1167.流れを変える
「盲点だったわ」
運び屋フィアールカは、ソルニャーク隊長から説明を受け、頻りに感心した。
「若いコは目の付け所が違うわね」
「それで、この件をファーキル君たちと共有していただければと」
「ノートの写真を送ってよければ、すぐにでもアミエーラさんたちにも、隊長さんと同じ作業を手伝ってもらえると思うけど?」
より踏み込んだ提案をされ、呪医セプテントリオーはソルニャーク隊長に視線で問うた。
「クルィーロ君の妹から、急ぐと聞いたが?」
「えぇ。アーテルの大統領選挙、本選は来年……印暦二一九三年二月だけど、今年の十一月に二回目の予備選があるの」
「三カ月後」
隊長の声が鋭く切り込むように確認する。
「そう。次の選挙までに、できるだけ揺さぶりを掛けて、流れを変えたいの」
「流れを……」
クリューチ神官が、元神官のフィアールカをまじまじと見る。
「アーテル人が全員、狙った通りに動くなんて思ってないわ」
「えっ?」
「急に何もかも変えるのは無理だし、反動で却って危ないから。国際世論に少しの流れを作るだけでも、今ある流れにほんの一押し力を与えるだけでも、上出来ってとこね」
「では、その流れとは……」
湖の民の神官が、話の流れが読めぬ困惑を浮かべた顔で、同族の運び屋を見る。
「今はまだ、今回の選挙結果を分析してるとこで……いずれ、神殿にお願いすることが決まりましたら、お知らせします。その時は、よろしくお願いします」
フィアールカが口調を改めると、クリューチ神官も表情を引き締めて応じた。
湖の民の運び屋が、この場で唯一の陸の民ソルニャークに向き直る。
「ローク君を呼んで手伝ってもらうの、どう? 聖典って三冊あるんでしょ?」
「ここでか?」
「そうよ。詳しい人と一緒に見た方が捗ると思うんだけど」
「そうだな。だが、彼の都合はそんな急につけられるのか?」
ソルニャーク隊長が気遣う。
つい先日、クルィーロと二人で徹夜作業をしたと聞いたばかりだ。
「大丈夫。私は明日、無理だから、クラウストラさんに連れて来てもらうわね」
「クラウストラ?」
「アーテルで活動する力ある民の同志よ。彼女もこのシリーズに詳しいから、助けになると思うわ」
フィアールカの緑の目が、「冒険者カクタケア」シリーズの派手な表紙に向けられる。
「本当に色々な仲間が居るのですね」
呪医が言うと、クリューチ神官も同意して、フィアールカに言問う顔を向けた。
「ラキュス地方を平和にするって言う目的以外、共通点なんてないから、ホント色々よ。その目的だって、最優先じゃない人もいるし」
「えッ? どう言うことですか?」
クリューチ神官が聞き捨てならぬとばかりに食いつく。セプテントリオーも気になった。
フィアールカが問い返す。
「バルバツムとか、アルトン・ガザ大陸の国に住んでる同志が、どうしてこんな遠くの戦争に介入しようとしてるか、わかるかしら?」
「キルクルス教の歪んだ信仰を正す為……か」
「流石、隊長さんね。そう言うコト」
クリューチ神官の手前、皆まで言わない。
ソルニャーク隊長が、困惑を浮かべたフラクシヌス教の神官に補足する。
「アーテルに潜入したローク君たち同志の調べによると、星の標の異端思想のせいで、同国のキルクルス教信仰は大きく歪んだらしい。キルクルス教団アーテル支部は、是正するどころか迎合する始末だと」
「星の標……国際テロ組織……ですか?」
「そうです。インターネットを通じて、遠く、バルバツム連邦などにも共鳴者や協力者は居るが、本部があるラニスタと、多くの支部を抱えるアーテル以外では、ご存知の通り、テロ組織と看做される狂信者の集団です」
湖の民の神官が、自分の考えを確認するように発言する。
