1183.高校生の放送
クフシーンカは八月最後の土曜、新聞屋の夫婦と一緒に東教会へ出掛けた。絵本が片付いた集会室で、ラジオに耳を傾ける。
「みなさん、こんにちはー! リストヴァー区立中央高校放送部と」
「不死鳥の東高校放送部がお届けする『星の囁き』のお時間です!」
「今週は夏休み特番で一時間です」
「いつもの四倍! 張り切って行きましょう」
女子高生三人の声に続いて、男子の声が宣言する。
「今回は、合唱部のみんなにお願いして、音楽特集をお届けします」
「いつもの四倍だからって余計なコト言うヒマないんで、早速、一曲目です!」
「歌は、西高校、中央高校、東高校の合同合唱部のみなさんで、『巡る日の始まり』です」
男子高校生が告げたのは、キルクルス教の聖歌だが、原曲は【歌う鷦鷯】学派の呪歌【空の守り謳】だ。
聖歌隊の一角を成すだけあって、合唱部員の歌は素晴らしかった。
……でも、これが呪歌だと知ったら、どうなるんでしょうね。
フェレトルム司祭の礼拝と星の標への再教育で、聖典に魔法が載ると知れ渡ったが、自分たちが聖歌と信じて歌い続けた曲が「歌の魔法」だったと知れば、動揺は大きいだろう。
知識として認識することと、自分が実際に術を行使するのとでは全く違う。
第二回放送の話によれば、力なき民が共通語で歌ったところで何の効果もないそうだが、これは気持ちと信仰の問題だ。
特別番組「花の約束」第二回放送の存在は、第一回の反応を見て、明かすか否か決める。
連続して流れた四曲はすべて聖歌だ。大工の娘が言った通りの構成で、クフシーンカの枯れた掌にじっとり汗が滲む。
平和な頃の歌謡曲は、放送局が戦時下であることを鑑み、許可しなかったのかもしれない。
「ラジオで音楽聴くの、久し振りね」
「ホント。ゾーラタ区の人たちも聴いてくれてるかな?」
「高校生のコたち、気が利くなぁ」
寄付された古着を解いて布小物の素材にする者たちは、手を休めることなくラジオの感想を口にした。
「次は、東教会に歌詞を貼ってる『すべて ひとしい ひとつの花』です」
「平和の祈りが込められた歌です」
「歌詞の欠けた部分、リスナーのみなさんも一緒に考えて下さい」
高校生のアナウンサーが元気いっぱいに告げた直後、無伴奏で、透明感のある歌声が広がる。
あの日、ここで命を懸けて謳った者の顔色が変わったが、ラジオを消せとは言わなかった。
ネミュス解放軍の襲撃を逃れ、クブルム街道へ向かった者、自宅や職場で息を潜めた者、団地地区や農村地区へ逃れたが、どうにか戦闘をやり過ごせた者は、初めて耳にした歌に手を止めて聞き入る。
歌詞のない部分はハミングだが、他は明瞭な発音で一語一語が聞き取りやすい。
「お聞きいただいたのは、未完の曲『すべて ひとしい ひとつの花』でした」
「歌詞は、東教会に貼ってあります」
「みなさんも是非、歌詞の欠けた部分を考えて下さい」
リストヴァー自治区に侵攻した解放軍の副官グレムーチニクは、フラクシヌス教の神話が「すべて ひとしい ひとつの花」本来の歌詞だと指摘した。
だが、インタビューの記録係として呪医に連れて来られたラゾールニクは、それを肯定しつつ、ラキュス・ラクリマリス共和国の共和制移行百周年記念の歌だと語り、半世紀の内乱がなければ、カリンドゥラが歌う筈だったとも言った。
……どうして、百周年にフラクシヌス教の祭礼の旋律を流用したのかしら。
きな臭くなった世相のせいで、作曲者を確保できなかったのだろうか。
副官グレムーチニクは、曲名を「女神の涙」と言った。
それが本当なら、キルクルス教徒だけでなく、フラクシヌス教徒でも、主神派や他の神々を信仰する者の反発を招いたのではないか。
……カリンドゥラは、新しい歌詞が完成しなかった理由を知ってるかしら。
クフシーンカの思考は、DJレーフの声で中断した。
外国の放送局の番組を丸々流す件について、国営放送リストヴァー支局の許可が下りたことを意外に思ったが、懸念がひとつ消えてホッとする。
「これ、あの時のアナウンサー……?」
何人かが気付いて囁き交わす。
ラクリマリス王国の放送は、所々わからない単語が混じる。
恐らく、インターネットに関することなのだろうが、かつてひとつの国だった隣国が、三十年で遠い所へ行ってしまったような淋しさを覚えた。
……でも、よく考えたら当然ね。
ラクリマリス王国は、ラキュス湖周辺地域の国々から多数の巡礼者が訪れ、インターネットの設備もある。
巡礼や観光は、多様な人々との交流をもたらし、異なる文化や価値観、視点に触れる機会を自然に与えるが、ネモラリス共和国には、それがない。
クフシーンカは、湖の民のラキュス・ネーニア家が聖地を手放し、ネモラリス共和国で庶民として生きる道を選んだのを不思議に思った。
共和制移行時に世俗の権力を手放しても、湖の女神パニセア・ユニ・フローラに仕える聖職者としての役割は残る筈だ。
内乱前に見た限り、一般の神殿には湖の民の聖職者が大勢居た。
女神の血に連なると言うラキュス・ネーニア家の者たちは、主神フラクシヌスを奉ずるラクリマリス王家と袂を分かった。【女神の涙】が安置されると言う王都ラクリマリスの大神殿からも、完全に手を引いてしまったのだろうか。
ラジオから次々流れる曲に集会所の者たちの表情が目まぐるしく変わる。
特別番組「花の約束」の録音部分が終わり、アナウンサーの卵が早口に告げた。
「楽譜は後で配ります」
「学校とかで」
「以上、『星の囁き』でした」
「来週からは十五分にもど」
時間切れで音声が別番組に切替った。
「ラクリマリスでも、フェレトルム司祭みたいなコトいうのね」
「意外よね」
「フラクシヌス教の国になったのに」
「ホントにラクリマリスの放送なのか?」
動揺とざわめきが集会所を満たし、作業どころではなくなった。
☆『巡る日の始まり』……「1150.意味のない歌」参照
☆あの日、ここで命を懸けて謳った者……「900.謳えこの歌を」「905.対話を試みる」参照
☆副官グレムーチニクは、フラクシヌス教の神話が「すべて ひとしい ひとつの花」本来の歌詞だと指摘……「905.対話を試みる」参照
☆インタビューの記録係として呪医に連れて来られたラゾールニク……「887.自治区に跳ぶ」「900.謳えこの歌を」参照
☆【女神の涙】が安置されると言う王都ラクリマリスの大神殿……「684.ラキュスの核」参照




