1178.売上げの寄付
難民キャンプの集会所を一歩出た。
森林の清々しい風が、三人の頬をやさしく撫でて通り過ぎる。
アミエーラがホッとして顔を上げると、第十五区画診療所の前に見知った顔が居た。整然と並ぶ鉢植えが、肩越しに見える。
「ラゾールニクさん」
アミエーラより先にオラトリックスが声を掛けた。
「お疲れ様です。今回の【道守り】も上手く行ってよかったです」
「えぇ。お陰さまでこの辺りは随分、歩きやすくなりましたから」
「今回はCDの売上げ持ってきたんですよ」
ラゾールニクが、掌大の布袋を目の高さに持ち上げた。
金髪の中年男性が、鉢植えの手入れをする手を止め、振り向いて立ち上がる。
「薬草の種子、手に入ったんですか」
「どうも。種類は何とか揃えられたんですけど、数はあんまり……」
「いえいえ、とんでもない。ありがとうございます」
金髪の男性は、蔓草の籠に枯れ葉を入れ、布袋を受け取った。
「戦争が終わったってすぐ帰れるとは限りませんからね。長期戦ですよ」
種子を受け取った男性が力なく笑う。
アミエーラは胸が痛んだ。
……私にできることって、もっとないのかな?
「サフロールさん、この人たちが例のCDで歌ったんだ。オラトリックスさんは歌唱の指導もしてくれて」
「あなたたちが? 【道守り】ばかりか、こんなことまで……恐れ入ります」
サフロールが目を潤ませ、アミエーラは恐縮して口籠った。
アルキオーネが胸を張って応える。
「こちらこそ、お役に立てたみたいで嬉しいです。力なき民でも、みんなの為にできるコトがあるってわかって、逆に励まされました」
「お嬢さんも力なき民なのかい。俺もなんだ。お互い頑張ろうな」
「はい。ありがとうございます」
アミエーラは、アルキオーネの笑顔が眩しく映り、思わず俯いた。
視界に入った袖や裾の刺繍は呪文と呪印。傍目に「力ある民」とわかりやすい恰好だったと思い出し、自分が別人になってしまった気がした。
……私、何者で、何になろうとしてるのかな?
「薬師さんが来てくれても、素材がなきゃ薬は作れません。俺らが薬草を育てれば、薬師さんは製薬に集中できますからね」
「そうそう。【畑打つ雲雀】学派の人らに開墾してもらえたら、後は力なき民の人たちでもできる作業多いし、役割分担してけばいいんですよ」
ラゾールニクの明るい声で、アミエーラは顔を上げた。
サフロールが、複数種類の薬草が植わった鉢を見回す。
「バザーが始まった頃、力なき民でも作れる薬の指南書が配られて、薬草園を手伝ってくれる人が増えたんですよ」
「歌う人、録音する人、複製する人、宣伝する人、売る人、種子に交換する人、畑を作る人、薬草や作物を育てる人、薬を作る人……会ったこともない大勢の縁が繋がって、お薬ができて、助かる命があるのです。無駄なことなんてひとつもありませんし、みんな何かしら、できることがございますのよ」
オラトリックスが、年配のフラクシヌス教徒らしいことを言う。
アミエーラは、内陸部深くのこの森で、満々と水を湛えて陽光にきらめくラキュス湖が見えた気がした。
「この間、バザーに行った人たち、みんな神殿にお参りまでさせていただいて、疲れてるハズなのにすっかり元気になってたんですよ」
「よろしゅうございましたわね」
オラトリックスの上品な微笑は本当に嬉しそうだ。
「えぇ、お陰さまで。それで、バザーでよく売れる物を増やして、今度は他の人たちもお参りに行けるように、みんなで呪符作り頑張ってるとこなんですよ」
「呪符、割とすぐ完売したもんなぁ」
ラゾールニクが頷く。
「香草茶とクッキーも割と評判よかったけど、そっちは作らないんですか? 来週も出店するんですよね?」
「クッキーは……小麦粉は難民キャンプの食事に回すことになったんですよ」
「あー……人数増えましたもんね」
アルキオーネが訳知り顔で相槌を打つ。
「お茶は、森で採れた果物を乾物にして混ぜて売るんで、まぁ」
「そっちはいいんですか?」
「果物もここで食べた方がいいってハナシも出たんだが、それじゃお茶が売れないからって、結局こうなったんだ」
サフロールは肩を竦め、アルキオーネに困った顔を向けた。
「あら、お茶はここのみなさんで召し上がらないんですの?」
オラトリックスが意外そうに聞く。
心を落ち着ける薬用の香草茶は、ここでこそ必要とされる筈だ。
「この間のバザーで、まとめ買いして【魔力の水晶】をくれたお客さんが居たそうなんで、あわよくばってことで……」
「日持ちするから、余っても大丈夫そうですものね」
オラトリックスはサフロールの説明に納得して言った。
「先程、集会所でお伝えしそびれたんですけれど、十一月の慈善コンサートの日程が決まりました」
「これはどうも、恐れ入ります」
「それで、各区画から二人……力ある民と力なき民、お一人ずつ合唱に加わっていただけないかと思いまして」
「何を歌うんです?」
サフロールはやや不安そうに眉を下げた。
各区画からの寄せ集めでは、練習で集まるのも一苦労だ。
「曲は以前、楽譜をお配りしたものですから、心配ありませんわ」
オラトリックスがにっこり微笑んで題名を並べる。「女神の涙」と「すべて ひとしい ひとつの花」それに「みんなで歌おう」の三曲だが、「女神の涙」と「すべて ひとしい ひとつの花」は同じ旋律なので、実質二曲と言っていいだろう。
「今回、お二人だけなので人選が大変だと思いますが、よろしくお伝え下さい」
「必ずお伝えします」
「オラトリックスさんって次来るのいつでしたっけ?」
ラゾールニクが、ポケットからタブレット端末を出して聞く。
「十日後です。また【道守り】に参りますので、その時にも改めてお話しさせていただきますが、ご伝言よろしくお願いします」
各区画二人ずつでも、二十七区画もあれば、五十四人にもなる。
バスだけでなく、移動中の水や食糧を手配するだけでも大変だ。
「なるべく、今まで行けなかった方から選ばれますよう、お伝え下さい」
オラトリックスは何度も念押しして【跳躍】した。
☆サフロール……「739.医薬品もなく」「805.巡回する薬師」「929.慕われた人物」「0986.失業した難民」参照
☆力なき民でも作れる薬の指南書が配られ……「1093.不安への備え」「1094.知識を伝える」参照
☆この間、バザーに行った人たち、みんな神殿にお参り……「1114.バザーの出店」~「1116.買い手の視点」「1128.情報発信開始」参照
☆以前、楽譜をお配りした……「771.平和の旗印を」参照
☆「女神の涙」と「すべて ひとしい ひとつの花」……「531.その歌を心に」参照
☆「みんなで歌おう」……「275.みつかった歌」参照




