1163.懐いた新兵器
アル・ジャディ将軍が北ザカート市に来た。
目的は、前線の状況確認と兵士らへの激励、捕縛したキルクルス教徒たちへの尋問だ。
ラズートチク少尉の報告を受け、直々に聞きたいことができたと言う。
パジョーモク議員と政策秘書シストス、リストヴァー自治区を脱走した星の標三人は、二カ所に分かれて軟禁してある。この廃墟には、パジョーモク議員と政策秘書シストスが居た。
魔装兵ルベルがアル・ジャディ将軍を直接目にするのは、司令部の密議の間で魔哮砲の操手になるかどうか、打診されて以来だ。
「久しいな、ルベル。難しい任務をしっかりこなしてくれ、頼もしく思うぞ」
「勿体ないお言葉、恐れ入ります」
親しげに肩を叩かれ、ルベルは恐縮した。
民間の魔獣駆除業者に擬装した魔装兵たちが、赤毛の魔装兵に驚いた目を向け、その傍らに蹲る闇の塊を恐ろしげに見る。
給餌を終えたばかりの魔哮砲は、すっかり満足して大人しかった。
「これからも、よろしく頼むぞ」
「はッ!」
ルベルは敬礼し、ラズートチク少尉の案内でアル・ジャディ将軍とシクールス陸軍将補が上階へ行くのを見送った。
政府軍が接収したこの廃墟には、今、民間の駆除業者は居ない。
ザカート港に駐留する防空艦ノモスの艦長が、魔獣由来の素材調達を依頼して人払いした。大量発注で、当分戻らないだろう。
三人の姿が見えなくなると、闇の塊がとろりと動き、操手である魔装兵ルベルの手に触れた。
「何だ、お前も緊張してたのか?」
ルベルが撫でてやると、魔哮砲は不定形の身体全体をたぷんと揺らした。
「そいつ……コトバわかるのか?」
「力ある言葉の命令通りに動くから、多分、わかってるんじゃないかな?」
「それは、アレだろ。【使い魔の契約】で縛ってあるからじゃないか」
別の魔装兵が苦笑する。
「湖南語の命令にはあんまり従わないけど、わかってるっぽい反応はするから、正確な意味はわからなくても、何て言うか……犬とか猫みたいに言葉の雰囲気くらいは伝わってるんじゃないかなって」
「ペット感覚かよ」
魔装兵たちにどっと笑いが起きる。
「まぁ実際、よく懐いてるよな」
一人が目尻を拭うと、別の魔装兵がルベルと魔哮砲を交互に見て言った。
「ちょっとだけ、触らせてもらっていいか?」
「んー……別にいいけど、コイツが嫌がったらやめてくれよ」
「えぇ? こんな目鼻も何もない真っ黒で、どうやってイヤがってるとか見分けるんだよ?」
他の者たちも笑いを引っ込め、困惑と疑問、好奇心の混じった目を向ける。
「って言うか、コレにイヤとか感情なんてあるんだ?」
「あるよ。……なぁ」
ルベルが声を掛けると、闇の塊がぷるりと揺れた。魔装兵たちがどよめく。
触りたがった魔装兵が感心した。
「へぇー……ホントに言葉の雰囲気くらい、わかってそうだな」
「今の揺れ方は何だ?」
「頷いたんじゃね?」
「あー、わかった。揺れ方」
ペット感覚だと笑った兵がポンと手を打つ。
「揺れ方で感情を表してんのか」
「よく考えたら、人間が使う用に開発したんだから、懐く機能が付与されてて当然なんだよな」
「そっか。意思疎通も」
納得の輪が広がり、場の空気が何となく落ち着く。
「で、触っていいか?」
「ちょっとだけなら」
許可を得た魔装兵が指一本でおっかなびっくりつつく。魔哮砲は太い指がめり込んでも反応を示さなかった。指を抜き、掌でそっと撫でる。
「意外とあったかいな」
「どんな感じだ?」
「うーん……アレだ。発酵途中のパン生地みたいな」
