1151.知るきっかけ
「うん。要するにそう言うコト。力なき民が共通語で歌う分には普通の歌だな」
「じゃ、レーフさん、別にキルクルス教徒が歌っても大丈夫……なんですね?」
エレクトラが恐る恐るリスナーを代弁すると、DJレーフは困惑を全力で乗せた声を返した。
「それを僕に聞かれてもなぁ。だって僕、フラクシヌス教徒の魔法使いだよ? ただ……」
「ただ……なんですか?」
アルキオーネが、もどかしげにせっつく。
「うん、まぁ、あれだ。僕たち魔法使いの感覚で言わせてもらうと、そう言う歌い方しても術としての効果が発動しないのに……特にこれ、指定範囲内の雑妖を一掃して身を守る術なのに、それでいいのかなって言うのはあるね」
「うーん……私たちも、この曲がどうしてキルクルス教の聖典に載ってるか、わかんないんですよね」
エレクトラが、DJレーフに負けず劣らず、困った声で答える。
……恐らく、聖職者用の聖典には、呪歌本来の歌詞で載っておるのだろうな。
ラクエウス議員は後で調べることにして、録音の音声に意識を向ける。
ファーキル少年が醒めた目で聞くのは、ユアキャストには既に大勢の手で両曲が投稿され、議論にもならぬ水掛論の応酬を散々目にしたからだろう。
星道の職人用の聖典を捲るだけの動画にも、キルクルス教徒と魔法使いの不毛な遣り取りが数え切れぬ程あった。
「僕ら一般人には難しいコトってわかんないもんな。じゃ、気を取り直して、次の曲、行ってみよう」
DJレーフが軽い調子で言って、重くなった場の空気を変える。
「次は『パンを届けよう』です」
「前回放送した『みんなで歌おう』と同じ、難民の女の子が作詞した曲なんですよー」
「パン屋さんのCMソングなんですよね」
「今回は、私たちが歌わせてもらいましたー」
アルキオーネ、タイゲタ、アステローペ、エレクトラも、先程の尖って沈んだ調子から一変して、明るく可愛らしい声で曲を紹介した。
「原曲は、天気予報のBGM『この大空をみつめて』そして【飛翔する燕】学派の呪歌【やさしき降雨】、作詞はネモラリス難民の女の子です」
「凄いですよね。子供なのに」
アステローペがDJレーフに相槌を打つ。
「彼女の実家はパン屋さんで、避難中、トラックでパンを売りながらラクリマリス領を移動して、そのCMソングとして替え歌を作ったそうです」
「トラックで避難……大変だったでしょうね」
「ですよね。戦争始まったの、真冬だし」
エレクトラとタイゲタも、昨年の記憶を呼び起こす言葉をリスナーに送り出す。
「今回は、平和の花束の歌でお聞き下さい。『パンを届けよう』です」
スニェーグのピアノ伴奏で、少女たちが明るく軽快に歌い上げる。
作詞の背景と作詞者自身が歌った時の心境を思えば、この歌い方は賛否分かれそうだが、放送後、どこの国の何者からどんな反応が出るか、ラクエウス議員には全く読めなかった。
曲が終わり、DJレーフが、明るいが感情を抑えた声で告げる。
「お聞きいただいたのは、平和の花束のみなさんの歌唱で、難民の女の子が作詞した呪歌【やさしき降雨】の替え歌『パンを届けよう』でした」
「この曲、ユアキャストで“プラエテルミッサ パンを届けよう”で検索したら、作詞した女の子と一緒に避難してた人たちが歌った動画が出て来ますよ」
「真実を探す旅人さんのチャンネルです」
アルキオーネが説明すると、タイゲタがファーキル少年のアカウントを案内し、彼が作ったホームページ「旅の記録」とSNSにも誘導する。
ラジオリスナーの何割が、ユアキャストまで見に行き、チャンネル登録するか未知数だが、僅かでも実行する者が居れば、そこから縁の輪が繋がってゆくらしい。
