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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六章 印歴二一九一年二月六日

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119/3502

0119.一階で待つ間

 「おい、何の音だ?」

 くぐもった音が聞こえた。ビルの裏手だ。レノが腰を浮かせる。

 同じ音が立て続けに三、四回聞こえ、全員が動きを止めて耳を澄ました。


 ……クルィーロたちに何かあったのか?


 しばらく待ったが、それ以上は何も聞こえない。

 アマナがレノに何か言いかけたが、涙を(にじ)ませ、唇を引き結んだ。


 「俺、ちょっと見に行きます」

 「おう、兄ちゃん、一人じゃ危ねぇぞ」

 テロリストのメドヴェージに呼び止められ、廊下の中央で振り返る。


 星の道義勇兵が小走りに追いついた。

 「単独行動は危険だ。基本、二人以上で動け」

 「あの、でも……」

 「なぁに、あっちにゃ魔法使いが居る。大丈夫だ」

 ポンと肩を叩いて促され、レノは廊下の奥へ向かった。



 念の為、掃除用具入れから護身用に(ほうき)を一本取り、階段脇の戸を開けた。細い通路には誰も居ない。ここも、天井の石膏ボードが落ちて酷い有様だ。

 警備員室も事務室と同じ爆風の被害を受けて酷い。

 通用口の戸を少し開け、恐る恐る左右を見回した。


 裏手は駐車場だ。

 自動車の残骸が空襲の激しさを物語る。アスファルトが燃えたのか、所々土の地面が剥き出しだ。

 人の姿も、雑妖の姿もない。

 裏手からもあちらに一棟、こちらに二棟、焼け残ったビルが見えた。息を詰めて様子を(うかが)う。


 「行けそうだな」

 メドヴェージが、戸の隙間をすり抜けて外へ出た。レノもついて行く。

 二人で警戒しつつ、駐車場を見て回る。


 ……花畑……?


 近付いてよく見ると、シーツの花柄だった。

 無残な車の陰に布団が落ち、何枚も重なって盛り上がる。

 全くの無傷だ。場違いな物に思考が停止した。


 「これが落ちた音なのか」

 メドヴェージが放送局のビルを見上げて言った。

 何階から落としたかわからないが、クルィーロたちだろう。一枚ずつ持って、玄関ホールに戻った。


 「布団?」

 ロークが二人を見るなり言った。他の面々も首を傾げる。

 「多分、クルィーロたちが落としてくれたんだと思う」

 「私、洗いますよ」

 レノが言うと、薬師(くすし)アウェッラーナはバケツに残してあった水を起ち上げた。


 「まだ三枚落ちてたから、拾って来らぁ」

 メドヴェージはロークに布団を預け、さっさと通用口へ向かう。レノもピナに渡して後を追った。


 落ちた布団は全部で五枚。敷布団だけだ。

 洗い終えた物を長椅子と断熱シートに敷くと、立派な寝床ができ上がった。床の硬さと冷たさがマシになる。これで腰が痛くならずに済むだろう。


 ゆっくり休めばその分、気力と体力も回復する。

 何もかも自分たちだけでしなければならない今、健康の維持は最重要課題だ。


 アウェッラーナは薬師(くすし)だが、少しなら【飛翔する(フクロウ)】や【青き片翼】の医術も使える。だが、(やまい)を癒す【飛翔する梟】の術には、魔法薬が必要だ。

 以前のように気安く風邪を引く訳には行かない。


 そのアウェッラーナは、【操水】の術で布団五枚を丸洗いし、すっかり疲れ切ってしまった。

 「ありがとうございます。クルィーロたちが戻るまで、寝てて下さい」

 レノが声を掛けると、アウェッラーナはひとつ頷いただけで、奥の長椅子に倒れ込んだ。声を出す気力もなくなったのか、(かろ)うじて荷物を枕にすると、すぐに寝息を立て始めた。

 ピナが毛布を掛け、そっと離れる。



 一階で回収した物の分配は、既に終わった。

 衣類は、薄着の五人に割り当てられた。

 レノは膝掛けの一枚を肩に掛け、長椅子に腰を下ろした。洗いたての布団はふかふかだ。そのやわらかさにホッとする。


 ローク、ティス、アマナの三人が、床に這いつくばって紙を繋ぎ合せる。

 左の事務室の隅にミスプリントのコピー用紙が積んであった。三人がテープを探し出し、紙を貼り合わせる。

 これで窓を塞げば、隙間風を防げるだろう。


 レノとピナも手伝おうとしたが、「お兄ちゃんたちは休んでて」と断られ、こうして見守る。


 できる作業をみつけ、ティスは張り切り、アマナも眼の前の作業に集中する。

 することがあれば落ち着くのか、表情から不安の色が消えた。


 ロークは最初の説明以外は口を開かず、黙々と手を動かす。

 メドヴェージとピナが、ドアの前で放送局周辺を警戒した。

☆テロリストのメドヴェージ/星の道義勇兵……「0013.星の道義勇軍」「0014.悲壮な突撃令」「0018.警察署の状態」「0019.壁越しの対話」「0043.ただ夢もなく」参照

☆車の陰に布団が落ち、何枚も重なって……「0116.報道のフロア」「117.理不尽な扱い」参照

☆左の事務室……「0112.みんなで掃除」参照

☆一階で回収した物……「0111.給湯室の収穫」~「0113.一階の拾得物」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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