1153.繋がった記憶
魔装兵ルベルは、安宿の受付脇に貼られたポスターを思い出し、タブレット端末で「AMシェリアク」を検索した。
ラクリマリス王国の放送局だ。
前回の特別放送は中古屋で買ったラジオで聞いたが、今回の放送は、魔哮砲の給餌で聞きそびれた。
ラズートチク少尉の情報によると、アーテルの首都ルフスでは、工業団地の用地買収が進み、浮浪者などの不法滞在対策の一環として、夜間も警察官が巡邏を行い、廃工場には監視カメラの再設置が進んだと言う。
以前のように侵入して、魔哮砲の姿を監視カメラに記録されてはマズい。
アーテルの監視カメラは、その場で録画するだけに留まらず、インターネット回線を使って遠隔監視が可能な機種もあると教わった。
今回は、首都郊外の別荘地で給餌した。
ネモラリス憂撃隊が名もなきゲリラだった頃、拠点として使用した場所だ。
拠点はアーテル軍の機銃掃射と爆撃で跡形もなかったが、ここで命を落としたネモラリス人ゲリラの怨念が土地にこびりつき、大量の雑妖が居た。
給餌は一昨日の夕方から翌朝にかけて行われ、その後は休息に充てた。
今日は投票前日。
現職ポデレス大統領の最終演説を聞きに行ったが、戦争を終わらせる気配が微塵もないとわかり、何をしたでもないのに精神的に疲れ果ててしまった。
何故、曲がりなりにもアーテル領のランテルナ島で、宿屋がラクリマリスの放送局の番宣ポスターを貼るのかわからない。
……力ある民が住んでて、行商人とか来るからなのか?
疲れ切った頭でぼんやり考える。
ここは、スクートゥム王国などから来る行商人向けの宿だ。
ルベルは自己解決して、AMシェリアク公式サイトの特別番組のページを開く。
インターネットラジオの項目を恐る恐るつつくと、軽快なジングルに続いて男性DJと少女たちの声が番組名を告げた。
前回の二倍、一時間の放送枠を総合商社パルンビナ株式会社が一社提供する。
……アミトスチグマの会社なのに、ラクリマリスのラジオで……元、採れるのか?
幾ら掛かるか知らないが、他人事ながら採算が心配になった。
少女たちが「巡る日の始まり」との題名で歌ったキルクルス教の讃美歌は、歌詞こそ共通語だが、旋律は完全に【歌う鷦鷯】学派の呪歌【空の守り謳】だ。
……どう言うことだ?
混乱気味の思考を見透かし、整理するかのようにDJと少女たちの掛け合いが続く。
力ある民による呪歌【空の守り謳】の詠唱が流れ、ルベルは自分の勘違いなどではなかったとホッとした。
パン屋の無邪気な歌で少し和んだが、天気予報のBGM「この大空をみつめて」の替え歌が作られた経緯を思うと、暢気に楽しむことなどできなかった。
……作詞した子は今、難民キャンプに居るのか?
無事にアミトスチグマに辿り着けた保証はない。“真実を探す旅人”とやらが何者か知らないが、作詞者の無事な姿を動画に残してくれたことに感謝する。
その名を心に刻み、後でユアキャスト内を検索すると決め、音声に耳を傾ける。
ニプトラ・ネウマエが【やさしき降雨】を唱える声が流れる。局地的に小雨を降らせる呪歌だ。
魔装兵ルベルは、彼女のファンである同僚を思い出したが、首都クレーヴェルで催し物に行った日が、遠い昔のように思えた。
あの時、ルベルは昼食代として「女神の涙」を歌った。
港公園の展望台に居合わせた帰還難民の子らは、ネミュス解放軍のクーデターから無事に生き延びられただろうか。
「あッ……!」
脳裡で全く無関係な記憶が繋がった。
帰還難民の子らは、ニプトラ・ネウマエから「女神の涙」の別の歌詞を教わり、一緒に歌ったと言う。同僚が羨ましがり、みんなで互いの知る“同じだが別の歌”を教え合った。
彼らの中に高校生くらいの少年が居た。
ルフス光跡教会で魔獣に襲われた直後、顔が変わった少年。あれは【化粧】の首飾りを落として素顔に戻ったのだ。どちらも短時間だが、印象深い出会いで、目に焼き付いた。
何故、ネモラリス人の帰還難民が、アーテル共和国の首都ルフスでキルクルス教の礼拝に参加したのか。
……親戚か? いや。それにしては似過ぎだ。
ルフス光跡教会の少年は、司祭を刺した少年を「ヂオリート」と呼び、連れの少女の【跳躍】で殺戮現場を離脱した。
あの術者は、外見こそ高校生くらいの少女だが、【急降下する鷲】学派の【光の槍】をルベル以上の精度で使いこなした。外見通りの年齢ではないだろう。
あれ程の使い手が、何故、アーテルの教会に居たのか。
何故、刺されたレフレクシオ司祭を守ろうとしたのか。
顔を変えてまで教会に入り込んだ少年は、刺した少年とどんな関係なのか。
ニュースによると、ヂオリートは一旦、警察に身柄を拘束されたが、逃亡して現在も再逮捕されたとの報道はない。
ルベルが他所事を考える間にも、インターネットラジオの放送は続く。
DJと歌手の少女たちは、ラクリマリス王国、ネモラリス共和国、アーテル共和国の違いについて語った。
☆安宿の受付脇に貼られたポスター……「1144.向かう先には」参照
☆前回の特別放送は中古屋で買ったラジオで聞いた……「1014.あの歌手たち」~「1018.星道記を歌う」参照
☆以前のように侵入……「0956.フリグス基地」参照
☆首都郊外の別荘地/ネモラリス憂撃隊が名もなきゲリラだった頃、拠点として使用した場所……「269.失われた拠点」参照
☆スクートゥム王国などから来る行商人向けの宿……「495.ただ守りたい」「788.あの日の歌声」参照
☆前回の二倍、一時間の放送枠……「1149.一時間の番組」~「1151.知るきっかけ」参照
☆作詞者の無事な姿を動画に残してくれた……「210.パン屋合唱団」「574.みんなで歌う」参照
※ フィアールカが撮った動画も、真実を探す旅人のアカウントに登録。
☆彼女のファンである同僚……「566.名も知らぬ仲」参照
☆首都クレーヴェルで催し物に行った日……「575.二カ国の新聞」参照
☆ルベルは昼食代として「女神の涙」を歌った……「575.二カ国の新聞」「577.別の詞で歌う」「580.王国側の報道」参照
☆港公園の展望台に居合わせた帰還難民の子ら……「577.別の詞で歌う」~「579.湖の女神の名」参照
☆ネミュス解放軍のクーデター……「599.政権奪取勃発」~「602.国外に届く声」参照
☆帰還難民の子らは(中略)一緒に歌ったと言う……「574.みんなで歌う」「578.ふたつの歌詞」参照
☆ルフス光跡教会で魔獣に襲われた直後、顔が変わった少年……「1076.復讐の果てに」参照
☆ヂオリートは一旦、警察に身柄を拘束された……「1104.隠せない腐敗」参照
☆逃亡して現在も再逮捕されたとの報道はない……「1119.罪負う迷い子」参照
▼里謡「女神の涙」歌詞




