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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十一章 求心

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1178.売上げの寄付

 難民キャンプの集会所を一歩出た。

 森林の清々しい風が、三人の頬をやさしく撫でて通り過ぎる。

 アミエーラがホッとして顔を上げると、第十五区画診療所の前に見知った顔が居た。整然と並ぶ鉢植えが、肩越しに見える。


 「ラゾールニクさん」

 アミエーラより先にオラトリックスが声を掛けた。

 「お疲れ様です。今回の【道守り】も上手く行ってよかったです」

 「えぇ。お陰さまでこの辺りは随分、歩きやすくなりましたから」

 「今回はCDの売上げ持ってきたんですよ」

 ラゾールニクが、掌大(てのひらだい)の布袋を目の高さに持ち上げた。


 金髪の中年男性が、鉢植えの手入れをする手を止め、振り向いて立ち上がる。

 「薬草の種子、手に入ったんですか」

 「どうも。種類は何とか揃えられたんですけど、数はあんまり……」

 「いえいえ、とんでもない。ありがとうございます」

 金髪の男性は、蔓草(つるくさ)の籠に枯れ葉を入れ、布袋を受け取った。


 「戦争が終わったってすぐ帰れるとは限りませんからね。長期戦ですよ」

 種子を受け取った男性が力なく笑う。

 アミエーラは胸が痛んだ。


 ……私にできることって、もっとないのかな?


 「サフロールさん、この人たちが例のCDで歌ったんだ。オラトリックスさんは歌唱の指導もしてくれて」

 「あなたたちが? 【道守り】ばかりか、こんなことまで……恐れ入ります」

 サフロールが目を潤ませ、アミエーラは恐縮して口籠った。

 アルキオーネが胸を張って応える。

 「こちらこそ、お役に立てたみたいで嬉しいです。力なき民でも、みんなの為にできるコトがあるってわかって、逆に励まされました」

 「お嬢さんも力なき民なのかい。俺もなんだ。お互い頑張ろうな」

 「はい。ありがとうございます」


 アミエーラは、アルキオーネの笑顔が眩しく映り、思わず(うつむ)いた。

 視界に入った(そで)(すそ)の刺繍は呪文と呪印。傍目(はため)に「力ある民」とわかりやすい恰好だったと思い出し、自分が別人になってしまった気がした。


 ……私、何者で、何になろうとしてるのかな?


 「薬師(くすし)さんが来てくれても、素材がなきゃ薬は作れません。俺らが薬草を育てれば、薬師(くすし)さんは製薬に集中できますからね」

 「そうそう。【畑打(はたう)雲雀(ヒバリ)】学派の人らに開墾してもらえたら、後は力なき民の人たちでもできる作業多いし、役割分担してけばいいんですよ」

 ラゾールニクの明るい声で、アミエーラは顔を上げた。

 サフロールが、複数種類の薬草が植わった鉢を見回す。

 「バザーが始まった頃、力なき民でも作れる薬の指南書が配られて、薬草園を手伝ってくれる人が増えたんですよ」


 「歌う人、録音する人、複製する人、宣伝する人、売る人、種子に交換する人、畑を作る人、薬草や作物を育てる人、薬を作る人……会ったこともない大勢の(えにし)が繋がって、お薬ができて、助かる命があるのです。無駄なことなんてひとつもありませんし、みんな何かしら、できることがございますのよ」

 オラトリックスが、年配のフラクシヌス教徒らしいことを言う。


 アミエーラは、内陸部深くのこの森で、満々と水を(たた)えて陽光にきらめくラキュス湖が見えた気がした。



 「この間、バザーに行った人たち、みんな神殿にお参りまでさせていただいて、疲れてるハズなのにすっかり元気になってたんですよ」

 「よろしゅうございましたわね」

 オラトリックスの上品な微笑は本当に嬉しそうだ。

 「えぇ、お陰さまで。それで、バザーでよく売れる物を増やして、今度は他の人たちもお参りに行けるように、みんなで呪符作り頑張ってるとこなんですよ」

 「呪符、割とすぐ完売したもんなぁ」

 ラゾールニクが頷く。

 「香草茶とクッキーも割と評判よかったけど、そっちは作らないんですか? 来週も出店するんですよね?」

 「クッキーは……小麦粉は難民キャンプの食事に回すことになったんですよ」

 「あー……人数増えましたもんね」

 アルキオーネが訳知り顔で相槌を打つ。


 「お茶は、森で採れた果物を乾物にして混ぜて売るんで、まぁ」

 「そっちはいいんですか?」

 「果物もここで食べた方がいいってハナシも出たんだが、それじゃお茶が売れないからって、結局こうなったんだ」

 サフロールは肩を(すく)め、アルキオーネに困った顔を向けた。


 「あら、お茶はここのみなさんで召し上がらないんですの?」

 オラトリックスが意外そうに聞く。

 心を落ち着ける薬用の香草茶は、ここでこそ必要とされる筈だ。

 「この間のバザーで、まとめ買いして【魔力の水晶】をくれたお客さんが居たそうなんで、あわよくばってことで……」

 「日持ちするから、余っても大丈夫そうですものね」

 オラトリックスはサフロールの説明に納得して言った。


 「先程、集会所でお伝えしそびれたんですけれど、十一月の慈善コンサートの日程が決まりました」

 「これはどうも、恐れ入ります」

 「それで、各区画から二人……力ある民と力なき民、お一人ずつ合唱に加わっていただけないかと思いまして」

 「何を歌うんです?」

 サフロールはやや不安そうに眉を下げた。


 各区画からの寄せ集めでは、練習で集まるのも一苦労だ。


 「曲は以前、楽譜をお配りしたものですから、心配ありませんわ」

 オラトリックスがにっこり微笑んで題名を並べる。「女神の涙」と「すべて ひとしい ひとつの花」それに「みんなで歌おう」の三曲だが、「女神の涙」と「すべて ひとしい ひとつの花」は同じ旋律なので、実質二曲と言っていいだろう。


 「今回、お二人だけなので人選が大変だと思いますが、よろしくお伝え下さい」

 「必ずお伝えします」

 「オラトリックスさんって次来るのいつでしたっけ?」

 ラゾールニクが、ポケットからタブレット端末を出して聞く。

 「十日後です。また【道守り】に参りますので、その時にも改めてお話しさせていただきますが、ご伝言よろしくお願いします」


 各区画二人ずつでも、二十七区画もあれば、五十四人にもなる。

 バスだけでなく、移動中の水や食糧を手配するだけでも大変だ。


 「なるべく、今まで行けなかった方から選ばれますよう、お伝え下さい」

 オラトリックスは何度も念押しして【跳躍】した。

☆サフロール……「739.医薬品もなく」「805.巡回する薬師(くすし)」「929.慕われた人物」「0986.失業した難民」参照

☆力なき民でも作れる薬の指南書が配られ……「1093.不安への備え」「1094.知識を伝える」参照

☆この間、バザーに行った人たち、みんな神殿にお参り……「1114.バザーの出店」~「1116.買い手の視点」「1128.情報発信開始」参照

☆以前、楽譜をお配りした……「771.平和の旗印を」参照

☆「女神の涙」と「すべて ひとしい ひとつの花」……「531.その歌を心に」参照

☆「みんなで歌おう」……「275.みつかった歌」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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