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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十一章 求心

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1160.難しい線引き

 呪医セプテントリオーは、食後すぐ荷台の隅で寝息を立て始めた。

 ジョールチとクルィーロは、時々ソファを窺いながら小声で話を続ける。余程疲れたのか、呪医は人の声に全く反応がなかった。



 「儲かる? 何で?」

 少年兵モーフが、すかさず疑問を口に出す。

 その理由ならクルィーロにもわかるが、半世紀の内乱時代に生まれたアビエースの答えを待った。

 「戦争してる国は、攻撃されて生産拠点が壊されたり、何か作る人や仕入れる人が居なくなってしまうだろ」

 「せーさんきょてん?」

 「例えば、魚だったら、漁港が壊れると獲った魚を水揚げするのが難しくなる」

 「うん」

 漁師らしい説明に頷く。

 クルィーロは、星の道義勇軍の攻撃とアーテル・ラニスタ連合軍の空襲で破壊し尽くされたジェレーゾ港を思い出した。


 「農家だったら、畑がやられたらおしまいだし、パン屋さんだって、小麦を粉にする工場がやられたら、仕事が難しくなる」

 レノを見ると、その通りだと頷いた。

 「他にも、道路がやられたら、生野菜とか生鮮食品を運べなくなるし、生き残ったって俺たちみたいに避難したら、作るどころじゃなくなる」

 「ん? でも、店長さん、パン作って売ってたよな」

 「店があった頃は、もっと色んな種類のを量もたくさん売ってたんだ」

 レノの表情は変わらなかったが、声は心なしか震えて聞こえた。


 ジョールチが説明を引受ける。

 「生産と物流が滞っても、おカネがある内なら、輸入である程度は(しの)げます。民間人が自力で手に入れられる地域が少なくなるので、軍や政府が流通を代行しなければなりませんが、生活は何とかなります」

 「今まで通った街も、軍が配達してたのか」

 少年兵モーフが驚く。

 「ネモラリス島内では、燃料や医薬品など元々輸入割合が高い品目以外は、まだ民間輸送で(まかな)えるようです。物価は上がりましたが、餓死者が出る程ではありません」

 「地元産の物は、そんなに高くなってませんでしたね」

 何度も物価調査をしたレノが、いつもの調子を取り戻して言った。


 その情報をニュース原稿にまとめたジョールチが、タブレット端末に視線を落とした。

 「戦争の継続に必要な物資……戦闘糧食(レーション)や武器弾薬などは、軍需品を扱う民間企業が積極的に売り込みますし、民間の傭兵会社や、大きな軍需品企業を抱える国家も、それを支援します」

 「所謂(いわゆる)、死の商人と言う奴だよ」

 老漁師アビエースが悔しさを滲ませると、少年兵モーフが憤った。

 「他所(ヨソ)の奴を不幸にして儲ける奴が居ンのかよ」

 ジョールチが苦しげに言う。

 「悲しいけど、その通りだよ。一見、戦争とは無関係なネジなどの汎用部品を作る会社でも、兵器工場がその会社の製品を使えば、そんなつもりがなくても、結果的に戦争を手伝ったことになってしまう」

 「漁師だって、戦闘糧食(レーション)にしようと思って魚を獲らなくても、魚を買った会社がそれ用の缶詰に加工することもあるんだよ。世の中みんな、関係ないようでいて、どこかで縁が繋がってるからね」


 クルィーロは、老漁師アビエースの湖の民らしい答えに同意した。

 「俺たちの活動だって、星の(しるべ)と繋がってる隠れキルクルス教徒が利用してるらしいし、戦争で誰かを不幸にした責任って、どこからどこまでって線引きすんの、難しいと思うよ」

 「俺らの活動って?」

 モーフは鳩が豆鉄砲を食らったような顔でクルィーロを見た。

 「ファーキル君が作ってくれた報告書に書いてあったよ。ローク君が調べてくれたそうだけど、リャビーナの倉庫会社の社長が、表向きはボランティアに協力してるけど、裏ではキルクルス教徒を増やす為に色々工作してるらしい」

