1168.復讐者の消息
ロークは、メールに添付された画像を見て仰天した。
「冒険者カクタケア」シリーズは読んだが、神学生の話題について行く為、その視点でしか読まなかったことを今更のように悔やむ。
ルフス神学校で、同級生から四巻と五巻をもらったが、三巻まではインターネット版で読んだせいで、挿絵には全く注意を払わなかった。
それはそれで役に立ったが、少年兵モーフの気付きとピナティフィダたちの視点に脱帽する。
運び屋フィアールカからのメールは、王都ラクリマリスの第二神殿書庫での聖典調査と、宿でソルニャーク隊長との同室可否の問合せだ。
両方に了解の旨を返信する。
直後、クラウストラから着信した。
〈ソルニャークさんってどんな人?〉
ロークは本人に無断でどこまで答えていいものか、判断に迷った。
しばらく考え、当たり障りのない部分だけ送信する。
〈空襲の後、トラックで一緒に避難した陸の民の男性です。
今は移動放送局プラエテルミッサの一員として活動してます〉
〈そ。ありがと〉
即座に絵文字をちりばめた返信が来たが、真意の程はわからない。
フィアールカから、彼についてどの程度の情報が彼女に渡ったのかも、わからなかった。
今日はスキーヌムが店番で、ロークは郭公の巣へ納品に出された。
クロエーニィエ店長もゲンティウス店長と同じ【編む葦切】学派だが、魔法の道具作りが主で、呪符作りはあまり得意ではないらしい。
ロークからして見れば、細いリボンに力ある言葉の呪文や複雑な呪印を刺繍する方が余程大変に思えるが、クロエーニィエ店長にとっては、そうではなかった。
地下街チェルノクニージニクの通路を歩きながら、ふと気になってポケットの中で端末の電源を入れた途端、フィアールカから着信があったのだ。
……直観って言うより、水の縁みたいなモンかな?
今すぐ見なくても、明日はフィアールカの仕事をする日なので、問題なく返信できただろうが、何となくそんなことを思う。
魔法の道具屋“郭公の巣”に客の姿はなく、カウンター越しに声を掛けると、クロエーニィエ店長はすぐ作業部屋から出て来た。
「あら、早かったのね」
「丁度、在庫があったので」
納品する呪符の種類と枚数を確認し、支払いの呪符用染料を受取る。
受領証にサインをもらったところで、クロエーニィエ店長が太い眉根を寄せた。
「ロークさんって、教会の事件の後、あの……ヂオリートってコと会った?」
「えッ?」
急な話題に一瞬、思考が止まる。
「獅子屋で偶然。でも、彼、何も注文せずに行ってしまって……今どこで何してるかは全然」
「そう……本土で選挙があった日に見ちゃったのよ」
「どこでですか?」
「地下街の通路。電器屋さんの辺りで、シルヴァってお婆さんと一緒に歩いてたんだけど、急ぎの用があったもんだから、尾行とかできなくて、ゴメンなさいね」
「いえ、そんな全然……」
……俺がヂオリート君の行き先を知ったって、仕方ないんだよな。
強いて言うなら、彼がこれ以上罪を重ねないよう、アーテル本土の警察に通報するくらいだが、行き先がはっきりしないのでは、それもできない。
ローク自身、アーテルの警察と縁ができるようなことは避けたかった。
仮に行き先がネモラリス憂撃隊の拠点だとしても、アーテルの警察は別荘の結界に阻まれ、立ち入るどころか発見すらできない。
軍の特殊部隊が同行したところで、警備員オリョールたち魔法戦士を相手に勝ち目があるとは思えなかった。
「教えて下さってありがとうございます。でも、スキーヌム君には内緒にして下さい」
「あら、どうして? あのコも同級生じゃないの?」
クロエーニィエがカウンターに肘をついて首を傾げる。仕草と服は可愛いが、エプロンドレスの中身はおっさんだ。
「だからです。心配して一人で捜しに行くと危ないですから」
「それもそうね。わかったわ。私も気を付けとくけど、ロークさんも無理しないでね」
「ありがとうございます」
呪符屋へ戻る足が重い。
ルフス光跡教会の礼拝堂でレフレクシオ司祭を刺した時は勿論、その後、獅子屋で出食わした時も、ヂオリートの精神状態は普通ではなかった。
あんな有様の彼に何の警戒もなく近付いたスキーヌムの無防備さも、それはそれで心配だ。
ロークは、ヂオリートに関する暗い予想を頭の隅に追いやり、端末の電源を切って呪符屋に戻った。
「王都なら大丈夫だとは思うが、まぁこのご時世だ。気ィ付けて行って来いよ」
ゲンティウス店長は数日間の留守を快諾してくれたが、スキーヌムは一言も喋らず、捨てられた子犬のような目でロークを見た。
翌朝、クラウストラはロークを連れて王都ラクリマリスに【跳躍】した。
アーテル領で活動するが、ラクリマリス領にも土地勘があるとわかり、何となく出身地が気になる。
クラウストラは、防壁の門から迷わず最短ルートの渡し舟で運河を行き、第二神殿の敷地に入った。
人と蝉の声が競い合う。
ロークは参拝の人混みではぐれないよう、ついてゆくだけで精一杯だ。
「書庫はこっちよ」
参道を外れ、木立の間を通る細道に足を踏み入れる。
運び屋フィアールカは、クラウストラにだけ地図を送ったのかもしれない。
人の流れを抜け、ひんやりした小道に入り、ロークはホッと息を吐いた。
☆「冒険者カクタケア」シリーズ……「764.ルフスの街並」「795.謎の覆面作家」参照
☆神学生の話題について行く為/同級生から四巻と五巻をもらった……「796.共通の話題で」参照
☆三巻まではインターネット版で読んだ……「794.異端の冒険者」「795.謎の覆面作家」参照
☆それはそれで役に立った……「796.共通の話題で」「908.生存した級友」参照
☆教会の事件……「1075.犠牲者と戦う」~「1077.涸れ果てた涙」参照
☆獅子屋で偶然……「1119.罪負う迷い子」参照
☆ネモラリス憂撃隊の拠点……「840.本拠地の移転」参照
☆別荘の結界……「315.道の奥の広場」「316.隠された建物」「318.幻の森に突入」参照
☆ルフス光跡教会の礼拝堂でレフレクシオ司祭を刺した時……「1075.犠牲者と戦う」~「1077.涸れ果てた涙」参照
☆彼に何の警戒もなく近付いたスキーヌムの無防備さ……「1119.罪負う迷い子」参照




