1185.変わる失業率
ファーキルも、ネモラリス建設業協会の大人たち同様、眉間に皺を刻んで言う。
「アミトスチグマの役所の人は、反撃されるワケじゃないから、伐っちゃえって言うんですけど、パテンス市の建設業組合の人は、主神派が多いんで」
「あぁ、みなさん、木を大切にされますもんね」
パドールリクが頷く。
木霊に命乞いされては、伐れなくなるのも無理はない。
秦皮の大樹となったフラクシヌスの信者でなくとも、気分的に難しいだろう。湖の民のアウェッラーナにも想像がついた。
……私だって、そんなのムリよ。
大森林は、アミトスチグマ王国の大部分を占める。
開発されなかったのは、かつて強い魔獣が居たからと言うだけではなく、こんな理由もあったのかと納得する。
「王国政府は、大森林の開拓を進めたいのですよ」
「五百年ばかり前、隣のセリア・コイロスが滅びた時は、流入した難民に平野部で農地を開墾させました」
「それで食糧自給率が上がって栄えたから、あわよくばと思うのでしょうな」
「今回はネモラリス難民に森の開発を……」
年配の協会員たちが忌々しげに言う。
かつてのアミトスチグマ王国では、周辺国との貿易、ラキュス湖の漁と平野部での牧畜、大森林の浅い部分での採集を生業とする者が多く、季節毎に移動して暮らした。夏と冬の都はその名残だと言う。
急激な人口増加に対する苦肉の策で、当時は牧畜民の反発があった。だが、現在まで対立を引きずることなく、亡国の民とその子孫もアミトスチグマ王国の一員として繁栄を支え、その恩恵に浴する。
「今回も上手く行く自信があるから、ネモラリス難民を受け容れて、森林開発を担わせるのではありませんか?」
パドールリクが聞くと、年配の建築家が低く呻いた。
「長い目で見れば、そうかもしれません。ですが、当時は収穫直前の麦畑が焼討ちに遭ったそうで、初期の対立はかなり激しかった、と農家の方々からお伺いしました」
「古くからの住民の一部は、未だに農家の人を他所者扱いするそうなので、安心はできません」
アウェッラーナとファーキルは同時に嘆息した。
どうやら、ラクリマリス王国の神殿で耳にした噂の一部は本当だったらしい。
「アミトスチグマ政府が難民を跳べなくして、大森林の開拓民にするつもりだって噂を聞いたんですけど……」
「わざわざ【制約】なんかしなくても、何割かは帰りたくても帰れんさ」
年配の建築職人が肩を落とす。
「要の木を伐ったりなんかしたら、風当たりがキツくなるに決まってらぁ」
「ただでさえ、仕事を横取りされたの候のってうっせえのに」
難民キャンプだけでなく、縁故を頼った者や、アミトスチグマ王国政府と企業の就労支援を活用して職にありつき、街で暮らすネモラリス人も居る。
「難民の統計には上がって来ないんで、人数はわからないんですけど」
「ファーキル君、アミトスチグマの失業率ってわかるかな? 速報値でいいんだけど」
パドールリクが遠慮がちに聞くと、ファーキルはすぐにタブレット端末をつついた。
「えっと、速報値、二か月前の労働省発表が最新みたいですね」
「ありがとう」
画面を見ながら読み上げる。
「力ある民が二.四パーセント、力なき民は十五.七パーセント。でも、自国民と難民の分類はしてないみたいですね
……アミトスチグマでも、力なき民の人ってこんな大変なのね。
緑髪の薬師アウェッラーナは、パドールリクの横顔を見た。
父として、我が子の為に仕事を捨てた力なき民が更に問う。
「開戦前……二一九〇年八月はどうかな?」
ファーキルは、それもすぐに出した。
力ある民は一.九パーセント、力なき民は一二.六パーセントだと言う。
「ネモラリス難民の流入だけはなく、ラクリマリスの湖上封鎖の影響もありますが、アミトスチグマ政府は、これに対して何と?」
「ニュースで見た限り、難民やラクリマリス政府を批難する発表って、ありませんよ」
ファーキルは、小さな画面に表示された検索結果に視線を走らせ、パドールリクに答える。
日々、ニュースなどで情報を集め、分類や分析を行う彼は、大人のアウェッラーナたちよりずっと詳しい。
「批難したり、自国民の不満や不安を煽るような発言をすれば、両国との関係が悪化するからね。王国政府は対外的には常識的な対応だけど……」
パドールリクは言い澱んだ。
……難民が泥を被るのわかってて、それでも大森林を開発したいのね。
居候の身では、地元民に辛く当たられても言い返せない。アミトスチグマ政府には、ネモラリス難民の本音は届き難いだろう。
「でも、バザーや慈善コンサートに来た人たちは、みんなやさしかったんで」
「まぁ。色んな奴が居るだろうからなぁ」
出店を手伝ったファーキルが、半ば独り言のように庇うと、職人たちが頷いた。
灰色頭の協会員が、何か思い出した顔で呟く。
「そう言えば、マリャーナさんの会社で木材輸出がどうのって、こっちの新聞に載ってたな」
「話を戻そう。道、どうするよ?」
年配の【穿つ啄木鳥】学派の職人が仕切り直す。
アウェッラーナとパドールリクは、荷物を置かせてもらい、王立職業紹介所へ向かった。




