1171.泳がせて探る
静まったところで、アル・ジャディ将軍が口を開いた。
「ゾーラタ区民は数が少なく、自分たちの暮らしと畑を守るだけで精一杯。こちらは、自治区の駐留部隊に監視させる。自治区側は、ラクエウス議員の姉と聖職者らが中心となって外部のボランティアと連絡を取り合うようだ。当面、泳がせて奴らの目的を探る」
「区長ら有力者と大聖堂から派遣された司祭が、外部と通信しております」
「どんな手段でだ?」
ノモスの艦長がラズートチク少尉に聞いた。
「クブルム街道に登り、タブレット端末を用いて、ラクリマリスの電波を盗用しております」
水軍の者たちが首を傾げる。少尉はポケットから端末を出し、彼らに向けた。
「タブレット端末は科学の通信機器で、インターネット回線を用い、瞬時にアルトン・ガザ大陸の国々とも通信可能です」
「力なき民が、距離を無視できると言うのか」
水軍に動揺が走る。
「得た情報は、礼拝や壁新聞などで周知しております」
「これも、治安部隊に記録させる。正規軍に知られて構わぬと判断した情報しか出さんのだろうが、そこから見えることは多い」
アル・ジャディ将軍が先んじて告げると、水軍の佐官たちは質問を飲み込んだ。
「魔装兵を一部隊、力なき民の治安部隊に擬装して自治区に派遣し、明日から毎日、ノモスに定時連絡を入れさせる。諸君はアーテルの動きを分析する手掛かりとして、活用して欲しい」
艦長以下、防空艦ノモスの乗組員たちは姿勢を正し、将軍の指示を受諾した。
アル・ジャディ将軍が淡々と告げる。
「星の標がネモラリス島にまで蔓延り、アーテルやラニスタだけでなく、ディケアやバルバツムなどとも手を組んでおるとわかった」
「自治区外にキルクルス教徒がそんなにも……?」
北ザカート市に駐屯する防空艦ノモスの艦長が驚きを漏らすと、彼の部下たちも空気をざわつかせた。
……そう言われてみれば、クレーヴェルとかの爆弾テロって、あいつらの可能性高いんだよな。
将軍の一言で、魔装兵ルベルは発生した事象と組織がやっと頭の中で繋がった。
「そうだ。それ故、ウヌク・エルハイア将軍と解放軍も、当面は泳がせる」
「解放軍に星の標を始末させるのですか?」
リストヴァー自治区とネミュス解放軍が、秘密裏に協定を結んだと聞かされたばかりだ。
「先程も言ったが、ウヌク・エルハイア将軍自身には、リストヴァー自治区を潰す気がなく、星の標と戦うことにも消極的だからこそ、彼らを殺さず、武装解除で済ませたのだ」
「奴らに戦意が残っておれば、密輸して体勢を立て直すだろうがな」
アル・ジャディ将軍が親戚のウヌク・エルハイア将軍を他人事のように分析し、シクールス陸軍将補が侮蔑も露わに言う。
ラズートチク少尉が、アーテル共和国の首都ルフスで捕えたパジョーモク議員から聞き出した計画を語った。
「ウヌク・エルハイア将軍はネミュス解放軍を掌握しきれておらん。ネモラリス島内の隠れキルクルス教徒が不穏な動きを見せれば、どう出るか予測できん。例えば――」
チャール島の研究所職員を言葉巧みに引き込み、腥風樹の種子を盗み出させた。
ラクリマリス人の隠れキルクルス教徒シストスから、魔哮砲の生存情報が寄せられ、計画が変更されなければ、首都クレーヴェルに腥風樹を植えつけられるところだった。
「レッススとフーネラーレの轟沈は、無駄ではなかったのですね」
防空艦ノモスの佐官たちが、僚艦の犠牲に意義を見出し、仄かな笑みと共に涙を滲ませた。アル・ジャディ将軍が頷き、しばし瞑目して言う。
「彼らの尊い犠牲は、アーテルの戦力をも示してくれた。仮にアーテル軍のすべての基地を破壊したとしても、我らは国土を防衛できん」
「何故ですッ? 魔哮砲があれば……」
水軍少佐が赤毛の魔装兵を掌で示して勢い込むが、艦長の咳払いひとつで口を噤んだ。
アル・ジャディ将軍が、水軍少佐に頷いてみせる。
「尤もな疑問だ。レッススとフーネラーレを一撃で轟沈せしめたのは、誘導弾と言う飛翔兵器だが、諸君らはこれについて、どの程度の知識と情報を持ち合わせておいでかな?」
魔装兵ルベルは、あの日の哨戒任務を思い出し、身震いした。
防空艦レッススの轟沈を間近で目撃したノモスの乗組員たちが言葉を失う。
シクールス陸軍将補が席を立ち、大判封筒を艦長の前に置いた。
アル・ジャディ将軍が一同を見回して言う。
「諸君らも承知の通り、我が国の大使館はアルトン・ガザ大陸南部の友好国にも設置してある」
水軍の者たちが小さく顎を引く。
「駐在武官たちに集めさせた情報だ」
一同の眼が封筒に集まり、艦長が書類の束を出した。
シクールス陸軍将補が簡潔に説明する。
「無論、性能は機種による。ラズートチク少尉らが集めた情報を併せて分析した結果、アーテル軍が保有するのは、可搬式の小型誘導弾だと判明した」
「可搬式の……小型、誘導……」
佐官たちがその意味を噛みしめるように復唱した。
「基地に限らず、条件に適した場所ならどこにでも配備可能で、隠蔽も容易だ」
再び、将軍に視線が集まった。
☆クブルム街道に登り、タブレット端末でラクリマリスの電波を盗用
区長ら有力者……「276.区画整理事業」「630.外部との連絡」「692.手に渡る情報」「887.自治区に跳ぶ」「0938.彼らの目論見」参照
大聖堂から派遣された司祭……「1007.大聖堂の司祭」「1079.街道での司祭」「1080.街道の休憩所」参照
☆得た情報は、礼拝や壁新聞などで周知……「1121.壁新聞を発行」「1122.光を乞う祈り」参照
☆首都ルフスで捕えたパジョーモク議員……「1078.交渉材料確保」「1100.議員への質問」「1101.間諜への尋問」参照
☆チャール島の研究所職員……「0996.議員捕縛命令」「0997.居場所なき者」参照
☆レッススとフーネラーレの轟沈
防空艦レッスス……「274.失われた兵器」「279.悲しい誓いに」「393.新たな任務へ」「404.森を切裂く道」参照
防空艦フーネラーレ……「757.防空網の突破」~「759.外からの報道」「766.熱狂する民衆」参照
☆あの日の哨戒任務……「274.失われた兵器」参照




