0120.罪悪感と信仰
レノはもう一枚の膝掛けを足に被せ、考え始めた。
……食べ物と飲み物はちょっとみつかったし、ここで何日か休憩しながら、ラジオで情報収集して、この辺の様子も調べて、他に生存者がいないか捜して、それから、えっと……
その後のことを考えようにも、情報が足りなかった。
あの暴漢たちの他、人の姿がない理由もわからない。
ここに来る前に話し合った通り、マスリーナ市へ人捜しに行った場合の危険性もわからない。
レノには、クルィーロの母とアウェッラーナの家族が生き残った望みは薄い気がした。
……寄り道しないで、早くキパリース市の避難所へ行った方がいいんじゃないのか?
空襲時、運河の対岸……セリェブロー区で右往左往した住人や消防団は、どこへ行ったのか。あの時は、他にもまだ生存者が居たのだ。
ソルニャーク隊長たち星の道義勇軍のテロ時点では、軍が派遣され、住人の保護や食料の配布、避難誘導も行われた。
軍、警察、自治体職員の姿もない。
半世紀の内乱の空襲では、どうだったのか。
……後でアウェッラーナさんに聞いてみよう。
長命人種の薬師は規則正しく寝息を立てる。
ミエーチ区の公民館や、鉄鋼公園で避難者を迎えに来たバスは、どこへ避難したのか。先の便に乗った人たちは無事なのか。
ピナがいじめられている、と教えたくれたおばさんは大丈夫なのか。両親はもう諦めがついたが、あの親切なおばさんがどうなったのか、心配だった。
……お巡りさんとか、他の人たちとか、あの子たちも。
警官の一人は、魔法使いだ。
全く望みがない訳ではない。
彼がどの系統の術を使えるか知らないが、警官だから、魔物や雑妖にもそれなりに対応できるだろう。
レノたちとは、別方向へ逃げたから会わないとも考えられる。
……まぁ、あの子たちとは二度と一緒に行動したくないけどな。
妹をいじめた連中がどうなろうと、構わないと思う。それなのに何故か、星の道義勇軍の三人と行動することには、嫌悪感が湧かない。
あの三人は、街を焼き、大勢の人を殺したキルクルス教徒のテロリストだ。
普通なら憎悪の対象になる。
……そう言えば、あの子たちもテロリストには何も言わなかったよな。
同級生がピナをいじめたのは、テロリストのモーフの目にもはっきりわかる程、明白だった。
少年兵モーフは、中学生たちの態度に憤りを感じたのか、彼らに問い質してくれた。
……だから、ヤな感じじゃないのかな? いや、でも、それで人殺しとかが帳消しになるワケじゃないしなぁ。
妹たちもテロリストの三人を特に怖がる様子はない。
ティスは、親の仇がわからない幼児ではない。理解した上で、レノたちと同じ態度を取るのだ。
レノはメドヴェージの背中を見た。ピナと並んで外を見張る。
ここは建物の【結界】に守られ、今は魔物や雑妖より人間の暴漢の方が脅威だ。
運河で襲われた時、メドヴェージと少年兵モーフは何の躊躇もなく暴漢を殺した。命乞いを一蹴し、魔物の居る冬の運河に投げ落とした。
レノ自身、目の前で人が殺されても、彼らに恐怖や嫌悪感を抱かなかった。
寧ろ、安堵さえした。
……魔法使いやフラクシヌス教徒の俺たちと、普通に喋って一緒に行動してる。あんまり信心深くないのかな?
そう言えば、空襲以来、誰も食前のお祈りをしなくなった。
キルクルス教にはその習慣がないのかもしれないが、フラクシヌス教にはある。
大地に根差す大樹フラクシヌスや、湖の女神パニセア・ユニ・フローラなど、自分が心を寄せる神々へ、日々の糧を与え給うことへの感謝の祈りを捧げるのだ。
……衣食足りて礼節を知るって言うけど、俺たち、お祈りもできないくらいダメな状態なのか?
平時なら、レノたちの行動は不法侵入と火事場泥棒だ。
犯罪に手を染めてしまった罪悪感と、国が助けてくれない以上こうする他ない、と言う諦めと開き直りが交錯する。
人を害する為でなく、自分と大切な人を守る為に仕方なくしたことだ。
人の法で断罪されても、全てをご照覧の神々はお許し下さるのではないか。
そんな、身勝手とも取れる結論が出る。
……ん? 俺たちもしかして、無意識にあの人たちに気を遣ってる?
取りとめもない思いを巡らせるだけで、考えがまとまらなかった。
「窓に貼るのは手伝うよ」
紙は窓より一回り大きく繋げられた。レノの声に妹たちが振り向いて頷く。
レノは、ロークと二人で割れた窓に紙を貼り付けた。隙間をガムテープできっちり塞ぐ。これで、今夜は暖かく眠れるだろう。
室内で、魔物や雑妖の心配はなく、布団まである。
ゆっくり休めば、明日には何かいいことを思いつくかもしれない。
レノとロークは見張りを代わり、無人の通りを見詰めた。
☆ここに来る前に話し合った……「0092.情報のない街」参照
☆セリェブロー区で右往左往した住人や消防団……「0057.魔力の水晶を」「0060.水晶に注ぐ力」参照
☆テロ時点では、軍が派遣され、住人の保護や食料の配布、避難誘導……「0025.軍の初動対応」「0029.妹の救出作戦」「0033.術による癒し」「0040.飯と危険情報」「0041.安否不明の兄」「0049.今後と今夜は」「0052.隠れ家に突入」「0055.山積みの号外」「」参照
☆ミエーチ区の公民館や、鉄鋼公園で避難者を迎えに来たバス……「0047.公園での一夜」「0056.最終バスの客」参照
☆ピナがいじめられている、と教えたくれたおばさん……「0061.仲間内の縛鎖」参照
☆警官の一人は、魔法使い……「0056.最終バスの客」「0058.敵と味方の塊」「0061.仲間内の縛鎖」「0068.即席魔法使い」「0071.夜に属すモノ」参照
☆妹をいじめた連中/少年兵モーフは(中略)彼らに問い質してくれた……「0061.仲間内の縛鎖」~「0065.逃げ場はない」参照
☆星の道義勇軍の三人と行動することには、嫌悪感が湧かない……「0079.仲間たり得る」参照
☆運河で襲われた時(中略)何の躊躇もなく暴漢を殺した……「0083.敵となるもの」~「0086.名前も知らぬ」参照
☆紙は窓より一回り大きく繋げられた……「0119.一階で待つ間」参照