 「難しくて、全然読んでねぇ」

 クルィーロには、項垂(うなだ)れたモーフを慰める言葉がみつからなかった。

 メドヴェージが笑い飛ばす。

 「坊主にゃ他にやるコト山程あるんだ。今のお前にできるコトだけやっとけよ」

 モーフは顔を上げたが、老漁師の陰になってメドヴェージからは表情が見えないだろう。



 「選挙は蓋を開けてみなければわかりませんが、今回は概ね下馬評通りでした」

 ジョールチが話を戻した。声には落胆と諦めの色が混じる。


 国政選挙では、アーテル党が過半数を占めて圧勝、大統領予備選も、現職のポデレス大統領を含め、ネモラリス共和国との戦争継続を呼掛ける候補が通過した。

 平和を訴えて次の段階へ進めたのは、唯一人。安らぎの光党のヒュムヌス候補だけだ。


 アナウンサーのジョールチが、クルィーロが持ち帰ったタブレット端末の一覧を見て、ニュースと同じ調子で大統領予備選の当選者名と所属政党、公約を読み上げると、モーフが目を輝かせた。

 「その、ヒュム何とかって奴が大統領になりゃ、戦争終わるんだな?」

 「ヒュムヌスに投票したのは、少数派だからね」

 ジョールチが困った顔で答えると、メドヴェージが重々しく頷いた。

 「アーテルの選挙の仕組みなんざ知らねぇけどよ、もし、ネモラリス憂撃隊の連中が、ポデレス大統領や他の候補者を皆殺しにしても、コイツが大統領になるたぁ限ンねぇぞ」

 「何でだよ」

 モーフが口を尖らせる。


 ジョールチが補足した。

 「ポデレス大統領が暗殺された場合、アーテル党から代わりの人を出して、大統領の仕事をするんだよ。その為の大統領補佐官だからね。仮に補佐官や他の候補者が全員殺されたとしても、大統領選挙の予備選が終わるまでは、アーテル党から人を出すだろうね」

 「何でだよ?」

 「ポデレス大統領が、アーテル党の人だからだよ。同じ意見の人が集まって政党を作るからね。代表民主制では、大統領に何かあった時、同じ意見の人の中から代わりの人を出した方が、国民の意見を反映させやすいことになってるんだよ」

 モーフは難しい顔で黙った。


 仮に安らぎの光党のヒュムヌスが大統領になったとしても、第一与党のアーテル党が過半数を占める国会は荒れるだろう。

 捻じれを解消しようと、安らぎの光党がアーテル党に合流すれば、小規模政党は呑み込まれてしまう。


 議会を無視して大統領権限を(ふる)い続ければ、弾劾(だんがい)されるかもしれない。

 アーテルの一般人も、少数派の意見に大人しく従うとは思えなかった。

☆星の道義勇軍の攻撃とアーテル・ラニスタ連合軍の空襲で破壊し尽くされたジェレーゾ港……「0072.夜明けの湖岸」「826.あれからの道」参照

☆農家だったら、畑がやられたらおしまい……「757.防空網の突破」参照


☆道路がやられたら、生野菜とか生鮮食品を運べなくなる……「615.首都外の情報」参照

※ 生き物は【無尽袋】に詰められない為、陸路での大量輸送はトラックが主流。「645.二人は大丈夫」参照


☆店長さん、パン作って売ってた……「217.モールニヤ市」「218.移動販売の歌」「286.プラヴィーク」参照

☆店があった頃は、もっと色んな種類のを量もたくさん売ってた……「0021.パン屋の息子」参照

☆民間輸送で賄える/地元産の物は、そんなに高くなってませんでした……「645.二人は大丈夫」「825.たった一人で」参照

☆何度も物価調査をした……「781.電波伝搬範囲」「805.巡回する薬師(くすし)」「832.進まない捜査」「852.仮設の自治会」参照

☆ローク君が調べてくれた(中略)裏ではキルクルス教徒を増やす為に色々工作してる……「721.リャビーナ市」~「724.利用するもの」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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