1144.向かう先には
若いだけあって、コルチャークの治療は順調だった。
呪医セプテントリオーの予想より早く、壊死した足の復元が終わったと患者が顔を綻ばせる。
メーラが弾ける笑顔で母を迎えた。
「お母さん、丁度よかった! お兄ちゃん、明日、足繋いでもらえるって!」
「もっと先じゃなかったのかい?」
久し振りに対面した母子は、驚きと喜びの入り混じった顔でコルチャークの足を見た。車椅子に乗った青年には、片足の膝から下がない。
母親は涙を浮かべ、彼女を【跳躍】で連れて来た呪医セプテントリオーを見た。
「ここ……神殿付属施療院には【賦活の壺】があるので、壊死した組織の復元ができました。主治医によりますと、接続手術は明日だそうです」
「今日じゃないんですか」
「一日掛けて、問題がないか調べなければなりませんから」
切断面は肉と皮膚に覆われ、元々なかったかのようにキレイだ。
母親がそっと涙を拭って聞く。
「手術って……魔法でくっつけて下さるんじゃないんですか」
「このままでは繋げられませんから、【麻酔】を掛けて少し切って、それから魔法で繋げます。繋ぐこと自体はすぐ済みますが、体力の回復とリハビリで、もうしばらくは入院が必要なのです」
村でした説明を繰り返すと、母親は何とも言えない顔で頷いた。
個室には患者用の他、付添い用のベッドが一台あり、中学の教科書が一冊広げてある。
メーラは元気よく言った。
「お兄ちゃんに教えてもらって、ちゃんとお勉強してるよ。看護師さんたち、やさしいし。楽勝、楽勝」
「受付に申請を出せば、もう一人泊まれますよ」
「あんまり長居はできませんが、あの……それではお言葉に甘えて、手術が済むまで居させていただいても……」
「一階の受付でおっしゃって下さいね」
丁度入って来た看護師が、柔和な笑みで重傷患者の母親を労わった。
呪医セプテントリオーは一人で病室を出た。
西神殿の敷地を抜け、渡し舟で運河を行く。
王都ラクリマリスの街並は、彼の記憶通りの場所と、すっかり変わった場所が混在し、パッチワークのように思えた。
王都第二神殿の書庫に入る。
会議は終わったらしい。運び屋フィアールカが、廊下の柱にもたれてタブレット端末をいじるのが見えた。
「思ったより早く済んじゃったのよ」
「アミエーラさんはどうされました」
「そっちの部屋で、本を読んでるわ」
運び屋は端末をバッグに片付け、奥へ向かった。呪医セプテントリオーはホッとしてついて行く。
閲覧室は金髪の針子一人だ。
湖の民二人が向かいに腰を降ろすと、アミエーラは本から顔を上げて微笑んだ。
「上手く行ったのですね?」
「うーん。どうでしょう? 三割くらいの人は歌うって言ってくれましたけど」
「残りも半分くらいは、少し考えたいって言ってたし、その内なんとかなるわ」
不安そうなアミエーラとは対照的に、フィアールカは気楽に言った。
「明日、AMシェリアクで二回目の放送があるから、それ聞いて、もう一回考えて欲しいって言っといたからね」
「反対する人が、わざわざ深夜まで起きて聞くでしょうか?」
セプテントリオーの不安に、フィアールカは、元神官らしい穏やかな微笑みを返した。
「無理に聞かせるワケには行かないけど、聞いてくれる人は半分くらい心がこっちに傾いてるってコトだから、なんとかなるわ」
アーテル共和国の大統領選と、半数が改選される国政選挙は、三日後に投票が行われ、即日開票される。
既に三割近い有権者が期日前投票を済ませ、今回の放送がどの程度、影響を与えられるか読めなかった。
「アーテルの方はどうなんでしょう」
「リスナーと言うか、番組の存在に気付いたのが若いコ中心だから、今回すぐ票に直結するなんて思わないけど、拡散力にはちょっと期待してるわ」
アミエーラが恐る恐る聞くと、フィアールカは二人に端末を向けた。
「写真集のダウンロード数に比例して、ユアキャストのアクセスも伸びてるの」
「二回目の放送も、これで告知したのですか?」
「まさか。前と同じで、ポスターよ。今回、イグニカーンス市の廃病院だけじゃなくて、ランテルナ島内の若いコが泊まりそうな安宿にも貼ってもらったの」
「大丈夫なのですか?」
セプテントリオーは驚いた。
ランテルナ島内には、アーテル軍の基地がある。治安維持部隊の兵士が巡回しないとは限らず、気が気でなかった。
フィアールカは不敵に笑う。
「大丈夫よ。島民はみんな、政府の取締りなんて端から気にしないもの」
セプテントリオーは内心、CDを買いに行った若者たちが島の宿に泊まるのかと首を捻ったが、フィアールカは自信満々だ。
アミエーラが細い声で聞く。
「インターネットで情報が広まり過ぎて、アーテル政府の偉い人に気付かれて、規制とか、軍の受信妨害って……大丈夫なんですか?」
「それ自体が燃料になるわね。少なくとも、選挙が終わるまで動かないハズよ」
針子は、半信半疑の目を湖の民二人に向けた。
「規制しても、地下に潜ってリアルで遣り取りするようになるだけだし、好きな何かを取り上げられて、泣き寝入りする人ばかりじゃないからね」
どちらに転んでも、何らかの動きがあるのは、アーテル共和国内でのことだ。
……それが、どんな動きになるのか、彼女やラゾールニクには予測がつくのか?
呪医セプテントリオーは、聞いたところではぐらかされるだろうと思い、聞かなかった。
王都の大神殿に呼び出された時、誰が何の用で呼んだか伏せられた。
恐らく、スニェーグも伝言を頼まれただけで、何も知らされなかっただろう。
……誰の、どんな意図で、どこへ向かっている?
霧に包まれたような状況に気付いた途端、セプテントリオー・ラキュス・ネーニアは薄ら寒さを覚えた。
☆コルチャークの治療……「1061.下す重い宣告」「1083.初めての外国」「1084.変わらぬ場所」参照
☆神殿付属施療院……「735.王都の施療院」参照
☆【賦活の壺】……「736.治療の始まり」参照
☆会議は終わった……「1142.共存を証す者」「1143.その生き証人」参照
☆前と同じで、ポスター……「0995.貼り紙の依頼」「1002.ポスター設置」参照
☆王都の大神殿に呼び出された時……「513.見知らぬ老人」「683.王都の大神殿」参照