今は、彼らが広めてくれることを期待するしかなかった。
DJレーフが仕切り直す。
「続いての曲は、先程の『パンを届けよう』と天気予報のBGM『この大空をみつめて』の元になった【飛翔する燕】学派の呪歌【やさしき降雨】をお聞き下さい。歌はニプトラ・ネウマエさんです」
一呼吸置いて、ソプラノの澄んだ独唱が力ある言葉で朗々と歌い上げる。
ラクエウス議員は、耳に馴染んだ旋律が、馴染みのない言語で澱みなく流れるのを不思議な気持ちで聞いた。
この術は、かなり強い魔力を持った「雨天生まれの術者」が、力ある言葉で正確に歌わなければ発動しないと言う。姉クフシーンカの親友ニプトラ・ネウマエが、どんな天気の日に生まれたか、ラクエウス議員は知らなかった。
条件に当て嵌ったところで、録音では術の効果が発動しない。
夏の都は相変わらず晴れ渡り、白い雲がゆっくり流れてゆく。
DJレーフが無伴奏の歌唱が終わるのを待ち、ラジオを途中から聞いたリスナーの為に再び曲名を告げた。
ファーキル少年がパソコンを操作して、音声を一時停止する。
「ここまでのところで、これは言っちゃダメなんじゃないかってとこ、ありますか?」
四人の亡命議員は、動かなくなった画面を見詰めて考える。
録音の残り時間は半分程度だ。
両輪の軸党のアサコール党首が、最初に口を開いた。
「基本的に、リスナーが疑問に思うであろうことや、多くの人が思うだろうことを代弁しただけですからね」
「言わないと、逆に、後で質問やクレームが殺到して放送局に迷惑が掛かりそうです」
秦皮の枝党のクラピーフニク議員も頷く。無所属でキルクルス教徒のラクエウス議員も、今し方聞いた部分に異論はなかった。
「うむ。誰が何をどう受け止め、どう解釈するか予測できんが、万人に同じ解釈と感想を抱かせることなど不可能ですからな」
「立場や信仰、魔力の有無や魔術の知識量が全く違う人たちに聞かせるのですもの。解釈や感想が同じになる方がおかしいですし、反応が違って当然です」
両輪の軸党のモルコーヴ議員が同意する。
……音楽の感想は、同じ人物が聞いても、その時の気分で変わるからな。
ラクエウス議員は、竪琴奏者としての感覚は口にせず、モルコーヴ議員に頷いてみせた。
アサコール党首がまとめる。
「この放送が、ラクリマリス人とアーテル人、双方の知らなかった部分に興味を持たせて、少しでも知ろうと行動を起こすきっかけになってくれれば、上出来ですよ」
「じゃ、前半は変更なしって伝えますね」
ファーキル少年は、早速パソコンを操作した。
☆これ、指定範囲内の雑妖を一掃して身を守る術……「804.歌う心の準備」「805.巡回する薬師」「927.捨てた故郷が」~「929.慕われた人物」参照
※ 呪文の全文は「飛翔する燕(N7641CZ)」の「37.道守りの歌」「66.空の守り謳」参照
☆星道の職人用の聖典を捲るだけの動画……「0982.番組の準備中」参照
☆パンを届けよう/パン屋さんのCMソング……「210.パン屋合唱団」「パンを届けよう」参照
☆みんなで歌おう……「275.みつかった歌」参照
☆【飛翔する燕】学派の呪歌【やさしき降雨】……「178.やさしき降雨」「220.追憶の琴の音」参照
☆トラックでパンを売りながらラクリマリス領を移動……「211.森で素材集め」「215.外部に伝える」「217.モールニヤ市」~「219.動画を載せる」「223.ドーシチ市へ」など参照
☆天気予報のBGM『この大空をみつめて』……「170.天気予報の歌」参照




