表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十一章 求心

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1207/3508

1176.故郷の情報を

 アミトスチグマの広大な森林を拓き、難民キャンプは尚も拡大を続ける。


 印暦二一九二年八月現在、第二十七区画が工事中だ。

 アミエーラとアルキオーネは、ソプラノ歌手オラトリックスに連れられて、平野部のテント村に設けられたボランティア詰め所に来た。


 「おはようございます」

 「オラトリックスさんとお針子さんたち、今日も来てくれたんだ」

 「今日もよろしくお願いします」


 アーテル人のアルキオーネは、アミエーラの針子仲間で通す。

 もう何度目になるかわからない【道守り】で、アミトスチグマ王国や周辺国から集まったボランティアたちとも、すっかり顔馴染みになった。


 それでも、平和の花束の他の面々は一度も来ない。


 ……信仰を捨てたって言っても、自分で魔法を使うのって勇気要るものね。


 針子のアミエーラは、自分が力ある民だと知ってからも散々迷った。本格的に魔法の練習をする決心がついたのは、ほんの数カ月前だ。力なき民の彼女らの気持ちは痛い程よくわかり、何も言わずにいる。


 ……【水晶】を握って、魔力があるか確認するのも怖いわよね。


 「今回は、第十五区画をお願いします」

 「えっ? 一箇所だけでいいのかい?」

 荷物持ち兼【跳躍】で付き添ってくれたネモラリス建設業協会の若者が驚く。

 アミエーラも同じ気持ちで、ボランティアセンターの係員を見た。

 「夏休みの学生さんが結構来てくれて、今日は偶々(たまたま)、合唱部のコたちが何組も来たので」 

 「あぁ、それで」

 ソプラノ歌手のオラトリックスが微笑む。


 アルキオーネが、手提げ袋を目の高さに上げた。

 「(うた)うついでに新聞配ろうと思ってたんですけど」


 「それは俺がするよ。音痴で呪歌は手伝えないし」

 「そうですか? でも、一人で二十九カ所も回るの、大変じゃありません?」

 アルキオーネが気遣うと、建設業協会の青年は頬を染めて手を差し出した。

 「大丈夫、大丈夫。こんくらい、家建てるのに比べたら楽勝だよ」


 アルキオーネは袋から新聞を一組だけ抜いて、袋の把手を青年の手に掛けた。

 「そうですか? あんまり無理しないで下さいね」

 「まだ暑いみたいだから、君もあんまり無理しないで。じゃ、行って来る!」

 青年は颯爽と詰所を出たが、右手と右足が同時に出て、背筋に定規を入れられたように動きがぎこちない。


 後ろ姿が見えなくなった途端、オラトリックスが呟いた。

 「アルキオーネさんにいいとこ見せたいのでしょうね」

 「別に嫌いじゃないけど、こんな下心見え見えじゃ、好感度は上がりませんね」

 「そう言うものなの?」

 素っ気ない物言いにアミエーラが思わず聞くと、アルキオーネは当然だとばかりに言った。

 「好きなコにしか親切にしない奴って、ホントに親切なワケじゃないし、熱が醒めたら(てのひら)返して冷たくなるから……気を付けた方がいいよ?」

 何故か、最後はアミエーラに心配する目を向けた。何だかよくわからないが、取敢えず頷いて礼を言う。

 オラトリックスが苦笑を浮かべて二人を促した。



 他のボランティアたちと共に第十五区画へ【跳躍】する。

 森の中は平野部のテント村よりずっと涼しいらしい。アルキオーネの額から汗が引き、顔色がよくなった。

 アミエーラは、自分で刺繍した【耐暑】の呪文と呪印に守られ、暑さを感じられない。去年の今頃は汗だくだったことを思うと、別人にでもなった気分だ。


 「星巡り 道を示す 行く手照らす 光見よ

  迷う者 皆 見上げよ……」


 顔見知りのボランティアに合唱部の学生ボランティアを加え、呪歌を覚えた難民と共に【道守り】を(うた)い歩く。

 まるで、胸いっぱいに吸い込んだ森の香を歌に換えるようだ。不思議な気持ちで第十五区画を囲んだ。



 「お疲れさまでした。何もないところですが、ゆっくり休んでって下さい」

 共に(うた)った難民に(ねぎら)われ、第十五区画の集会所に入った。

 アルキオーネが戸口で新聞の束を掲げる。

 「こんにちはー。レーチカの新聞をお持ちしましたー」

 作業の手が止まったかと思うと、あっという間に囲まれた。アルキオーネは慌てず騒がず、新聞を一枚ずつバラして配ってにっこり微笑んだ。

 「読み終わったら、次の人に回して、失くすといけないんで、集会所の中でだけ読んで、最後の人は束ね直して下さいねー」

 人々は貪るように読み、耳に入ったかどうかわからない。

 手に入れられなかった者たちが横から覗き、一ページ毎に人の輪ができた。


 「みなさん、やっぱり祖国のコトが気になるんですね」

 湖の民の若い女性が嘆息する横顔は、まるで他人事(ひとごと)のようだ。

 アルキオーネが首を傾げた。

 「あなたは違うの?」

 「私はパテンス神殿信徒会のティリアって言います」

 「今は“祈りを湖水に”ってコトで、参拝計画があって、力なき民の人たちも奉納用の【魔力の水晶】を買えるように呪符作りとか頑張ってるとこなんですよ」

 隅で段ボールを畳んだ湖の民の青年がティリアの横に立ち、彼女と同じ神殿ボランティアのコーヌスだと名乗る。

 三人は呼称だけ名乗り返した。



 集会所には、折り畳み式の長机とパイプ椅子が並び、紙束と銀色のペン、様々な色のインク瓶や小さな絵の具皿が広げてある。

 アミエーラは、地下街チェルノクニージニクの魔法の道具屋で似た物を見たのを思い出して頷いた。

 アルキオーネは物珍しげに眺めるだけで、何も言わない。


 「新聞、ありがとうね」

 「湖南経済新聞社が、全部の集会所に新聞を寄付してくれるんだが、アミトスチグマの本社版しかないもんでな」

 人の輪に入りそびれた年配の難民が、少し申し訳なさそうに言う。

 「読ませてもらえるだけでも有難いから、文句言っちゃ罰が当たるからね」

 「あのナントカって板でも、ニュースは見られるんだけど、ネモラリスからの記事ってないのよ」

 「ネモラリスには、あんなのなかったからなぁ」


 どうやらタブレット端末のことらしい。


 みんな、話を聞いて欲しいだけなのか、アミエーラたち三人が曖昧に相槌を打つだけでも次々話し掛けた。

☆【道守り】……「928.呪歌に加わる」「929.慕われた人物」参照

☆【水晶】を握って、魔力の有無を確認する……「0091.魔除けの護符」参照

☆パテンス神殿信徒会のティリア/コーヌス……「738.前線の診療所」「739.医薬品もなく」参照

☆地下街チェルノクニージニクの魔法の道具屋で似た物を見た……「522.魔法で作る物」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