1157.国会に届く歌
アーテル共和国の報道各社や有識者の予想を裏切らず、国政選挙は第一の与党であるアーテル党が順調に得票を伸ばした。
予想外だったのは、安らぎの光党の躍進だ。
泡沫候補ばかりの小さな党で、候補者が少ない割に全員がギリギリで当選ラインを突破。深夜には、前回から三議席も伸ばしたことが確定した。
数ある野党の中でも、小規模なこの党にとっては大勝と言える。
国会に届く歌声は
歌手から、国政へ
芸能人候補が躍進
ふわっとした見出しが、深夜のポータルサイトに次々表示される。
議席の過半数を占めるアーテル党とは比べ物にならないが、浮動票が平和を訴える党に流れた珍事が、報道各社の選挙速報を賑わせた。
時節柄、報道各社はどこも「平和」と言う単語を入れない。
……平和を訴えた候補者が消されなかっただけ、まだマシなのかな?
今なら、邪魔者を消しても、ネモラリス憂撃隊に罪を被せて誤魔化せる。
安らぎの光党が、邪魔だと思われないくらい無力だと気付き、何とも言えない気持ちになった。
ロークは高校生で、まだ選挙権がない。
次の選挙がいつあるかさえ、知らない。
これ程までに選挙を注視したのは、生まれて初めてだ。
ネモラリス共和国は、ネーニア島の多くの都市が壊滅し、まだ立入制限が解除されない。予定の期日が来たところで、何もできないような気がした。
有権者のクルィーロを見たが、彼はタブレット端末の画面に貼り付き、ロークの視線に気付かない。
二人は、宿の従業員が朝食の声を掛けるまで、一睡もせずに情報収集を続けた。
サンドイッチを部屋に運んでもらって片手でつまみ、もう一方の手で端末を忙しなくつつく。
卓上に置いた端末がいきなり震え、ギョッとして指を離す。
クルィーロも手を止め、ロークの端末に不安な目を向けた。
「ラゾールニクさんからメールです」
ロークがアイコンをつついて大人しくさせると、クルィーロは肩の力を抜いて作業に戻った。
〈おはよう。昨日はお疲れさん。ゆっくり休んでくれ〉
「俺たち、寝ててよかったのか?」
「よく考えたら、時差のある国にも同志が居るんでしたね」
二人で苦笑し、ロークは了解の旨を返信した。徹夜したのは黙っておく。
クルィーロの眼が赤い。ロークもそうだろう。
指定されたクラウドにデータを送り、やっと肩の荷が下りた。
頭の芯に靄はあるが、何となく目が冴えて眠れない。
冷めきった香草茶を啜って目の前の有権者に聞いてみた。
「選挙速報とか、こんなに見たの初めてです。クルィーロさんはどうですか?」
「俺もだよ。議員なんて誰がやっても一緒だと思ってたから、毎回テキトーにやって、投票した人がちゃんと仕事してるかなんて、全然気にしなかった」
若い有権者が、溜め息と共に肩を落とす。
二人とも半世紀の内乱後の生まれだ。
魔哮砲の研究をさせた秦皮の枝党議員の選出には、全く関与しなかった。
生まれる前や、選挙権を得る前に選ばれた「国民の代表」のせいで家を焼かれ、祖国を離れる羽目になったのだ。
ロークは、当時の有権者を責める気にはなれない。
彼らが魔哮砲の研究を密かに進めさせたと知る国民は、ほぼ居ない。
もし、機密ではなく、国民に広く知らせた事業なら、次の選挙では「法案を通して魔哮砲の研究事業を推し進めた議員」に票を投じる国民は減っただろう。
……知ったところで、次の選挙まで何もできないなんてな。
「候補者の主張って色々あって、……何て言うか、丸ごと全部同意できる人って居なくってさ」
「あー……そうですよね。友達でもそこまでピッタリ気があう奴って居ませんもんね」
「だろ? でも、投票って一人の議員から“意見その一”と“その二”を切り離せないんだよ。この人の経済政策はイイけど、福祉政策はダメとか」
「全肯定か全否定って、普通の付き合いだったらあり得ないのに」
ロークは、祖父が隠れキルクルス教徒の議員との付き合いを自慢げに語るのを思い出した。
「議員に陳情して、意見を修正してもらったりとか、あるみたいですけどね」
「そりゃ、元から知り合いならいいだろうけどさ」
「あー……」
クルィーロに苦笑され、信仰を通じて議員と密な付き合いがあるディアファネス家が、一般的ではないと思い知らされた。
「仕事はデキるけど性格悪いから、職場の外では会いたくない人ってフツーに居るし、政治家相手でもそう言うのあると思うんだ」
「この人のこっちの政策はいいけど、あの政策はダメってできればいいのに」
ラゾールニクたちが事前にプロパガンダを流したそうだが、何をどう広めたか、ロークたちは知らない。選挙結果への影響がどの程度あったかも、わからなかった。
ロークは、クルィーロの喩えで今回集めたデータを思い出した。
景気対策や福祉の話題が多く、意外な程、戦争について触れられない。
ネモラリス討つべしで一致して、争点にならなかった可能性もあるが、安らぎの光党が過去最高の議席を獲得したことを考えると、そうでもない気がした。
☆アーテル党……「0001.内戦の終わり」「0059.仕立屋の店長」「858.正しい教えを」「868.廃屋で留守番」「869.復讐派のテロ」「1022.選挙への影響」参照
☆安らぎの光党……「328.あちらの様子」「353.いいニュース」「371.真の敵を探す」「693.各勢力の情報」「703.同じ光を宿す」「1139.安らぎの光党」参照
☆平和を訴えた候補者……「1139.安らぎの光党」参照
☆ネーニア島の多くの都市が壊滅し、まだ立入制限が解除されない……「128.地下の探索へ」「168.図書館で勉強」「181.調査団の派遣」「190.南部領の惨状」「267.超難問と兄妹」「304.都市部の荒廃」「527.あの街の現在」参照
☆ラゾールニクたちが事前にプロパガンダを流した……「291.歌を広める者」参照




