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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第一章 印歴二一九一年二月一日
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0012.真名での遺言

 「優しき水よ、我が声に我が意に依り、起ち上がれ。

  漂う力、流す者、分かつ者、清めの力、炎の敵よ。

  起ち上がり、我が意に依りて、敵を縛れ」

 ベッド下の水が応え、床を這う。

 テロリストの足を這い上がり、乱射中の自動小銃を呑んだ。弾が水流に翻弄され、水塊の内に溜まる。

 テロリストは水から銃を抜こうとするが、水は銃身にまとわりついて離れない。


 煤だらけのおばさんが立ち上がり、力ある言葉で水に命じた。

 水塊が、もう一人のテロリストの頭を包む。

 テロリストは、銃を乱射しながら身を(よじ)った。水塊が鼻から肺へ流れ込む。星の道の腕章を付けた男は身を折って激しく咳込んだ。開いた口から更に水が流入し、男の手から銃が落ちる。


 煤だらけのおばさんは、手で腹を押え、壁にもたれた。足から力が抜け、ずるずると座りこむ。壁に赤い汚れが残った。

 倒れたテロリストは、しばらく床でもがいていたが、すぐに動かなくなった。

 「……仇は、討ったよ」

 見届けたおばさんも、それきり動かなくなった。

 テロリストの頭を包んでいた水が、床に広がる。


 弾を撃ち尽くしたテロリストが、銃を捨てようとする。

 腕ごと水流に絡められ、銃身が押し付けられる。もう一方の手で、床に落ちた仲間の銃を拾い上げた。


 倒れていた老人が、テロリストの足にしがみつく。

 先程まで死んだように動かなかったとは思えない力で、キルクルス教徒の力なき民の足を引く。

 テロリストは倒れながらも銃を乱射した。老人は撃たれても尚、手を放さない。床から壁、天井にかけて、無数の穴が穿(うが)たれる。

 火傷の男性が、煤だらけのおばさんと同じ方法でテロリストを溺れさせた。


 壁と廊下を隔てた向かいの病室からも水音がする。あちらも同じ手段で、病人と避難民が、テロリストに対抗しているのだろう。



 病室が静かになる。

 アウェッラーナは恐る恐る目を開け、半身を起こした。


 制御を失った水が床に広がる。

 血溜まりと肉片、瓦礫が散乱し、隙間に衣服や緑色の髪は見えるが、声はない。

 ずぶ濡れのテロリスト、煤と血に塗れた避難民の遺体。僅かに生き残った人々も無傷ではない。


 父が呻いた。

 アウェッラーナは弾かれたように立ち上がった。ベッドには細かい瓦礫が落ち、穴だらけの寝具が赤く染まる。

 「お父さんッ!」

 ベッドに身を沈めた父が、娘に顔を向ける。

 久し振りに父娘の視線が合った。


 アウェッラーナが父の手を握る。

 老父はその手をしっかり握り返した。(かす)かな声で、娘の真名(まな)を呼ぶ。

 「オレーホヴカ……」

 娘は父の口許へ耳を近付けた。細く幽かな声が娘の真名を呼ぶ。

 「ビィエーラヤ・オレーホヴカ・リスノーイ・アレーフ……みんなの分も、長生きするんだ」

 「お父さん……」

 父の手から、急に力が失われた。


 アウェッラーナ……ビィエーラヤ・オレーホヴカ・リスノーイ・アレーフが、父の顔を見る。その目はもう何も見てはいなかった。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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