1162.足りない信任
「アーテルの選挙結果と今後の対策について、話を戻しましょう」
両輪の軸党のアサコール党首が仕切り直した。
情報収集者席のラゾールニクが、小さく手を挙げて発言する。
「今回、全体的に投票率低いけど、二十代の若年層だけは、コンマ六パーセントだけ伸びてるんですよね」
「君たちが、ラジオや口コミで広めたプロパガンダの成果と言ったところですかな?」
アミトスチグマの国会議員ジュバーメンが手許の資料を捲り、投票率グラフのページを開いた。ファーキルも、ノートパソコンのファイルを起動する。
今回、全体の投票率は四十八パーセント。
前回の投票率は六十二パーセントだった。
大幅な下落だが、戦争とテロで有権者の死亡や行方不明、入院などが増えたせいもあるだろう。
……よく考えたら、戦争中でも選挙やるって凄いよな。
今回は変更なかったが、与党が入れ替わった場合、国の方針が大幅に変わり、外交政策の変更に伴って各国との関係を再構築しなければならなかったかもしれないのだ。
年代別投票率を見ると、二十代は毎回、三十パーセント台後半から四十パーセント台前半で推移し、全年齢層中で最低だ。〇.六パーセントとは言え、上昇した今回は過去最高の投票率を記録した。
出口調査を見た限り、若者の浮動票は安らぎの光党に流れたらしい。
正直に答えたと信じるならばの話だが。
「若い人は支持政党のない方が多いようですから、二十代、三十代の浮動票をこれだけ誘導できたのは、大変なことですよ」
両輪の軸党のモルコーヴ議員が感嘆する。
例のポスターの誘導で実際、何人にユアキャストのブロッキングを解除する不正アプリをダウンロードさせ、どの程度、選挙に影響したか不明だが、何かが動いたことだけは確かだ。
アサコール党首が出席者を見回す。
「当面の目標は、ルフスの工業団地計画の阻止と、アーテル人の厭戦感の醸成ですね」
「今回の投票が低調だったのは、投票先がなかったからだ、とSNSを中心に囁かれています」
黒髪の若い女性が、情報収集者席でタブレット端末を見ながら言う。
SNSの情報は分類と集計に時間が掛かる為、今回の会議では配布できる資料がない。
「戦争を続ける現政権はイヤだけど、野党も戦争に関してはどこも似たようなモノ。でも、芸能人が結成したイロモノ政党はイヤってとこかしら?」
運び屋フィアールカも情報収集者席で端末をつつき、唇に薄い笑みを浮かべる。彼女の手許には、ロークたちだけでなく、複数の国の同志たちが集めた膨大な情報があった。
「ネモラリス島では、隠れキルクルス教徒が湖の民を煽って、ネミュス解放軍の共鳴者を増やしてくれたことですし、こちらも、ポデレス大統領とアーテル党に敵対する勢力を……社会の機運を醸成してみようかと思いますが、いかがでしょう」
ファーキルは、アサコール党首の顔をまじまじと見た。冗談を口にしたワケではないらしい。ジュバーメン議員が、曖昧な顔で相槌を打った。
ラクエウス議員が困惑に声を揺らす。
「一体、どんな策があると言うのだね?」
「アーテル共和国内で暮らす力ある民以外にも、不満を抱える層が厚いとわかりました。それぞれ、不満の種類は異なりますが……そうですね、例えば」
アサコール党首は、ラクエウス議員に身体ごと向き直った。
「大聖堂から派遣されたレフレクシオ司祭の礼拝で、星の標の思想が異端であること、彼らを放置するキルクルス教団アーテル支部の怠慢、それに、本来の教えでは力ある民の存在を排除しないこと、聖典に魔術が組込まれていることなどが明らかになりました。信仰心が篤い信者程、裏切られたと憤る気持ちが強いのではないでしょうか」
「それだけじゃないわ。星の標が、力ある民だとわかった人を見せしめに火炙りにしたから、大切な人を奪われた人たちは怒り心頭よ」
運び屋フィアールカは、面白がる調子だ。
ラクエウス議員は、老いて重くなった瞼を押し上げて言う。
「今の自治区と同じ状態にすると言うのかね?」
「実際に命の遣り取りが起きるかどうかは、アーテル人の寛容性に懸かってるんじゃないかしら?」
フィアールカにしれっと躱され、老議員はアサコール党首を見た。
「投票率四十八パーセント。その中で過半数を占めたところで、アーテル国民の大半は、ポデレス大統領とアーテル党……星の標とズブズブの組織に信任を与えなかったのですよ」
アサコール党首は、静かな声で続けた。
「しかし、他の政党も教団と癒着して、アテになりません。唯一、宗教色がない政党が安らぎの光党。それと、一部の無所属無推薦の単独候補です。我々が何もしなくても、いずれ、崩壊するでしょう」
「私たちは、それを手助けして早めるんですの?」
モルコーヴ議員が党首に確認する。
……アーテルでもクーデターを起こさせるってこと?
ファーキルは、大人たちの恐ろしい遣り取りを一言一句聞き漏らすまいと耳を傾けた。
☆例のポスターの誘導……「0995.貼り紙の依頼」「1001.蠍のブローチ」「1002.ポスター設置」「1065.海賊版のCD」「1066.拡散した真実」「1088.短絡的皮算用」参照
☆ルフスの工業団地計画……「0966.中心街で調査」「0967.市役所の地下」「1022.選挙への影響」~「1024.ロークの情報」参照
☆大聖堂から派遣されたレフレクシオ司祭の礼拝……「1069.双頭狼の噂話」~「1073.立ち止まろう」参照
☆星の標が、力ある民だとわかった人を見せしめに火炙りにした……「810.魔女を焼く炎」参照
☆今の自治区と同じ状態……「0991.古く新しい道」「1007.大聖堂の司祭」参照
☆ポデレス大統領とアーテル党……星の標とズブズブの組織……「1112.曖昧な口約束」参照
☆クーデター……「599.政権奪取勃発」~「602.国外に届く声」参照
☆他の政党も教団と癒着(中略)無所属無推薦の単独候補……「868.廃屋で留守番」参照