「つまり、この魔哮砲戦争を終わらせるには、魔哮砲の処分だけでなく、星の標の壊滅も為さねばならないのですね?」
「そうよ。でも、彼らの生命をどれだけ奪っても、その思想と異端信仰を根絶やしにするなんて無理よ」
ソルニャーク隊長の説明を湖の民フィアールカが引継いだ。
「それでは、どうすればいいのです?」
クリューチ神官と呪医セプテントリオーの問いが重なった。
神官から運び屋に転身した湖の民が、力強く宣言する。
「流れを変えるのよ」
「流れ……」
「キルクルス教社会に根付いた毒ある思想を根こそぎ洗い流して、この戦争を終わらせた後も未来永劫、芽を出さず、この世のどこにも根を下ろさないように新しい思想の流れを作るの」
「そんなことが、可能なのですか?」
セプテントリオーは思わず問いを発した。
フィアールカが唇を笑みの形にして言う。
「星の標を皆殺しにするより、ずっと現実的よ。……宿の手配は私がするわ。この近くで同じ所の方が便利よね」
「私は、プラエテルミッサのみなさんに連絡しに戻りますので……」
「そう。じゃ、隊長さんはローク君と同室でもいいかしら?」
「彼がよければ、私は構わん」
「じゃ、決まりね」
フィアールカが、三冊のノートを一ページずつ撮影する。しばらく無言で端末をつつき、不意に何か思い出した顔を呪医に向けた。
「忘れるとこだったわ。バルバツムの工場が復旧して、ワクチンの製造が再開したそうよ」
フィアールカは、安堵の笑みを広げた三人に釘を刺した。
「供給先はアルトン・ガザ大陸が優先で、ラキュス湖周辺地域は、政情不安と戦争を理由に後回しになるそうよ」
「難民キャンプもですか?」
呪医セプテントリオーが不安を発すると、フィアールカは難しい顔をした。
「そっちは多分、国連の機関や国境なき医師団が手を回すでしょう。いつになるかわからないけどね」
「あなたの伝手を使っても無理なのですか?」
……バルバツム連邦に同志がいるなら、彼らが個人的に輸出して調達できないものなのか?
「包帯とか個人輸入できる品目ならともかく、科学文明国では医薬品の売買に専門の資格が要るし、ワクチンは市販薬よりずっと管理が厳格だから、私には手も足も出せないわね」
フィアールカが呪医の思考を読んだかのように素っ気なく答え、クリューチ神官も言い添える。
「インターネット通販で個人的に市販薬を輸出する人も居ますが、大抵の国では取締り対象です」
「それでは、製薬会社か医療機関を通さんことには、どうにもならんのだな」
ソルニャーク隊長も肩を落とした。
☆聖典って三冊ある……「1036.楽譜を預ける」参照
☆つい先日、クルィーロと二人で徹夜作業をした……「1157.国会に届く歌」参照
☆彼女もこのシリーズに詳しい……「0999.目標地点捕捉」参照
☆バルバツムとか、アルトン・ガザ大陸の国に住んでる同志……「440.経済的な攻撃」「589.自分の意志で」「0958.聖典を届ける」「0993.会話を組込む」参照
☆バルバツム連邦などにも共鳴者や協力者は居る……「0966.中心街で調査」「1112.曖昧な口約束」「1022.選挙への影響」参照
☆国際テロ組織/本部があるラニスタ……「338.遙か遠い一歩」「369.歴史の教え方」「392.根の天日干し」「492.後悔と復讐と」「858.正しい教えを」参照
☆魔哮砲戦争……「774.詩人が加わる」「788.あの日の歌声」参照
☆流れを変えるのよ……「588.掌で踊る手駒」参照
☆神官から運び屋に転身した湖の民……外伝「明けの明星」(https://ncode.syosetu.com/n2223fa/)参照
☆バルバツムの工場が復旧して、ワクチンの製造が再開……「1058.ワクチン不足」「1090.行くなの理由」参照




