の免許、商業簿記の等級などが例示してある。どちらも経験不問で、高校や大学を卒業したばかりの若者限定の求人もここで扱う。
同じ建物の四階は、専門家の力ある民と、国家資格を持つ力なき民向けで、例示されるのは呪医の【白き片翼】学派や科学の医師免許、弁護士などの士業だ。
こちらは、「新卒の他は、実務経験十年以上の割合が高い」と但し書きがある。
アウェッラーナは、それぞれ手帳に控えてチラシ置き場に移動した。
「おねーさん、ここ、湖の民用のはないッスよ」
茶髪の青年が、アウェッラーナに不審の眼差しを注ぐ。Tシャツと綿パンは汗に濡れ、呪文の刺繍はひとつもない。
「えっと、ちょっと知り合いに頼まれて、代わりに見に来たんです」
「へぇー、そいつスゲーッスね。力なき民のクセに湖の民の薬師さんパシらせるとか、何者なんスか?」
やや棘のある声だ。緑髪の薬師に上から下まで視線を走らせ、値踏みする。
先程、薬の素材屋で【思考する梟】学派の徽章を見せ、服の中に仕舞い忘れたことを軽く後悔した。
不穏な空気を感じた来所者たちが、チラチラ視線を送る。場違いな湖の民に向けられる目は厳しい。
窓口の係員たちは、こちらへ顔を向けたが、すぐ自分たちの仕事に戻る。
答えられないでいると、青年は奥に顎をしゃくった。
「難民用はあっち。地元民用ンとこまでハミ出すの、やめてくンない?」
「ご、ごめんなさい」
アウェッラーナは険しい視線に追い立てられ、衝立で仕切られた区画へ急いだ。
薬師アウェッラーナは「難民支援」の貼り紙がある衝立の前で足を止め、振り向いた。パドールリクが微かに顎を引き、チラシ置き場に移動する。
衝立の向こうからは話し声が聞こえない。
アウェッラーナは思い切って中に入った。
初老の女性が、パソコンの画面から視線を移す。
「あのー……すみません。難民キャンプでできる、力なき民向けの、内職っぽいお仕事って、ありませんか?」
条件を区切って告げると、難民支援の担当者は緑髪の薬師に座るよう促した。パソコンを操作し、画面に目を走らせながら言う。
「先週、一件出たんですけど、もう決まって……今は……ありませんね」
「そうですか……」
「インターネットの接続環境があれば、翻訳のお仕事が……二件ありますが」
「街に近い区画なら、タブレット端末が……えっと、ボランティアの方が、集会所に共用のを置いて下さってるんですけど、パソコンじゃなきゃ無理ですか?」
「業務上の秘密や、作業時間のこともありますので、みなさんでお使いの端末では難しいでしょうね」
「そうですね……」
アウェッラーナが肩を落とすと、担当者は少し明るい声を掛けた。
「ここに来られた難民の上級職の方は、あなたが初めてなんです」
「徽章をお持ちの専門家は、どの職種でも難民キャンプの生活を支えるのに精一杯なんです。街に出て就職したら、困ってるみなさんを見捨てることになりますから」
担当者の目が「では、何故ここに居るのか」と問う。
「私はネモラリスに居て、本国とラクリマリス、アミトスチグマの支援情報とかを難民キャンプに届けて、帰りに難民キャンプのことをネモラリスの人に伝える活動をしています」
「ここには、難民の方々の生の声がなかなか届かなくて、支援の方法そのものが見当違いなのかもしれないと……個人的に思っています」
声を潜めた担当者にファーキルのサイト「旅の記録」を教える。少し前のものだが、アンケート結果を見れば、有効な対策のヒントがみつかるかもしれないと、望みを託した。




