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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十一章 求心

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1166.聖典を調べる

 呪医セプテントリオーは、ソルニャーク隊長と並んで木立を縫う小道を歩く。

 緑の息吹を含む風が清々しい。秦皮(トネリコ)の木々が小道に影を落とし、術で暑さから守られない力なき民でも心地よい筈だ。


 手提げ袋に半分ずつ分けて入れたが、文庫本十三冊とノート三冊もあれば、肩に食い込む。

 二人は蝉時雨(せみしぐれ)の下、交わす言葉もなく、王都ラクリマリスの第二神殿書庫へと足を進めた。



 書庫に足を踏み入れた途端、ソルニャーク隊長がホッと息を()く。

 呪医セプテントリオーは、力なき民の不便と生活の厳しさを思い、そっと目を伏せた。


 ……木陰でも暑かったのか。


 書庫の奥にクリューチ神官の姿が見えた。調べ物らしく、分厚い本を何冊も机に広げ、傍らの手帳へ熱心に書きつける。

 他に人の姿はなく、カウンターも無人だ。

 呪医はカウンターに手をついて奥を覗いたが、司書の姿はなかった。


 「流石に開放書架には置かんか」

 「えぇ。しばらく待ちましょう」

 二人は囁き交わしてカウンター前の机に荷物を下ろす。顔を上げたクリューチ神官と目が合った。

 「あぁ、呪医(せんせい)、お久し振りです」

 「お久し振りです。司書の方がいつ頃戻られるか、ご存知ありませんか?」

 「すみません。私が当番なんです。どんな本をお探しですか?」

 「キルクルス教の聖典を少々……」

 「呪医(せんせい)が読まれるんですか?」

 同族のクリューチ神官が緑の目を(みは)る。


 「少し調べ物をしたいのです」

 ソルニャーク隊長が、手提げ袋から文庫本を取り出して並べる。色鮮やかな表紙は、多数の書架に囲まれたこの部屋で、何故か酷く場違いに見えた。


 緑髪の神官が、同じ色の眉を(ひそ)める。

 「これは……?」

 「アーテルの若者に人気の小説で、作者もアーテル人です」

 言いながら、ソルニャーク隊長は第一巻のページを捲り、例の挿絵をクリューチ神官に向けた。

 「王国軍の制式武器ですね。本当にこの本がアーテルで出版されたのですか?」


 隊長が頷き、奥付ページを開く。

 出版社は、アーテル共和国の最大手だとファーキル少年から聞いた。

 本社の所在地は当然、アーテル本土だ。

 第一版、第十七刷。

 科学文明国では電子書籍が多く、紙の本がこれだけ刷られること自体、今時珍しい売れ行きだとも言われた。


 「確かに……しかし、これは子供向けだから、アーテル政府の検閲対象に入らなかったのですか?」

 「そこまではわかりません。協力者の子供たちが手分けして全巻に目を通し、魔術と信仰などに関する記述を抜き出してくれました」

 呪医セプテントリオーも荷物を机に広げ、ノートをクリューチ神官に渡した。


 「つまり、教会建築や聖職者の衣のように、キルクルス教に組込まれた魔術を洗い出したいのですね?」

 「そうです。これがそのまま出版されたことが、アーテルの社会と文化に魔術が残った証拠になります」

 「アーテル人が、何の疑問もなく受容するキルクルス教文化に魔術の色があること、星の(しるべ)の異端思想によって信仰と社会に軋轢(あつれき)が生じ、人々に不幸と不満をもたらしたことを確認したいのです」

 付け加えたソルニャーク隊長の声が熱を帯びる。

 アーテル共和国だけでなく、リストヴァー自治区もそうなのだろう。


 「少々お待ち下さい」

 クリューチ神官はカウンターに入り、扉の奥に引っ込んだ。


 ややあって、不用意に持とうものなら腰を傷めそうな厚さの本を抱えて来た。机に置いた重量が、足下の床に響いて伝わる。

 「これが、聖職者用の聖典です。【禁帯出】が掛かっているので、この部屋でしか読めません」

 「一日では終わりそうにないな」

 ソルニャーク隊長が、司書当番クリューチの説明に(ひと)()ちる。


 何度か通うことになりそうだ。


 移動の負担を思えば、この近くで宿を取った方がよさそうに思える。

 レノ店長が食事代として小粒の宝石を持たせてくれた。ソルニャーク隊長一人なら、安い宿に数日泊まれそうだ。魔力を宿さない宝石が入った小袋を渡す。

 「私は、施療院にコルチャークさんたちの様子を見に行って、一旦、村へ戻ります。明日、追加の宿代をここに持って来ようと思いますが、よろしいですか?」

 「構いません」

 予備知識のない呪医セプテントリオーより、キルクルス教徒のソルニャーク隊長の方が効率よく調べられる。

 昨夜、フラクシヌス教の神殿にキルクルス教の聖典が保管される理由は、説明済みだ。隊長は全く動揺することなく了承した。



 「クリューチ神官、恐れ入りますが、フィアールカさんと会う機会がありましたら、伝言をお願いできませんか?」

 「メールで今すぐ連絡できますが、直接会って話した方がいい内容ですか?」

 湖の民の神官がタブレット端末を取り出す。

 呪医セプテントリオーは、手品でも見せられたような心地で彼の手許を見た。

 「メールで大丈夫だと思います」


 ……ラクリマリス領内ならば、通信傍受の危険はなかろう。


 クリューチ神官は、セプテントリオーの口述とほぼ同時に用件の入力を終えて送信する。慣れた手つきに感嘆して礼を言った。


 二分と経たない内に端末が震える。

 「一時間くらいでここに来られるそうですが、どうされますか?」

 待つ旨、返信してもらい、情報交換して時間を潰した。

☆クリューチ神官……「593.収録の打合せ」参照

☆例の挿絵……「1137.アーテル文化」参照

☆施療院にコルチャークさんたちの様子……「1083.初めての外国」「1084.変わらぬ場所」「1144.向かう先には」参照

☆フラクシヌス教の神殿にキルクルス教の聖典が保管される理由……「1036.楽譜を預ける」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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