「俺もいいか?」
「一人ずつなら」
ルベルの一言で、あっという間にむさ苦しい男たちの行列ができた。
魔哮砲は、二十分ばかり魔装兵たちのゴツい手で撫で回されたが、特に嫌がる素振りを見せなかった。
……でも、喜んでるワケでもないっぽいんだよな。
されるがまま、むにむにいじられるが、使い魔の主であるルベルにも魔哮砲の感情が読めなかった。
ツマーンの森で【見鬼の色】を持ってムラークたちと追い掛けた時には、明らかに嫌がり、予想外の速さで森中を逃げ惑った。
捕獲の苦労を思い出し、魔哮砲の快・不快の基準がわからなくなる。
闇の塊を撫でる魔装兵たちは嬉しそうだ。
ルベルは窓に視線を遣った。
二階からは、ザカート港に駐屯する防空艦ノモスが【索敵】なしでよく見える。
激しい空襲を受けた北ザカート市内でも、西側の区域は瓦礫の撤去と再処理がかなり進み、更地のあちこちに建築資材がきちんと積んであった。【穿つ啄木鳥】学派の工兵が、術で瓦礫から作りだした建築資材は、ガルデーニヤ市など、ネーニア島北部の壊滅した都市へ魔道機船で送られる。
先に送ったネーニア島北東部のトポリ市やキパリース市などは、防壁の修復に必要な資材の輸送だけは終えられた。
基地の破壊によってアーテル軍の空襲が止み、都市の復旧は少しずつ進むが、工兵の数が少なく、進捗は遅かった。
北ザカート市自身の防壁も再構築されつつあるが、まだ何年も掛かるだろう。
ルベルが居るのは市の中心部辺りで、空襲で倒壊しなかった建物が瓦礫の間に散在する。主要な道路はキレイに片付けられたが、両脇の区画に取敢えず瓦礫を積んだだけで、灰色の景色が広がる。
リストヴァー自治区の脱走者を保護した廃ビルは東の地区で、そちらはまだ、道路の瓦礫撤去も手つかずの部分が多い。
魔哮砲に食べさせた為、瓦礫の山には工兵の邪魔をする雑妖は一匹も居ない。
瓦礫が片付けられ、使えるものは術で処理して建材化し、防壁が完成すれば、市内の復興作業にも手を着けられるが、その日がいつになるのか、ルベルにはわからない。
アーテル本土の基地はすべて破壊したが、まだ、ランテルナ島の基地は手つかずだ。ぐずぐずしていては、本土の基地も復旧してしまう。
再度、アーテル軍の空襲があれば、振り出しに戻ってしまうのだ。
一般人の立入制限がいつ解除されるか、全く読めなかった。
「あんまり長く出してると消耗するから」
撫でる順番が一巡するのを見計らって声を掛ける。
魔装兵たちは名残惜しそうにしたが、誰も反対しなかった。
「入れ、この世ならざる傍生」
魔装兵ルベルは、魔哮砲を茶色の小瓶【従魔の檻】に収め、与えられた部屋に引っ込んだ。
☆ラズートチク少尉の報告……「1131.あり得ぬ接点」参照
☆パジョーモク議員と政策秘書シストス……「1078.交渉材料確保」「1100.議員への質問」「1101.間諜への尋問」参照
☆リストヴァー自治区を脱走した星の標三人……「1129.追われる連中」~「1131.あり得ぬ接点」参照
☆司令部の密議の間で魔哮砲の操手になるかどうか、打診……「750.魔装兵の休日」参照
☆【使い魔の契約】で縛ってある……「776.使い魔の契約」参照
☆ツマーンの森で【見鬼の色】を持ってムラークたちと追い掛けた時……「439.森林に舞う闇」「486.急造の捕獲隊」「487.森の作戦会議」「509.監視兵の報告」「523.夜の森の捕物」参照
☆西側の区域は瓦礫の撤去と再処理がかなり進み……「1112.曖昧な口約束」参照




