0119.一階で待つ間
「おい、何の音だ?」
くぐもった音が聞こえた。ビルの裏手だ。レノが腰を浮かせる。
同じ音が立て続けに三、四回聞こえ、全員が動きを止めて耳を澄ました。
……クルィーロたちに何かあったのか?
しばらく待ったが、それ以上は何も聞こえない。
アマナがレノに何か言いかけたが、涙を滲ませ、唇を引き結んだ。
「俺、ちょっと見に行きます」
「おう、兄ちゃん、一人じゃ危ねぇぞ」
テロリストのメドヴェージに呼び止められ、廊下の中央で振り返る。
星の道義勇兵が小走りに追いついた。
「単独行動は危険だ。基本、二人以上で動け」
「あの、でも……」
「なぁに、あっちにゃ魔法使いが居る。大丈夫だ」
ポンと肩を叩いて促され、レノは廊下の奥へ向かった。
念の為、掃除用具入れから護身用に箒を一本取り、階段脇の戸を開けた。細い通路には誰も居ない。ここも、天井の石膏ボードが落ちて酷い有様だ。
警備員室も事務室と同じ爆風の被害を受けて酷い。
通用口の戸を少し開け、恐る恐る左右を見回した。
裏手は駐車場だ。
自動車の残骸が空襲の激しさを物語る。アスファルトが燃えたのか、所々土の地面が剥き出しだ。
人の姿も、雑妖の姿もない。
裏手からもあちらに一棟、こちらに二棟、焼け残ったビルが見えた。息を詰めて様子を窺う。
「行けそうだな」
メドヴェージが、戸の隙間をすり抜けて外へ出た。レノもついて行く。
二人で警戒しつつ、駐車場を見て回る。
……花畑……?
近付いてよく見ると、シーツの花柄だった。
無残な車の陰に布団が落ち、何枚も重なって盛り上がる。
全くの無傷だ。場違いな物に思考が停止した。
「これが落ちた音なのか」
メドヴェージが放送局のビルを見上げて言った。
何階から落としたかわからないが、クルィーロたちだろう。一枚ずつ持って、玄関ホールに戻った。
「布団?」
ロークが二人を見るなり言った。他の面々も首を傾げる。
「多分、クルィーロたちが落としてくれたんだと思う」
「私、洗いますよ」
レノが言うと、薬師アウェッラーナはバケツに残してあった水を起ち上げた。
「まだ三枚落ちてたから、拾って来らぁ」
メドヴェージはロークに布団を預け、さっさと通用口へ向かう。レノもピナに渡して後を追った。
落ちた布団は全部で五枚。敷布団だけだ。
洗い終えた物を長椅子と断熱シートに敷くと、立派な寝床ができ上がった。床の硬さと冷たさがマシになる。これで腰が痛くならずに済むだろう。
ゆっくり休めばその分、気力と体力も回復する。
何もかも自分たちだけでしなければならない今、健康の維持は最重要課題だ。
アウェッラーナは薬師だが、少しなら【飛翔する梟】や【青き片翼】の医術も使える。だが、病を癒す【飛翔する梟】の術には、魔法薬が必要だ。
以前のように気安く風邪を引く訳には行かない。
そのアウェッラーナは、【操水】の術で布団五枚を丸洗いし、すっかり疲れ切ってしまった。
「ありがとうございます。クルィーロたちが戻るまで、寝てて下さい」
レノが声を掛けると、アウェッラーナはひとつ頷いただけで、奥の長椅子に倒れ込んだ。声を出す気力もなくなったのか、辛うじて荷物を枕にすると、すぐに寝息を立て始めた。
ピナが毛布を掛け、そっと離れる。
一階で回収した物の分配は、既に終わった。
衣類は、薄着の五人に割り当てられた。
レノは膝掛けの一枚を肩に掛け、長椅子に腰を下ろした。洗いたての布団はふかふかだ。そのやわらかさにホッとする。
ローク、ティス、アマナの三人が、床に這いつくばって紙を繋ぎ合せる。
左の事務室の隅にミスプリントのコピー用紙が積んであった。三人がテープを探し出し、紙を貼り合わせる。
これで窓を塞げば、隙間風を防げるだろう。
レノとピナも手伝おうとしたが、「お兄ちゃんたちは休んでて」と断られ、こうして見守る。
できる作業をみつけ、ティスは張り切り、アマナも眼の前の作業に集中する。
することがあれば落ち着くのか、表情から不安の色が消えた。
ロークは最初の説明以外は口を開かず、黙々と手を動かす。
メドヴェージとピナが、ドアの前で放送局周辺を警戒した。
☆テロリストのメドヴェージ/星の道義勇兵……「0013.星の道義勇軍」「0014.悲壮な突撃令」「0018.警察署の状態」「0019.壁越しの対話」「0043.ただ夢もなく」参照
☆車の陰に布団が落ち、何枚も重なって……「0116.報道のフロア」「117.理不尽な扱い」参照
☆左の事務室……「0112.みんなで掃除」参照
☆一階で回収した物……「0111.給湯室の収穫」~「0113.一階の拾得物」参照




