1154.僅かな繋がり
「お年寄りから『半世紀の内乱中は、立場が違う人たちが対等に命の遣り取りをして、政治的にも平等だった』って聞いたんですけど、それってホントですか?」
前回の放送でアルキオーネと名乗った少女が、可愛い声に似合わぬ物騒な質問を投げた。DJレーフは、困った声に僅かな笑いを含ませて答える。
「僕も、半世紀の内乱が終わってから生まれたからね。当時どうだったか、直接には知らないけど、でも、ひとつだけ言えることはあるよ」
「なんですか?」
四人の少女が声を揃えてリスナーを代弁する。
魔装兵ルベルは、安宿のベッドで寝返りを打ち、タブレット端末から流れるインターネットラジオの声に耳を澄ました。
「ラキュス・ラクリマリス共和国は、信仰と政治的な主張の近い人たちの手で、今の三カ国に分割されたんだ」
「ラクリマリス王国、ネモラリス王国、それとアーテル共和国ですね」
DJレーフの答えを受け、エレクトラのやわらかな声が当然のことを確認する。
「フラクシヌス教の主神派で、王政がいい人が作ったのがラクリマリス王国」
「フラクシヌス教の湖の女神派で民主主義が好きな人は、ネモラリス共和国」
「キルクルス教徒で、民主主義がいいねって人の集まりが、アーテル共和国」
アルキオーネ、タイゲタ、アステローペが三カ国を一言でまとめた。
「つまり、その属性の人たちが対等だったから、国の分け方がそうなったんだと思うよ」
ルベルはDJの説明に改めて三カ国の状況を考えた。
……でも、その属性だけでキレイに分かれたワケじゃないんだよな。
ラクリマリス王国では、政策秘書シストスのような力なき民は弱者として扱われ、投票権は与えられても、立候補する権利は与えられない。
キルクルス教徒は存在自体がご法度だ。
「でも、そんなキッチリ分かれてないよね?」
「アーテルとネモラリスには、少数派の自治区がある……んだっけ?」
アルキオーネが話を振ると、アステローペが自信なさそうに応じた。
「そうそう。ニュースで見たけど、アーテルが宣戦布告した理由って『ネモラリス政府がキルクルス教徒の自治区を弾圧したから』じゃなかった?」
「ユアキャストで、ネモラリス軍が魔法生物を武器にしたって動画見たけど、それはまた別?」
エレクトラの同意をタイゲタがやんわり否定する。
魔装兵ルベルは、ウェストポーチの中身に意識を向けた。
当の“兵器化された魔法生物”である魔哮砲は、操手ルベルの命令に従って【従魔の檻】に収まり、静かに眠る。
「そう言われてみれば、そう言うのあったねー」
「アーテルはダイジェスト版みたいの出して、ラクリマリスが記者とかいっぱい呼んで詳しいの出してたけど、あれって両方の政府が相談してUPしたのかな?」
アステローペが思い出すと、アルキオーネが誰にともなく聞いた。
ラクリマリス王国の放送局で、祖国を捨てたアーテル人の少女らが語り、ネモラリス人のDJは黙して語らない。何とも妙な状況だ。
「国の偉い人同士が何考えてるかなんて、そんなのわかんないよぉ」
「大体、ラクリマリスとアーテルって絶交してるんじゃなかった?」
エレクトラの声がべそをかくと、アルキオーネが思い出したように言った。アステローペが溜め息混じりに言う。
「元々同じ国でお隣さんなのにねぇ」
「親戚の人とか居そうなのにね」
「会えないの?」
「無理でしょ」
エレクトラの疑問にアルキオーネがぴしゃりと言う。
「魔法使いは行けるかもだけど、アーテルの力なき民は交通機関どうすんの」
「あー……」
少女たちの落胆にDJレーフがやっと口を開いた。
「行けなくはないし、ラクリマリスに親戚が居る人は、力なき民でも移住して国籍も取得できるんだ」
「えぇッ?」
「ウッソー」
「マジで?」
「どうして」
少女たちが驚きと疑問を同時に発し、ルベルの聞きたいことを一度に言ってくれた。
「半世紀の内乱後も、しばらくは国交があったんだ」
「えぇー、意外ー」
「でも、今は絶交してますよね」
DJレーフが言うと、タイゲタが驚き、アルキオーネが再度確認した。
「ヴィエートフィ大橋の再建って、ラクリマリスとアーテルの共同事業だったんだ。で、完成したら、ラクリマリス領に居た力なき民のキルクルス教徒と、アーテル領に居た力ある民や、フラクシヌス教徒の力なき民は、それを渡って引越した」
