1145.難民ニュース
三人は連れ立って王都第二神殿の敷地を出た。
運び屋フィアールカの案内で市場に入り、庶民的な食堂に落ち着く。
「戦争のせいで商売あがったりだよ」
「俺ンとこもだけど、船頭さんはもっとだろ?」
一人のぼやきにもう一人が何度も頷く。
呪医セプテントリオーは、近くの席をそっと窺い、視線を外して耳を傾けた。
「そうなんだよ。観光客が減ってお客の取り合いだ。腥風樹が片付いたって言っても王都にゃ関係ないからな」
紺地に白で呪文を刺繍した服の男性は、運河を往来する渡し舟の船頭らしい。
運び屋フィアールカが、三人分の注文を済ませてタブレット端末をつつく。
「喧嘩で警察沙汰になった奴まで出る始末だ。あんたんとこは?」
「難民がキャンプに行ってくれて、やっとこさ一息ってとこだな」
「みんな片付いたのか?」
「いや、まだ三組残ってる。でも、船の順番があるからな。運河があがったりなら、湖の方を手伝ってくれよ。魔道機船の難民輸送は、王様が運賃出してくれるって聞いたぞ」
彼らに背を向けて座るアミエーラが身じろぎした。
彼女と呪医は、焼け出されてアミトスチグマ王国に身を寄せる。マリャーナ宅は居心地いいが、このような厚遇は例外だ。森林を拓いて急造した難民キャンプの暮らしは、一年以上経った今も厳しい。
「無茶言うな。あんなデカいのは全然勝手が違うんだ。外国航路は別に資格が要るしよ」
「へぇー、魔法で動かすのに違いないから、てっきり一緒かと思ったぞ」
「あんたんとここそ、下働きに雇ってやりゃいいんじゃないか?」
「冗談じゃない。半値で部屋塞がれた上に従業員の仕事まで取られたんじゃあ、堪ったもんじゃない。しかも、残ってんのはみんな、力なき民ときたもんだ」
渡し舟の船頭と素泊まり宿の亭主は、同時に溜め息を吐いた。二人の席に定食が来て話が中断する。
向かいに座るフィアールカが、呪医セプテントリオーにタブレット端末を寄越した。食卓に置いたまま見ると、ラクリマリス王国内の報道機関が配信した難民関連のニュース一覧だ。
難民キャンプへの移送は遅々として進まない。
宿泊費の滞納、宿屋でのトラブルや、労働関係、窃盗、詐欺、人身売買など、事件に関わる難民は、加害者と被害者、両方あった。
ラクリマリス王国は、半世紀の内乱後、聖地への巡礼を中心に観光で財政を立て直した。王都に限らず、何らかの形で観光に関わる国民は多い。
腥風樹の駆除後も、ネモラリスとアーテルに挟まれたラクリマリスは、湖上封鎖を解除できなかった。
「融和派の連中は、やっぱり国を分けたのがマズかった、なんて言うけど、俺には理屈がわからんな」
船頭が白身魚のマリネを飲み下して話を振る。
安宿の亭主は食べ掛けたパンを置いて言った。
「国を分けなきゃ、戦争にならなかったってコトじゃないか? 王様か当主が治めてれば、ネモラリスみたいに軍や庶民の政治家が勝手な真似できんだろ」
「そう言うコトか。昔はそれで間違いなかったし、国が分かれる前は、あの、なんとかって魔法生物も、七百年ずっと山奥に封印されたままだったもんな」
納得した船頭がスープに手を伸ばすと、安宿の亭主はパンを頬張った。
呪医たち三人の席にも定食が来た。
アミエーラには彩り豊かなワンプレートランチ、全体が緑色の定食は、湖の民セプテントリオーとフィアールカの分だ。陸の民が口にすれば、一食で銅中毒を起こす。呪医は端末を返し、緑青入りのパンを手に取った。
安宿の亭主が首を捻る。
「俺はどうも、民主主義ってのがわからん。こっちにも議会はあるが、ありゃ国民の話をまとめて、代表で王様に陳情する用のモンだ」
「俺だって、あっちの仕組みなんかわからんし、何がよくて戦ってまでそうしたのか、今でもわからんよ」
「ホントになぁ」
船頭が思案顔で温野菜を噛み、スープで流し込んで言う。
「客から聞いたハナシじゃ、何でも議員が話し合って決めるらしいぞ」
「自分が票入れた奴が議員になれなかったら、どうすればいいんだ?」
安宿の亭主が、サラダとドレッシングを混ぜる手を止めて聞く。呪医セプテントリオーも、彼と同じ疑問を抱いた。
船頭は自信なさそうに答えた。
「王様居ないから、他の議員に頼むしかないんじゃないか?」
「コイツじゃダメだと思って票を入れなかったのにか?」
「しょうがないだろ。他に居ないんだから」
「それの何がよくて、あんなに戦ってまで国を分けたんだ?」
安宿の亭主も、向かいの船頭と同じことを言う。
船頭が食べる手を止めて眉根を寄せると、安宿の亭主は言った。
「融和派が言いたいのも、そこじゃないのか。近々アーテルで選挙があるそうだが、大統領になれるのは一人だけなのに、大勢が立候補したらしいぞ」
「落ちた奴に票を入れたモンが多くなるんじゃないのか? アーテルの連中はそれで納得できるのか?」
「俺に聞くなよ。一人が大勢の票を集めるかも知れんじゃないか」
呪医セプテントリオーは、ラクリマリス王国に民族融和を唱える者が存在するのを意外に思った。
……そう言えば、一時期アーテルとも国交があったな。
ラクリマリスが魔術偏重政策を発表したことで、アーテル側は国交を断絶した。
……民族融和派は、王国内でのキルクルス教の禁止をどう見ているのだろうな。
信仰の問題を何とかしない限り、半世紀の内乱以前のような状態にはならない。融和派は、王国内の隠れキルクルス教徒に気付き、接触しただろうか。
「何か調べて欲しそうな顔してるわね」
「ここではちょっと……」
「そ。じゃ、また後でね」
セプテントリオーが口を濁すと、フィアールカは訳知り顔で微笑んだ。




