1182.若者らの活動
特別番組「花の約束」第一回放送分が終わり、菓子屋の亭主がカセットテープを第二回の物と交換する。
「これ、放送部のコに言って、ラジオで流してもらいませんか?」
大工の娘が背筋を伸ばして言った。
第一回放送分を収めたカセットテープの裏面には、番組で使用された楽曲が単体で録音してある。
天気予報のBGM「この大空をみつめて」、難民の少女が国民健康体操の曲に歌詞を付けた「みんなで歌おう」、未完の曲「すべて ひとしい ひとつの花」、そして、聖典の秘密を謳う「真の教えを」だ。
「高校の放送部の枠は、確か、十五分だけよね?」
「曲だけ流してもらうのかい?」
銀行員の妻が聞くと、菓子屋の亭主が楽譜の束を捲った。横から覗いた菓子屋の妻が溜め息を吐く。
「どれ流すか、決めるの大変ねぇ」
「来週……今月最後の土曜は、夏休み特番として一時間もらったって、中高の後輩から聞きました」
大工の娘が木箱から立ち上がり、ラジカセの横に立てた番組進行表を手に取る。
「生放送で一時間。中高と東高の合唱部が一緒に歌って録音して、それとトークを流すそうなんです」
放送中にリクエストは受付けられないが、合唱部員があちこちでアンケートを取り、希望が多かった曲を収録する。
平和な頃にFM放送でよくあった音楽番組のような構成だと言う。
東高――リストヴァー自治区立東高等学校は、あの冬の大火に呑まれた。校舎は再建されたが、放送や音響の設備までは予算が回らない。
生徒と教員も多くが失われた。
大火以前の東地区は、粗末なバラックが建ち並ぶ貧困地域で、区画整理事業が一段落した現在も生活は苦しい。貧しさ故にアルバイトに追われ、同好会活動に参加する生徒は少なかったが、放送局への就職が有利になる放送部と、聖歌隊の一角を成す合唱部は活動が盛んだった。
生き残った部員は、団地地区にある中央高校と合同で活動を続ける。
「もう決まってるとこに捻じ込もうってのかい?」
菓子屋の亭主が「感心しないな」と眉根を寄せると、彼の妻も頷いた。
「歌は五曲。こっちは録音も済んだんですけど、来週、本番なのにまだトーク内容が決まらなくて、みんな困ってるそうなんです」
「それで、どうするんだい?」
「先に合唱部の歌をばーっと流して、ちょこっと解説して、この三十分の番組を丸々流したら、時間丁度くらいかなって思うんですけど」
「時間ぴったりでも、放送の勉強にならないから、局の偉い人が許してくれないんじゃありませんこと?」
銀行員の妻が顔を曇らせる。
女子大生は自信に満ちた目で大人たちを見回した。
「このDJって、あの時、解放軍の約束を読み上げた人ですよね?」
「えぇ。そのようね」
直接会って話したクフシーンカが頷くと、女子大生は力強く言った。
「それなら大丈夫だと思うんです。東地区のリクエストは『すべて ひとしい ひとつの花』が多くて、こっちは許可が取れたからイケるんじゃないかなって」
「そうだったの?」
「はい。あの時、礼拝堂に居た御寮人様たちに教えていただいたそうです」
クフシーンカは、若者たちが自分の知らないところで、そんな活動を始めたことが嬉しかった。
あの日、東教会に避難して共に謳った自治区民はほんの一握りでしかない。
この歌の心が自治区全体に広まれば、ラクエウス議員が命を賭して力を尽くす国家再統合に僅かでも近付けるのではないか。
老いた胸に淡い希望が芽生えた。
「まぁ、歌詞の内容、フェレトルム司祭様のお話と大体一緒ですものね。ダメ元で聞くだけ聞いてみればいいんじゃない?」
菓子屋の妻が微妙な顔で、半歩前向きなことを言う。
大工の娘は勢いを得て拳を握った。
「放送は広める手段のひとつって割り切って。もし、ダメって言われても、中高でダビングして、ラジカセで地道に広めて回るとか、他に方法は色々ありますし、やる前から諦めてちゃ、何もできませんよね」
クフシーンカは、逆風をしなやかに躱そうとする若く柔軟な発想に感心し、安心した。
……これからは、若いコたちに任せた方が上手くゆきそうね。
第二回放送も試聴し、ひとまずこちらの存在は伏せることに決まった。
「じゃ、ウチでダビングして保険にして、それから放送分のコにプロ用とこれ、両方預けよう」
「カセットテープの調達はお任せ下さいな」
菓子屋の亭主がカセットテープを手に取り、銀行員の妻が引受けた。
夏休み特番の前日、壁新聞が完成した。
大学生たちが、すっかり慣れた手つきで書き写し、教会や小中学校の掲示板貼り出しに行く。
男子学生の中から、フェレトルム司祭と共にクブルム街道に登る者が現れた。下山後に司祭とタブレット端末を囲んで、インターネットのニュースについて議論するのだと言う。
司祭が礼拝で語らなかった件も、彼らの情報から壁新聞に少し取り入れた。詳細は、学生有志が全文を清書して複数の場所に保管する。
放送当日、八月最後の土曜。
フェレトルム司祭は、いつも通り学生たちと共に山へ向かった。
☆天気予報のBGM「この大空をみつめて」……「170.天気予報の歌」参照
☆難民の少女が国民健康体操の曲に歌詞を付けた「みんなで歌おう」……「275.みつかった歌」参照
☆未完の曲「すべて ひとしい ひとつの花」……「275.みつかった歌」「774.詩人が加わる」参照
☆聖典の秘密を謳う「真の教えを」……「0987.作詞作曲の日」「1018.星道記を歌う」参照
☆高校の放送部の枠は、確か、十五分だけ……「1146.交流とラジオ」参照
☆あの冬の大火……「054.自治区の災厄」「055.山積みの号外」「212.自治区の様子」~「214.老いた姉と弟」参照
☆校舎は再建された……「276.区画整理事業」参照
☆このDJって、あの時、解放軍の約束を読み上げた人……「0939.諜報員の報告」「0955.ラジオの録音」参照
☆直接会って話したクフシーンカ……「916.解放軍の将軍」「919.区長との対面」参照
☆あの日、東教会に避難して共に謳った自治区民はほんの一握り……「900.謳えこの歌を」「905.対話を試みる」参照
※ クブルム街道に登らなければ電波を拾えない……「1079.街道での司祭」「1080.街道の休憩所」参照
※ フェレトルム司祭は、礼拝前の雑談としてネットの情報を語る……「1107.伝わった事件」参照