「でも、全員じゃないですよね?」
「アーテルには魔法使いの人用の自治区があるし」
アルキオーネとタイゲタが指摘すると、DJレーフは更に踏み込んだ。
「どっちの国にも、何かの事情で引越せなかった人が取り残されてる」
原稿があるのか、DJは両国の現状を淡々と語った。
南北ヴィエートフィ大橋の完成後、両国はそれぞれの少数派を交換した。
半世紀の内乱終結から十年程経って、ラクリマリス王国が魔術偏重政策を宣言したところ、アーテル共和国は打てば響く勢いで一方的に断交を宣言し、北ヴィエートフィ大橋のランテルナ島側に部隊を置いて封鎖した。その後、国内に残る力ある民や湖の民、フラクシヌス教徒をランテルナ島に強制移住させる。
……地下街には老舗が多いし、ランテルナ島には、梃子でも動かない住民が多そうだな。
ランテルナ島の地下街チェルノクニージニクは、ずっと昔の旧ラキュス・ラクリマリス王国時代に腥風樹との戦いで築かれた。
ルベルは、強制移住させられた新しい住民より、旧王国時代から居る長命人種やその子孫が多いのではないかと思った。
現在のラクリマリス王国には、力なき民のキルクルス教徒用の自治区はない。
政策秘書シストスのように信仰を隠して暮らす者が、王国内にどれだけ居住するか把握するのは不可能だろう。
「湖東地方のジゴペタルムとか、両方と国交があるとこを経由すれば、今でも飛行機で行き来できるよ」
「えっ? パスポートとかどうするんですか?」
アルキオーネが半ば呆れた声で聞く。
「僕もそうだけど、大抵の魔法使いは場所をしっかり憶えてれば【跳躍】で移動できるからね。魔法文明国はパスポートでの出入国管理なんて気にしないとこが多いんだよ」
「あー……じゃ、ラクリマリスの方は記録が残んないんですね」
アステローペがリスナーに代わって相槌を打つ。
「ラクリマリス側は、アーテルから一方的に断交を宣言されたけど、意外と融和派の人が多くて、ラクリマリスに親戚が居て、王政に反対じゃない人は、アーテルから来た力なき民でも国籍を取得できるんだ」
AMシェリアクのラジオ放送は、ラクリマリス領内だけでなく、アーテル領の一部地域でも受信可能だ。
……何で国籍のことを何回も言うんだ?
インターネットラジオは検閲で聞けないだろうが、ルベルはこの特別番組「花の約束」の意図が読めなかった。
☆前回の放送……「1014.あの歌手たち」~「1018.星道記を歌う」参照
☆信仰と政治的な主張の近い人たちが集まって、ラキュス・ラクリマリス共和国は今の三カ国に分割……「0001.半世紀の内乱」参照
☆属性だけでキレイに分かれたワケじゃない……「301.橋の上の一日」「611.報道最後の砦」「890.かつての共存」参照
☆アーテルが宣戦布告した理由……「0078.ラジオの報道」「154.【遠望】の術」「284.現況確認の日」「340.魔哮砲の確認」「678.終戦の要件は」参照
☆ネモラリス軍が魔法生物を武器にしたからって動画
アーテル版……「499.動画ニュース」参照
ラクリマリス版……「500.過去を映す鏡」参照
ラクエウス議員ら……「496.動画での告発」「497.協力の呼掛け」参照
実際の状況……「486.急造の捕獲隊」~「488.敵軍との交戦」「498.災厄の種蒔き」参照
☆半世紀の内乱後もしばらくは、ラクリマリスとアーテルには国交があった/南北ヴィエートフィ大橋の再建……「0118.ひとりぼっち」「144.非番の一兵卒」「299.道を塞ぐ魔獣」「352.王国領の被害」参照
☆ラクリマリスに親戚が居る人は、力なき民でも移住して国籍も取得できる……「631.刺さった小骨」「675.見えてくる姿」「0997.居場所なき者」参照
☆北ヴィエートフィ大橋のランテルナ島側に部隊……「312.アーテルの門」「313.南の門番たち」参照
☆旧ラキュス・ラクリマリス王国時代に腥風樹との戦いで築かれた……「382.腥風樹の被害」「424.旧知との再会」参照
☆政策秘書シストスのように信仰を隠して暮らす隠れキルクルス教徒……「0997.居場所なき者」「1078.交渉材料確保」「1085.書庫での会議」参照
☆パスポートとかどうする……「222.通過するだけ」「696.情報を集める」参照




