1172.対誘導弾防空
「数は不明だが、アーテル陸軍は複数機種を保有し、最大射程の物は王都をも攻撃圏内に含む」
アル・ジャディ将軍が淡々と説明する。
……そりゃそうだよな。ザカート沖のレッススを轟沈させたんだから。
当然、届くだろう。
「ラクリマリス王家が湖上封鎖以上の手を打たず、静観の構えを崩さないのは、アーテルの脅しに屈したからなのですか」
ノモスの艦長が、一同を代表して言葉を絞り出した。
将軍の静かな声が防空艦ノモスの作戦司令室に響く。
「GPS……人工衛星による測地情報に基づき、目標の座標さえわかれば、目を瞑っていても当てられる。威力は知っての通りだ」
あの日の哨戒中、【索敵】の視界で何かが光ったかと思った瞬間、防空艦レッススは巨大な水柱を上げて轟沈した。
……あんなモノ、どうやって防ぐんだ?
あの威力で都市を攻撃された状況を想像し、魔装兵ルベルは肌が粟立った。
ラクリマリス王国の王都は、単なる政治や経済の中心地ではない。フラクシヌス教の信仰の中心地でもある。
王都全体を魔法陣とする大掛かりな魔道装置は、旱魃の龍の封印とラキュス湖の水位を維持する。チヌカルクル・ノチウ大陸西端地域の要でもあった。
「両輪の国に派遣した駐在武官の報告によると――」
アル・ジャディ将軍が見透かしたように答えを並べる。
アルトン・ガザ大陸南部の両輪の国でのミサイル防衛は、魔法と科学両方の手段を用いて多重に施される。
レーダーと【索敵】などの術を併用した監視網の構築。国民には、普段から避難訓練を行う。
有事の際は、防空情報を魔法と防災無線、インターネットなどを使って対象区域の全国民に伝達し、国民はシェルターに避難するなど、状況に応じて適切に行動する。
軍は地対空ミサイルなどでの空中破壊を行い、突破された場合も都市上空に巡らせた【流星陣】で止め、直撃を防ぐ。
「通常は、いきなりミサイルを撃ち込むことなどない。……政治的な不和、貿易摩擦、民族感情、国境など紛争の火種が燻り、軍事的な威嚇など、何らかの兆候があるものだ」
「それはそうですが……」
耳慣れない単語を並べられた水軍の佐官たちが、歯切れの悪い疑問を弱々しく示す。将軍は、艦長の手にある報告書にチラリと視線を向けて続けた。
「この【流星陣】は、敵のミサイル戦力から割り出した攻撃圏内の都市上空で、多数の使い魔に銀糸を持たせ、格子状に構築するそうだ」
将軍自身、【流星陣】の使用法には懐疑的なのだろう。こんな方法で防げるものかと言わんがばかりに唇を歪めた。
……他の魔物や魔獣に捕食……いや、使い魔たちの餌とかどうするんだ?
下っ端のルベルですら、瞬時に幾つもの穴をみつけた。
都市全体を守るには、主と使い魔が何組必要なのか。
術者の集中が切れれば、使い魔を制御できなくなる。展開させるのはどの程度の期間で、いつ交代させるのか。
銀糸を持たせるには、実体が必要だ。使い魔は鳥か小型の魔獣だろう。鳥は長時間、同じ場所に滞空できないので除外。魔法生物ならいざ知らず、小型の魔獣は飲まず食わずでは働けない。補給はどうするのか。
魔獣は強いモノ程、身体が大きくなる。使い魔にできる程度のモノは、空を飛ぶ魔物や他の魔獣に襲われやすい。
仮に捕食を免れても、銀糸を切られてしまえば、結界は失効する。防禦はどうするのか。
「空中の【流星陣】は、どのように維持管理を行うのでしょう?」
艦長の質問にアル・ジャディ将軍は皮肉な笑みで応えた。
「まだ、実戦配備した軍はないらしい。重要施設などは建設時に【結界】を組込み、位相をずらして攻撃が届かぬようにしてあるそうだがな」
「それも、手間と費用の面で都市全体は無理ですね」
艦長が眉を下げる。
アル・ジャディ将軍の視線を受け、ラズートチク少尉が口を開く。
「戦時下であれば、GPS誘導を妨害する為、ネットワーク設備を破壊する作戦が立案される可能性もあるそうだが、アルトン・ガザ大陸南部では、まだそこまで大規模な戦闘はありません」
アルトン・ガザ大陸南部では、植民地支配からの脱却後、国境や資源を巡って紛争は絶えないが、国力の低下によって、そこまで技術力を高められなかった。
国家間の紛争はあるが、正規軍同士による「戦争」と呼べる程の大規模な衝突はない。
民族、宗教、旧王家への忠誠などを基盤とした武装勢力は、規模が小さく、主に魔法と小火器で戦闘を続けた。敵対勢力と正面からぶつかることもあるが、行政機関や軍事施設、民間人などを対象としたテロが圧倒的に多い。
いずれにせよ、高価なミサイルを用いた「一方的な大規模攻撃」はなかった。
「それも、机上の作戦ですか」
水軍中佐の声には落胆が窺えた。
「ネットワークへの攻撃は、物理的な破壊に限らぬ」
「サイバー攻撃は、専門知識を有する特殊部隊を編成し、情報空間で実践訓練を行う軍もあります。しかし、この戦力に関しましては、我が国には全く設備がありません」
アル・ジャディ将軍の説明に緊張が漲ったが、ラズートチク少尉の補足説明にはピンとこなかったらしく、佐官たちは曖昧な表情で続きを待った。
ノモスの艦長が自分に確認するように聞いた。
「それも、基地の破壊だけでは足りない、と……?」
「そうです」
ラズートチク少尉だけでなく、シクールス陸軍将補も頷き、話を継いだ。
「現時点で我々にできるのは、物質界での物理的な破壊だけだ。アーテル領内に於けるネットワーク破断作戦では、水軍の工兵を借り受けたい」
「前線のミサイル防衛の方法は任せる。必要な物資があれば、なるべく早く連絡するように」
アル・ジャディ将軍の一言で、会議は終了した。
☆最大射程の物は王都をも攻撃圏内に含む……「490.避難の呼掛け」「506.アサエート村」「516.呼掛けの収録」参照
☆あの日の哨戒……「274.失われた兵器」参照
☆旱魃の龍を封印とラキュス湖の水位を維持する大掛かりな魔道装置
仕組み……「534.女神のご加護」「542.ふたつの宗教」「821.ラキュスの水」参照
中心部……「684.ラキュスの核」参照
水位低下……「536.無防備な背中」「585.峠道の訪問者」「874.湖水減少の害」「1086.政治の一手段」参照
☆建設時に【結界】を組込み、位相をずらして攻撃が届かぬようにしてある……「458.戻らない仲間」参照
☆サイバー攻撃は(中略)我が国には全く設備がありません……「410.ネットの普及」「411.情報戦の敗北」「0996.議員捕縛命令」参照




